第259話

 カルアはギュッと俺を抱きしめたまま離さない。


「……ダメです」

「そんなことを言われてもな……」

「ちゃんと辛いって言ってくれないと嫌です」

「……男だし、好きな女の子には格好いいと思われたいんだ」

「……弱音を吐いてくれた方が格好いいです」

「それは嘘だろ」


 別に不意に出てきてしまっただけで、耐えられないというようなものではないし、カルアに何か負担をかけるようなものでもない。


「……辛いと言ってもな。何も変わらないだろ」

「話したらちょっとは楽になりませんか?」

「……もう話しただろ」

「……そうではなくて……その、なんて言うか……」


 珍しく自分の気持ちを言葉に出来ていないカルアに言う。


「……子供を作る話だろ」

「その話はもういいです」

「ああ、諦めてくれるのか」

「はい。説得は諦めて、この話が終わったら裸でランドロスさんに迫ることにします」

「……それは、やめよう」


 間違いなく耐えられない。俺の弱い理性だと絶対に襲ってしまう。


「とにかくですね。辛いことは辛いと言ってほしいんです」

「……本当に大丈夫だ。親が殺されたなんて話し、ありふれたことだろう。俺が殺してきた敵にも子供がいたやつなんて幾らでもいるだろうよ。被害者ぶる気にはなれない」

「被害者とか、加害者とか、道理とか、そういう話をするつもりはないです。私は、ランドロスさんに幸せになってほしいだけなんです」


 そうは言ってもな……。カルアが隣にいてくれるだけで幸せだしな……。


「一応言っておきますと、一緒にいるだけで幸せみたいなのはダメですよ。徹底的に幸せにしてやりますからね」

「ええ……いや、いいだろ。俺はそれが幸せなんだよ」

「ダメです。私が許しません」


 カルアの理不尽な態度にネネが引いたような視線を向ける。


「そもそもですよ。美少女お姫様である私がお嫁さんなんだから一緒にいたら幸せなのは当然なんです。分かりますか? もっと向上心を持って幸せを目指してほしいんです」

「ええ……いや、美少女なのもお姫様なのも確かだし……それで幸せではあるが……」

「もっと言うと、据え膳食わぬは男の恥とか言うじゃないですか。赤ちゃんを産んで育ててあげると言ってるんですよ、上げ膳据え膳であーんまでしてもらってる状態なんですよ」

「いや、恥はかき慣れているしな……」


 つまりカルアの要望は「私が幸せにするから言うことを聞け」ということか。……えっ、男らしっ……。

 存外に男らしい発言に驚きながら、軽く落ち込む。

 そういうのはむしろ俺が言うべきようなことなのではないだろうか。


 何と言おうと考えていると、ネネが俺の方を冷めた目で見る。


「……ランドロス、お前……私にはああだこうだと言うのに、自分は人に甘えられないんだな」

「いや、甘えてるからな。……とは言ってもな……ネネは俺の気持ちも分かるだろ」


 多分、母のことはトラウマにはなっているのだろう。乗り越えられてはおらず、思わず母のことを思い出してカルアとの行為を避けてしまっている。

 ……だが……俺は、別にそれを乗り越えたいとは思っていない。


 多分、カルアの裸を見たら興奮して普通に手を出してしまうだろうし、乗り越えなくてもやれることはやれる。


 カルアが心配して優しくしてくれているのも十分に分かってはいるが……やはり泣きつく気にはなれなかった。


「まぁ、分からなくはないが……。私にあれだけ言ったお前がそれを言うのかとは思う」

「それもそうなんだけどな……具体的にどうしたらいいか分からない」

「甘えたらいいんじゃないか?」


 ええ……と思っているとそれが正解らしく、俺から離れたカルアが両手を広げて、俺に胸へと飛び込んでくるように手ぶりを見せる。

 特に嫌がる理由もないのでカルアの胸に抱きついて、よしよしと撫でられる。


「……これ、意味あるのか?」

「ん、大アリです。……ランドロスさん、お母さんはどういう人だったんですか?」

「話す必要はあるか?」

「ありますよ。私にとっても義母ですから」


 顔に感じるふにゅふにゅとしたカルアの胸の感触に思わず興奮していると、冷めた目を俺に向けるネネと目が合う。


「……あ、あー、母は……そうだな。ギルドで一番似ている奴と言うと、クルルだな。優しくてな……柔らかく微笑んでくれていた」

「マスターですか? 優しいならシャルさんとかもですよね」

「ああ、何というか、優しさの質が違うというか。雰囲気がな。まぁシャルやカルアに被せてみることもあるが」

「優しい人だったんですね」

「ああ、そうだな。……ずっと二人きりだったからな。俺は家の外にも出られなかったから……昔は不満に思っていたけどな」


 カルアは微かに微笑む。


「でも、優しいと言ったら私ですよね。今もギュッとしてあげてますし」

「……優しさの方向性が違うというか……。あまりこういう強引な優しさを発揮するような人ではなかったな」


 ……何かこうも母を褒めているとマザコンみたいだな。いや……母に似ている人に惹かれている時点で否定のしようもないが。


「……私ってやっぱりちょっと強引だったりしますか?」

「まぁ、そうだな。嫌ではないが……」

「……すみません。もしかしたら王族だった頃の傲慢さが残っているかもです」

「いや、カルアはお姫様っぽくはないし、そういうのではなく普通に性格だと思うが……」


 カルアは俺の言葉を聞いてホッと息を吐き出してから「んぅ?」と首を傾げて、カルアの胸に顔を埋めている俺の方を見つめる。


「お姫様っぽくないってどういうことです? ぽいも何も、私こそがお姫様なんですから、お姫様っぽいというのは私にどれだけ近いかって話ですよね?」

「いや、何というか……庶民のイメージするお姫様というか、そういうのではないというか……」


 俺がネネに目を向けると、ネネは微かに頷く。


「まぁ……そうだな。どちらかと言うと先生の方がお淑やかでお姫様っぽい」

「そんなことないですっ! 私は全身からお姫様感めっちゃ出てるでしょう!」

「そういうところがお姫様っぽくない」

「違いますからっ、私に似てるとお姫様っぽくて、似てないとお姫様っぽくないなんですっ!」


 いや、まぁ……カルアはお姫様なのでそうではあるが……うん、まぁ……確かにシャルの方がなんとなく姫感がある。

 俺がそう考えていると、ネネが口を開く。


「ヒモに似てるのって商人だよな。敬語だし、頭が良い、それに謎の強弁をしてくる。……商人はお姫様っぽかった……?」

「似てませんよっ! どこも似てませんよっ!?」

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