第253話

「……結局、ランドロスは私に何をしてほしいの?」

「協力をするなら、何故そうしているかの理由が必要だ。忘れてしまったは許し難い。思い出してくれ」

「……そうは言っても……うーん、データ残ってるかなぁ」

「まぁシルガの主目的は人間への復讐というのは間違いなく、半分は八つ当たりだから気にしなくてもいいけどな。こちらの気分が違うというだけのことだ」


 管理者の黒い目が微かに揺れて、ほんの少し困ったように眉が下がる。


「…….嫌われるのは苦手かなぁ」

「何万年も生きていて」

「そりゃ、長生きしたら嫌われても大丈夫なわけじゃないよ」

「長生きしてないからそこの感覚は分からないが……まぁ百歳超えでオギャッてるやつもいるしな。そんなものか」

「そうそう、基本は体の方に精神が引っ張られるからね。……まぁ、うん、頑張るよ」


 体に精神が引っ張られるか…….。彼女や魔王のような不老不死の身体というのは、どうやら精神的なものにも関与するというようだ。

 ……いや、違うか。……無理矢理健康体にするというのがそういうことということか。


 精神的に磨耗し続けて、行動出来なくなったりおかしくなるのは不健康であり、不死の体を持っていても意味がなくなる。

 精神が健全な状態を維持するのも機能のひとつということか。


 不死は心も老いない。心が老いたら役割が果たせなくなる……そう考えるのが自然だろう。


 ガリガリと頭を掻いてため息を吐く。


「……じゃあ、俺も嫌わないようには努力する」

「えっ、あっ、うん。ありがとう?」

「いや、お礼を言われるのもおかしい気がするが……」


 いや、嫌わないように努力するのもおかしいか。俺も何かズレてるな。

 俺と管理者が話しているのを聞いていたカルアはこてりと首を傾げる。


「えっと、よく分からないんですけど……ちゃんと仲良く出来ますか?」

「……なんか子供に対する注意みたいだな。まぁ、多少はな。俺がシルガのことで管理者に怒るのも筋違いだしな」

「でも、仲良くするのはいいですけど口説いたりは許さないですよ」

「口説くわけないだろ。……それ、すごい勢いで文字が流れていってるけど読めてるのか?」

「ああ、はい、ちゃんと読めてますよ」


 あまり邪魔をしない方がいいかと思って口を閉じる。やることや話すことがなくなって時間が過ぎていく中、ネネが机の下で俺の膝の上に手を乗せてすりすりと動かす。


 急にどうしたんだと思いながら驚いてネネを見ると、無言で何事もないように振る舞っていた。


「……ネネ、帰ってからな」

「……何がだ」

「いや、ごまかすのは無理だろ。好かれていることは嬉しいけどな」

「……脚を怪我してないか確認していただけだ」

「その言い訳は厳しいぞ」


 一日でデレデレしすぎだろ……。コイツ、少しの時間も我慢出来ないレベルで俺に夢中になっていたのに普段あんな感じだったのか。

 むしろ精神力強いな。


「……ネネ、結婚するにしてもしばらくは披露宴や結婚式は後回しなるがいいか?」

「結婚はしない」

「いや、もうそういうのはいいだろ」

「しないものはしない」

「結婚もしないのに身体を求めるのか……」

「その言い方はやめろ」


 この様子だと押せば普通に結婚出来そうなんだよな。今それをするのは流石にやめておくが、帰ったら適当に「好き」だの「愛している」だのと言って口説くか。5分くらいで陥落しそうだ。


 いや、逃げられるか? 口説く前に手を掴んで逃げられないようにした方がいいだろうか。


「とりあえずネネ、今日は俺の部屋に来いよ」

「あの……目の前でそういうやりとり見せられるのはなんかキツいんだけど……」

「いや、別に変なことをしようというあれじゃないぞ? ただ単にコイツの部屋がベッドすらなくてな」

「いや、だとしてもね……。目の前で若い男女が同衾する話を聞かされるのはね」

「…….まぁ確かにそれもそうか。悪いな」

「個人的な意見なんだけどね。私さ、沢山の女の子を侍らすのは良くないと思うな」


 この世界の支配者みたいな奴に叱られた……。

 いや、仕方ないだろ。カルア以外は俺が支えないとダメだし……あり得ないことだが、もしもカルアをフったら俺がカルアに誘拐と監禁されることになるしな。


「というかね、私さ、結構迷宮内にやってくる探索者とかを見たりしてるけど、ランドロスって人との距離がかなり近いよね」

「……そうか?」


 まぁ……勇者パーティにいたころよりかは近くなっているが……普通じゃないだろうか。

 いや、俺は母親と勇者パーティとここしか知らないからな。もしかしたら近いのかもしれない。気をつけるか。


「うん。……ああ、そういえば気になったんだけどさ。最近迷宮内で見かける耳とか尻尾とか千切った獣人達って君達のギルド?」


 耳を千切った獣人? 俺が少し不思議に思いながらカルアやネネを見ると、二人も不思議そうに首を傾げる。


「そんな人はいなかったと思いますけど、なんでうちだと?」

「えっ、だいたい最近の変な連中は迷宮鼠だし。だいたい変な連中しかいないし」

「ええ……いや、まあ変な人はいますけど、私は普通ですよ」


 ……副業で救世主をやってるやつが?


「まぁ、それはさておき、なんでそんな話題を突然出したんだ?」

「ああ、いや、ああいうことはよくないよーって注意しておこうかと」

「……ああいうこと?」

「うん。迷宮内で他の探索者を襲うのは」


 ……は? と思わず声が出る。


「……そんなやつがいるのか? いや、まぁそういう強盗みたいなやつがいるとして、なんで俺たちに言うんだ?」

「まぁそういうのは時々いるよ。裁く者を出してもいいけど、あれってほぼ自動だから多分周りの人も巻き込むから使いにくくて、迷宮鼠の人だったら注意してやめさせようかなって」

「……人を減らしたいんじゃないのか?」

「それはそうなんだけど……うーん、なんだろな。出来たら人が死ぬのは嫌だしね」

「……まぁ、うちの連中じゃないな」


 頭の中で少し考える。……これ、管理者は適当そうに言っているがかなり優先順位は高いよな。迷宮鼠の探索者が襲われる可能性も十分にある。


 ……悩み事がまた増えたな。

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