第252話

 一応はまだ敵地で敵と呼べなくもない奴が目の前にいるが、やることがなくて暇になってきた。

 流石に敵地でネネを口説く気にはなれず、若干気まずそうにしている管理者の方に目を向ける。


「あー、昨日はネネがいきなり殺して悪かったな」

「いや、いいよ。不死身だしね。痛いのは嫌だから次やったら怒るけど」


 やたら心広いなコイツ。俺なら嫌味のひとつぐらい言ってるぞ、首を刺されたりしたら。


「……今更ではあるんだが、なんでそこまでして自分を犠牲にして、人を犠牲にしてまで人間を存続させようとしているんだ? ……千年に一度ほどしか化物がやってこないなら、普通に人として生きて死ねたんじゃないか?」

「理由は忘れたけど、まぁ多分大切な何かがあったんだと思うんだよね」

「……えっ、つまり、よく分からないけどやってるってことか?」

「まぁそういうことになるかな。言い方は悪いけど。正直、学生時代のことは思い出せるけどそれ以降の記憶はそこそこ曖昧で……」


 そう言えば自分の名前も忘れていたな。……コイツ、大丈夫なのか? ネネも困惑した顔を俺に向けていた。


「いや、まぁ……多分十回目ぐらいまでは覚えていて頑張ってたから、ちゃんとした理由はあったはず」

「……トウノボリチヨだったか。名前」

「えっ、あっ、私か」

「……本当に大丈夫か? お前」

「仕事をしてたら初心を忘れるぐらい普通だと思うけど……」


 そういう話だろうか。何かズレているような気がするが……何百年と人とマトモに話していなければそうもなるか。


 正直なところ、管理者に同情は出来る。可哀想だと思うし、仕方ないのかもしれない。俺や俺の大切な人の人生を巻き込まない範囲なら協力してもいいかもしれないと思っている。だが……。


「シルガが死んだ」


 カルアの思惑は分かっているが、だが……それでも言っておかなければならないことはある。


「もう一度言うぞ。シルガが死んだんだ。お前はいい奴だと思ったが、だが、シルガは死んだ。シルガを慕ってくれていた奴がいた、死ぬ前には愛を知っていた。もしかしたら、そいつと幸せに暮らせる未来もあったかもしれない」

「……シルガと面識があったの?」

「戦う前に、少し話しただけだがな。……友人とも言えないが……だが、けれど、死んだ命は二度と帰ってこない」


 俺がじっと管理者を見ると、彼女は泣きそうな、困ったような表情で俺のことを見つめ返す。


「……私に、誰が死んだとか、そういうことで責めないでよ。何万人も、何億人も殺してきたのに今更言われても……どうしようもないよ」

「理由があるなら、確かな信念の元、それをシルガが同意していたのならばどうでもいい。……だから、ちゃんと理由を思い出せ。惰性でやったことで死んだのなんて……アイツが報われない」


 管理者は戸惑ったような表情を見せる。

 俺の怒りの理由が分かっていないようだ。


 カルアが少し不安そうに俺を見つめ、俺はもう一度言う。


「……俺は納得がしたい。シルガの死が、ただの愚か者の結末になるのは耐えがたい」


 管理者は頷くことも否定することもなく俺の言葉を聞いていた。

 カルアの目が俺の方を向いて、俺は小さく「悪いな」と伝える。


「……いえ、ランドロスさんがシルガさんに思うところがあるのは分かっていたので」

「私はアイツはどうでもいいけどな」

「別に同意しろとは思ってないから、気にしなくてもいいぞ。むしろネネはボコボコにされて恨んでいるだろ」

「……別に、それは気にしていない」


 ネネは心広いな。俺なら舌打ちぐらいはするぞ。


 俺がゆっくりとお茶を飲んでいると、ネネが不思議そうに俺を見る。


「……シルガが死んですぐにマスターを口説いていたから、てっきりシルガのことはあまり気にしていないのかと思った」

「何か関係があるか? まぁ一か月でというのは早いとは思うが……」

「いや、普通死んだ奴が片想いしていた相手を、死んですぐに口説くか? 別にどうというわけでもないが、若干なんとなく気を使わないか?」


 ……いや、まぁ……うん。それは確かにそうなんだが。


「……いや、ほら、一応はクルルの方から好きになってくれたわけでな」

「本当にそうか? シルガのことで私やマスターと喧嘩になっていたのを思うと、とっくにマスターに惚れていたように思うが……」

「い、いや、浮気とかするつもりは……好きと言っても恋愛とは違うというか……」

「じゃあ何なんだ?」

「…………母親に対する好意みたいな?」

「うっわ気持ち悪」


 いや、ミエナも同じような感情をクルルに抱いていたし、普通だろう。だって怖がっていたら撫で撫でしてくれて添い寝してくれるんだぞ。


 もはや俺のお母さんだろうクルルは。いや、変な意味とかはまったくなく純粋に甘えたい。

 でも、妹みたいに甘やかすのもそれはそれで良いものである。


「……あのな、ランドロス」

「……なんだよ」

「気持ち悪い」

「うるせえ。ミエナも同じような感覚を抱いているだろ」

「ミエナも気持ち悪いだろ」


 それはまぁ……確かに。あれ、俺ってもしかして客観的に見たらめちゃくちゃ気持ち悪いやつなのか?

 ロリを三人嫁や恋人にして猫耳娘を口説いているって。


 ……基本毎晩誰かに抱きついて甘えているしな。

 ……甘えるのが当然になっていてあまり何も考えていなかったが、客観的に見るとど変態じゃないか?

 いや、待て、落ち着け俺。……ロリに甘えるのは普通だ。心が弱っている女の子を助けようとするのも普通だ。

 うん、俺は普通だ。セーフ。ギリセーフである。


「というか、母親だとかなんとか思うなら嫁にするなよ」

「いや、まぁそれは、それというか、な?」

「お前はいつも性欲に負けてるな」

「……俺、なんで責められているんだ」


 そんなに悪いことはしていないつもりなんだが……。管理者も急な話の方向転換に驚いたような表情をしていた。

 まぁ、真面目な話をしていたらロリに甘える話に変わっていたらそういう反応にもなるよな。

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