第260話

 カルアとネネはああだこうだと言い争う。

 カルアの胸に収まっている都合上、頭の上で喧嘩されるととても気まずい。


 仲良くしてくれよ……と思っていると、ネネが仕方なさそうに立ち上がる。


「あれ、こっちの部屋で寝ていかないのか?」

「……人の情事を見る趣味はない」

「いや、しないからな。カルアが脱がないように見張っていてくれたら助かるんだが」

「……もう面倒くさいからやることやったらいいだろ。お前だってどうせ突っ込みたいんだろ」


 そりゃ……突っ込みたいか突っ込みたくないかで言えばそうだが……。


「ランドロスの懸念も分かるが、出来たらそれも晴れるだろう」

「……いやカルアの身体の負担が……」

「じゃあ仮に私なら出来るのか?」


 ネネはコートで体を隠しながら俺に尋ねる。

 まぁネネは大人の女性なのでそういう行為をして子供が出来ても問題がないわけで……。


 そう理性では分かっているが、どうにも不安感がある。

 それを見透かしたようにネネは「だろう?」と言う。


「先の言葉が全てだ。母の死がトラウマで、だから出来ない。それ以外の社会的なアレコレや治癒魔法でごり押しの効く体の話は、それを隠すための偽りだ」

「……そんなつもりは」

「実態がそうだという話しだ。まぁ心配なのは全くの嘘だとは思っていないが……。確実に出来るわけでもないし、やってみた方が話が早いだろう」

「いや、出来る可能性があるのはアレだろ。……それに、どハマりして毎日求めてしまう可能性も充分に考えられるぞ。俺は欲望に弱い」

「……そこまでしたいなら普通にしろよ、面倒くさい」


 いや、経験してしまったら引き返せなくなるし、心理的な感覚として一度したら二度目はやりやすくなってしまうだろう。

 多分、一回手を出したら夢中になる。その自信がある。


 今もカルアのおっぱいの感触が気持ち良すぎて離れられないし、これよりも数段興奮して気持ち良くなるものを味わってしまったら我慢出来なくなりそうだ。


「……あの、別に可能な日は毎日でも構いませんが」

「やめろカルア。俺の理性を壊しにかかるな」

「んぅ……そういうつもりでは……ランドロスさんが喜ぶことはしてあげたいというだけで」


 俺を甘やかすな……すぐに調子に乗るから。


「とにかく、少なくとも今日はネネもいるから変なことはしないからな」

「明日は?」

「管理者との約束があるんだから、勉強した方がいいんじゃないか?」

「……それはいいですけど、ランドロスさんも危ないことはやめてくださいね。あと、今日の話はまだ終わってないですからね」

「……まあ、甘えられるところは甘えるようにするって。そろそろ寝よう」


 俺とカルアが揃って起きるのが遅かったら、シャルやクルルに変な疑いをかけられてしまいそうだ。

 不満そうな二人と共に寝室に行き、先に寝ているシャルとクルルを起こさないようにベッドに寝転ぶとカルアが俺の隣を陣取り、ネネは気まずそうにおずおずと端の方に寝転ぶ。


 俺の服を羽織ったままなので、服がしわくちゃになりそうだが……まぁいいか。


「……柔らかくて、寝にくい」

「ずっと硬い床で寝ていたら体を悪くするぞ」

「回復薬で治せる」

「余計に高くつくだろ。そんな端じゃなく、こっちに来いよ」

「ランドロスの隣を取ったらマスターや先生に嫌われそうだから嫌だ」


 そんなことはないと思うが……まぁそう不安に思うなら、俺の隣の方がよほど寝にくくなるか。

 そんなことを考えていると、カルアが俺の隣でもぞもぞと体勢を変えて、俺にへばりつきながらため息を吐く。


「大人になったら甘えにくくなるんですかねー」

「……まぁ見栄は出てくるだろうな」


 カルアの柔らかい身体の感触にドキドキとしながら目を閉じる。女の子の身体は何故こうも魅力的なのだろうかなどと考えているうちに意識が薄れていき……突然「あっ」とカルアが声を上げたことで微かに目が覚める。


「どうかしたのか?」

「……いえ、ちょっと治癒魔法について考えてまして」

「……回復薬の量産でも企んでいるのか?」

「いえ、それは技術的には可能なんですけど……。まったく関係なく、管理者さんが邪悪だなぁと思いまして」

「管理者?」


 カルアは眠たそうにうとうとしながら頷く。


「治癒魔法って他の魔法に比べてめちゃくちゃ複雑なんです。回復薬みたいに魔法を物に込める技術も難しいはずで、他の魔法技術に比べて発展していまして、少しそれが不思議に思ったんですけど……」

「……管理者が伝えたんじゃないか?」

「はい。おそらく魔法技術も管理者さんが監修してると思います」

「攻撃魔法よりも治癒魔法の方を優れたものにさせたってことなら、むしろ優しいんじゃないか?」


 秋になったことで夜は少し冷えるはずだが、この部屋は狭いのに五人もいるからか暖かく、一度眠りかけていたこともあってうとうととしてしまう。

 カルアの柔らかい声色も合わせてすぐに意識を失ってしまいそうだ。


「……例えば治癒魔法がなければ、孤児院でゴロツキに襲われた時、殺そうとしましたか?」

「……治癒魔法がなければ? ……まぁ、それなら簡単には治らない範囲で怪我をさせたらいいだけか」

「戦争でも、怪我人のトドメを刺す必要がなくなりますよね。現在なら怪我をしている人もすぐに殺さないとダメですけど、もし治癒魔法がなければ怪我人は放置している方が良くなります。怪我をした仲間を持ち帰るのにも人手がいりますから、殺すのよりも効率的に敵を減らせます。……むしろ治癒魔法があるから、殺すという手段が必要になるわけです」


 まぁ……そうか。つまりカルアが言いたいのは、管理者は戦争でちゃんと人が減るようにより効果的な治癒魔法を広めたのではないか……ということか。


 考えすぎ……いや、どうなんだろうか。


「人というのは難しいです。普通に優しい人なのに残酷なことをしたり、強い人なのに弱いところがあったり」

「……協力すると決めたんだったら、あまり深く考えない方がいい。大量に人を殺してきたのは分かっていただろう」

「……それが、ランドロスさんが人を殺すきっかけになったのは少し許し難いです」

「考えすぎだ。寝よう」


 なまじ頭がいいせいで色々と気を張りすぎだ。

 ……その頭の良さをずっと人のために使っていて、疲弊している。


 もっとカルアの力になってやりたい。そう考えて……先の話を思い出す。

 男として腹をくくって、覚悟を決めた方がいいのだろうか。

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