第274話
赤い雷は非常に扱いが難しい。
単に放つだけならばさほど難しいものでもないが、普通の魔法のように出力を調整したり術式に当て嵌めたりということが異様に難易度が高い。
理不尽なまでに高すぎる出力は細かい調整が効きにくく、それ以上に術式に当て嵌めることが出来ない。
赤い雷は魔法を破壊する。
空間を切り離して攻撃を防ぐ【空間隔離】の魔法は本来なら絶対的な防御のはずなのに赤い雷がそれを破壊出来る理由がそれだ。
つまり、赤い雷を使いこなすというのは元々破綻している……はずである。魔法を破壊する魔法などそもそもが矛盾しており、故にマトモに扱えない。……そのはずである。
魔王の指先が赤く鈍く光る。指先から放出された幾つもの赤い雷の球体が守るようにクルクルと魔王の周りを回る。
最初から矛盾、初っ端から破綻しているはずのそれは、前提すらも破壊するように魔王に付き従っていた。
「傲慢だな、ランドロス。お前はさほど強くない。人類としては最強だろうと、魔王としては並程度。化け物と戦いになるはずがない」
「……っ、あの時、力を隠していたのか」
「いや、この魔法は障害物が多いとそれに反応するせいで室内だと使いにくい。あの時は本気だった」
夢の中で稽古を付けてくれている魔王だが……想像以上に厄介だ。
純粋な武術は俺を遥かに上回っている。おそらくは不死のために多くの時間を使って技術を磨き上げてきたのだろう。
ふっ、と息を吐き出しながら後ろに下がる。
そんな俺に魔王は言う。
「奪うのは簡単だ。自分よりも弱い奴を狙えばいいだけだ。しかし守るのは難しい。自分以外の全てが敵だ」
「……そんなこと、分かっている」
「俺には出来なかった。一度としてな」
チッ、と刃物が空気を割く音が響く。
魔王の手には大剣が握られて、赤い雷が周りを回り漂う。
基本的な攻撃は魔王の不死で受けて、不死を突破出来るこちらの雷は周りの雷で防ぎ、攻撃は主に剣術で行い隙が有れば赤い雷を放つ……か。
単純である。至極分かりやすい戦術ではあるが……突破出来ない。結局のところ、俺からの攻撃は赤い雷を使う必要があるが……それは完全に練度不足であり、その他の攻撃はよほどの重傷でもない限りは不死があるために意味がない。
「──超えてみせろ。この俺を。それが、人を守るということの最低条件だ」
「っ、上等っ!」
シャルは守る。カルアも、クルルも、ネネも。
あるいはギルドの連中や孤児院の子供たちも。
甘さを捨てろ。どうせ夢の中の人物で殺しても死ぬことはない。最初から全力で、ぶちのめせ。
指先の一本一本を意識するように全身の力の流れを倣うように、ゆっくりと剣を構える。
行うのは俺の中で最強の剣技【連なる戦の暦】。
最も早い連続した多種多様な武器による攻撃。
剣の振り下ろしと共に足先に出した槍を蹴りと共に放ち、身体を捻りながら大剣を振るい──。
「その技は、一撃一撃が軽い。人間程度の耐久性の生き物ならまだしも、魔王や、それを越える化け物に通用する技ではない」
「っ、それならっ!」
魔王の攻撃を空間拡大で回避しながら、軽く飛び跳ねるのと同時に空間縮小で一気に上空に移動して短剣をばら撒き、それに赤い雷を纏わせてから、空間縮小で落とす。
「上から来ると分かっていたら防ぎやすいな」
魔王は自身の頭の上に赤い雷を張ってそれを防ぐが、回りの短剣に纏った赤い雷が土をえぐって土埃を立てる。
魔王の手の内には土埃のようなものを払う方法はなく、視界を大きく制限することが出来るそれに対して俺は空間把握で──と考えていた瞬間、魔王の手から赤い雷が四方八方に振り撒かれて空間把握の魔法が破壊される。
「っ! 実体すらなくても破壊出来るのかよ」
「魔法の本質から破壊する力だ」
これで土埃による視界の悪さは同等……いや。
土埃で俺がほとんど目が見えていない状況で、赤い雷が飛んできて服を掠る。
……空間把握に頼りきっていた俺よりも、魔王はよほど視界の悪い環境には慣れているだろう。
音か風の揺れかは分からないがほとんど正確に俺の位置を掴んでいる。
「っ……」
空間拡大で距離を伸ばす? いやそれだと赤い雷の魔法に貫かれるか。ならば空間縮小で一気に距離を……そう思って空間縮小を使って一足で後ろに飛ぶが、それと同時に人影がこちらに突っ込んでくる。
「その魔法は、十歩の距離を一歩で移動出来る。しかしそれはお前にかかっているわけでなく、その空間にかかっているのだから、こうして距離を潰して追従すれば逃げる事は叶わない」
魔王の振り下ろした剣を大盾で受け止め、それと同時に大盾ごと赤い雷を全力で放って魔王へと攻撃するが、同じことを考えていたのか目の前でぶつかり合った赤い雷が爆ぜて俺の身体を吹き飛ばす。
痛みに呻きながら立ち上がり短剣を構えようとするが、構える腕がないことに気がつく。
対する魔王は全身に傷を負ってはいるものの部位の欠損はない。
単純な出力差で押し負けた……いや、一瞬だけ魔王の方が判断が早かったせいで、より俺の近くで爆ぜたからだろうか。
どちらにせよ……俺の敗北だ。回復薬を飲んでも消し飛んだ部位を治すのにはかなりの時間がかかる。本来ならこのまま殺されて終わりだ。
まぁ、夢の中なのでそういうのを無視して元に戻せるが。
手をグーパーとさせて戻した手の感覚を確かめていると、大剣を収めた魔王が俺の元に来る。
「俺とお前はほとんど実力が拮抗している。……つまり、お前は守れないということだ」
「っ……分かっている」
「また明日も来い。稽古をつけてやる」
魔王にそう言われて、意識が薄れていく。
◇◆◇◆◇◆◇
意識が薄く覚醒して、ゆっくりと開けた目へと一番に入ってきたのは顔を真っ赤にしたシャルだった。
目を軽く動かして周りを見るとまだ真っ暗でいつもならシャルが起きているような時間ではない。
「……どうかしたか?」
「ど、どうかなどと……しらばっくれないでください。そ、その……そういうことをしたいなら、こういう風に無理矢理ではなく……」
シャルは何を言っているんだと思っていると、手がやけに暖かくて柔らかくて気持ちいい。
微かに手を動かすと衣擦れの音が聞こえて、手の甲と平の両方に柔らかい布の感触を覚える。
布に挟まれている。いや、手のひらの方は張りがあるのに柔らかいものを触っていて……。むにむにと指を動かすとシャルは甘えたような声色で「ひゃうん……」と俺に縋り付く。
……これ、シャルのおしりである。思わず勢いよく手を引っこ抜く。
そうするとシャルは赤い顔のまま俺に抗議をする。
「そ、そういうことをしたいなら、したいでいいです。毎日カルアさんやクルルさんに性欲を煽られて、えっちなことをしたくなるのも仕方ないです。でも、寝たフリをしながら触りまわすなんて……」
「い、いや、まぁ……うん、ごめんなさい」
わざとではないが尻を揉みしだいたのは事実だし、毎日のことでムラムラしているのも事実である。
シャルは謝った俺の手を握って、布団の中で導くように動かす。
「ひ、貧相な体で申し訳ないですけど……」
そう言いながら、シャルは自分のおしりを触らせた。
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