第224話

 シャルの目は期待と動揺に揺れていた。

 クマのぬいぐるみの上から軽く抱き寄せたあと頭を撫でる。


「……大丈夫だ。何があっても俺がついているから」

「……えへへ、はい。ちょっとびっくりしただけで、別に、何かが変わったわけでもないですもんね」

「少し眠たそうだけど、大丈夫か?」

「大丈夫ですっ! これから、どこに行きます?」

「……ありがちだが、劇でも観に行ってみるか? 歩くのも疲れただろ」


 シャルは嬉しそうに頷き、ぬいぐるみを持ったまま俺にくっついて移動する。よく分からないが、シャルの知っている王子様と女の子が結ばれるという内容の童話を元にした劇が丁度始まるところだった。


 後ろの端の方の席しか空いていなかったが、半魔族である俺に苦手意識や嫌悪感を持っている人間は多くいるので丁度いいだろう。


 劇は心優しい女の子が不遇な目に遭っていたが、王子様に見染められて、紆余曲折あって結ばれるという話だ。


 シャルは目を輝かせて見ていたが、徐々にこくり、こくりと船を漕ぎ出す。朝早くから起きていてずっと歩いたりはしゃいだりしていたので疲れが出てきたのだろう。

 こてりと俺の方に頭を預けて、すーすーと寝息を立てて寝始めた。


 体が冷えないようにぬいぐるみをしまってから布をかけてやり、一応最後まで見てからシャルを抱き上げて劇場から出る。


 小さくて細いシャルの身体は見た目通り……見た目以上に軽くて少し心配になる。冷えないように脚先までしっかりと布をかけて抱っこした状態で運ぶ。


 そういえば、さっきの劇でも似たような格好で抱き上げていたな。などとどうでもいいことを思いながら街を歩く。

 それから自室に入ってシャルをベッドの上に寝かせると、シャルの寝言がこぼれる。


「ろすさん……おさら、食べちゃだめですよ? えへへ」


 ……夢の中の俺、皿ごと何か食べてるのか。

 シャルを寝かせたベッドの横に座り、シャルの隣にぬいぐるみを置く。二人に帰宅を伝えた方がいいかとも思ったが、俺がいないときにシャルが起きたら寂しがってしまいそうなので一緒にいようか。

 デート中だしな。


 あどけない寝顔にキスをしたくなるが、必死に我慢する。シャルが俺を拒否するとは思えないが、一応……寝ているときはやめておこう。


 シャルの髪を軽く撫でながら考える。

 ……シャルの親は探そう。もしかしたらシャルが親と一緒にいたがって、親も俺と引き離そうとするかもしれないが……。俺は、シャルの味方になりたい。


 でも手放すのはどうしても嫌だ。……上手い説得方法とかないかな。カルアにでも相談しようか……。


 ……そもそも、11歳の娘が自分の留守中に男と同棲と結婚している状況ってどうなんだろうか。……後でギルドの子持ちの奴に聞いてみるか。


「ランドロスさん? ん、んぅ……」


 シャルの手が俺を探すように動き、その手を握ると安心したように寝たまま表情を緩ませる。

 ギュッと握り返された感触。


 ……あー、親がすんなり見つかって、シャルとの関係もすんなり認められて、シャルが寂しくない程度の近くに住んでくれないだろうか……。


 シャルは俺と一緒にいてくれると言ってくれていたが、親とも会いたいだろうし……というか、また一緒に暮らしたいとは思っているだろう。


 かと言ってクルルがいるのでギルドを離れるわけにはいかないし、あちらにも立場や役職があるはずなので移住してもらうわけにはいかないだろう。


 ……いや、そもそも半魔族なのはあちらの教義的に……。

 勇者パーティで魔王を倒したことを全面的にアピールするか? 使えるのはカルアとは言っても聖剣もあるわけだし……。


 むしろ神に愛されてる系ですよアピールを……シャルに祈り方とか習っておくか?

 いかに媚びを売るかを考えていると、シャルがパッと起き上がる。


「あ、あれ? 王子様はどうなったんです?」

「劇ならもう終わって、ここは自室だ」

「えっ、あっ……す、すみません。ね、寝てしまってました?」

「いや、俺が調子に乗って色々と連れ回していたからだな。無理をさせた」

「い、いえ、そ、そんなことないですっ! 今からも行きたいぐらいで……!」


 シャルはパタパタと起き上がって、俺の方にぎゅっと抱きつく。


「……そ、その……まだまだ一緒に色々したかったです。デートの最後はちゅーして……」

「またデートはするだろ?」

「……僕の順番、遠いです」

「それは……悪い」

「困らせたくないです。でも、ランドロスさんともっといっぱい遊びたかったです。その、デートの最後はちゅーしたいって思ってたのに」


 可愛いことを言うシャルを抱きしめ返して、頬に口づけをする。その行為で赤らんだ顔を俺に向けて、唇を隠す。


「ま、まだ、デートの終わりじゃないですから、ちゅーはダメです」

「……まだしたいことがあるのか?」

「んぅ……具体的に何かというわけじゃないんですけど……。もっとふたりで一緒に……」

「でも眠たそうし、脚も疲れているだろ?」

「……ん、んぅ……」


 シャルは自分の脚を触って、ふにふにと揉む。


「痛いのか?」

「いえ、確かに疲れているなって……」

「デートにはまた行こう、な?」

「……やです。もっと楽しい時間がいいです」

「みんなで夕食を食べるのは楽しくないか?」

「……楽しいですけど、デートの楽しさは、その……ドキドキしてランドロスさんがずっと隣にいて、特別な時間です。ランドロスさんは違うんですか?」

「違わないけど……」


 現実的に、途中で寝て、抱っこしても起きないほど疲れたシャルをこれ以上連れ回すのは無理だろう。

 どうしたものかと思っていると、後ろの扉が開く。


「シャルさん、大人のカップルのデートの終わりはベッドの上で過ごすものなんですよ」

「……あ、か、カルアさん。いたんですね」


 シャルは俺にワガママを言っていることが恥ずかしかったのか布団で顔の半分を隠す。


「えっと、どういうことですか?」

「いや、知らなくていい。シャルは知らなくていい」


 そりゃ、もうやることやっているカップルはそうかもしれないが、俺とシャルはまだ健全にデートをしてるだけの仲だ。


 俺も男なのでシャルのような美少女とはそういうこともしたいに決まっているが、生きている可能性の高いシャルの両親に会ったときにそういうことをシャルにしているのがバレたら非常に困る。


「知らなくていいって、何でですか?」


 シャルの純真な、ぬいぐるみではしゃぐような女の子の瞳が俺を見る。いや、言えないだろ。だが全く全部隠したらシャルも納得しないだろうし……と俺が悩んでいると、カルアが口を開く。


「エッチなことをするんですよ」

「……カルア……後で合流するから先にギルドに行っていてくれ……。俺の今からの心労が分かるか?」


 カルアは本を取りにきただけだったのか、何冊かの本を取り出したあとギルドの方に戻っていく。

 シャルは俺の手をキュッと握り……羞恥で潤んだ瞳を俺に向けて、上目遣いで言う。


「そ、その……デートの最後、します?」

「……い、いや、別に絶対しないといけないわけじゃないしな」

「したくないんですか?」


 したいに決まっている。だが……ダメだし……しかしシャルの意見を封殺するのも……と思って口を開く。


「……あ、あー、じゃあ、マッサージだけするか?」


 多分シャルの頭の中だと男女の肌が触れ合うことはえっちなことだと認識しているだろうから、これで誤魔化せる気がする。


「マッサージ? ですか?」

「ほら、歩き疲れただろ? それで、デートの最後は疲労を取るために……」

「……確かに、男の人に揉んでもらうのはえっちな行為ですね。そういう意味だったんですか」


 無理な言い訳のつもりで言ったが、意外にもシャルは騙されてくれてコクリと頷く。

 よし、セーフ。手を出さずにいられた……と思ってシャルを見る。


 ……あれ? もしかして今からこの子の身体を揉み解すのか? ……理性耐えられるか?

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