第223話
シャルの宝箱のような弁当箱を前にして、どれから手をつければいいのか分からなくなってしまう。それに食べたらなくなることを思うと勿体なくて仕方ない。
異空間倉庫の中だと半永久的に保存出来るわけだし……死ぬ直前まで保存しても…….。
「あ、えっと、苦手なものがありましたか?」
「いや……食べたらなくなると思うと、勿体なくてな」
俺がそういうとシャルは拗ねたように薄桃色の唇をツンと尖らせる。
「食べてください。また作ってあげるので」
「いや、こんなに手の込んだものをまた頼むのも……」
「ランドロスさんに食べてもらうと思うと、作るのも楽しいですから、遠慮せず」
「……テーブルマナーとか分からないんだが」
「お弁当なんですから、好きに食べてください」
好きにと言われても種類が多すぎて迷うな。……どれも美味しそうだからすぐに食べたいし、勿体ないから後に回したい。
俺が迷っていると、痺れを切らしたシャルが料理の一つを取って、赤らめた顔をして俺に言う。
「あ、あーんしてください」
「い、いや、それは……流石に恥ずかしい……」
「だ、だ、誰も見てませんよ」
そういう問題では……前にされたときは酔っ払っていたから受け入れられたが素面では少しばかり恥ずかしい。
ぎこちない動きで「あーん」と食べさせられる。
さっきの隣に座るのもそうだが、完全にもう……イチャイチャしすぎていて周りが見えなくなっているカップルである。
いや、まぁ事実そうではあるのだが……。
「美味しいですか?」
「美味い。……や、やっぱり少し気恥ずかしくないか?」
「ん、んぅ……じゃあ、次はランドロスさんからして終わりにしましょうか」
俺からもするのか…….。気恥ずかしそうに口を開けているシャルを見てなんとなくエロいな……と思いながらゆっくりゆっくりと少量だけ持って、シャルの口の中に入れる。
シャルの作ったものなので「美味いか?」と尋ねるのもおかしい気がしていると、シャルに「えへへ」と笑いかけられる。
「……幸せですね」
「……ああ。……そうだな」
俺はこの子のために何をしてやれるのだろうか。もらったものが多すぎて返すことが出来そうにない。
二人でお弁当を食べて片付けてから一緒にぬいぐるみなどを売っている店に向かう。
「シャルが持っていたぬいぐるみってどんなのなんだ?」
「んぅ……クマさん……おほん、クマのぬいぐるみでしたよ」
「クマさんか……どれぐらいの大きさだ?」
「僕がギュッと抱きついても倒れないぐらいでした」
手を広げているシャルを見てかなり大きかったのかと思ったが、今も年齢の割に小柄なシャルが6歳やそこらの時のことと考えたらほどほどの大きさだったのかもしれない。
ぬいぐるみを置いてある店に近寄ると、シャルがパタパタと早足で店に向かい、手を引かれて俺もそこに入る。
見えやすいところに飾ってあった大きいクマのぬいぐるみを見て「こういうやつか?」と尋ねるとシャルは元気よく頷く。
大きいだけあってか、あるいはそもそも生活には必要のないものだからか結構な値段がしている。
「……シャルの親って、何の仕事をしていたんだ?」
「えっ……あ、すみません。知らないです」
「……まぁかなり幼い頃だもんな。分からないか」
「どうかしたんですか?」
「…….いや」
ぬいぐるみを見て目を輝かせているシャルを見て少し考える。
……両親が同時に出て行ったということからてっきり傭兵をしている家系なのかと思ったが……シャルの魔力は人並み以下しかないので、純粋な人間の女性で魔力も高くないとしたら傭兵の可能性は低そうだ。
シャルの小柄な体付きから考えると、そんなに体型に優れた女傑だったとも思えない。
じゃあ何の職業で、何のために戦争に駆り出されたのか。貴族や騎士の家系ならば孤児院に預けられるということはないだろう。
だが、ぬいぐるみを買う程度の金銭的な余裕があった。
商人、違うな。農家は絶対にあり得ない。職人も作らされるなら分かるが連れていかれるはずがないし……。そもそも、5年前だとそこそこ終戦に近づいてきた時期だよな。
「ランドロスさん、どんな生き物が好きですか?」
「えっ、ああ、シャル」
「……い、いやそういう話ではなく、ぬいぐるみ的な……」
「あ、ああ、悪いな。えーっと、牛とか?」
「へー、牛さんですか、なんでですか?」
「美味い」
「……ま、まぁ、美味しいですけど、そういう話ではなく」
「……生き物をどうこう思う余裕はなかったからな。……ぬいぐるみは可愛らしいと思うが」
シャルは色々と見回したあと、小さいクマのぬいぐるみか、ネコのぬいぐるみかで迷っているらしい。
「……抱きしめて埋もれられるぐらいのぬいぐるみじゃなくていいのか?」
「ん、それは、その、昔は持っていたというだけで……今ほしいというわけでは、ないんです」
何か遠慮しているのを見て、シャルの見ているぬいぐるみの値札を見ると、他のぬいぐるみより安い。
……一応同じ値段のぬいぐるみもあるので、安い中で一番いいものを選ぼうとしているらしいが……。
「……遠慮はしなくていいぞ?」
「え、遠慮は……してますけど……」
「土地に比べたら何千分の一とかなんだからな」
「……それは確かにそうなんですけど……えっと、なんでもいいんですか?」
「ああ、あの一番大きいクマでもいいぞ」
「……で、では……アレを」
シャルが指差したのは綿だった。
「……綿? ……えっ、ぬいぐるみに求めるの、可愛さじゃなくてふわふわさだけだったのか?」
「いえ、えっと、あの……自分で作ってみたいなぁと、思って……」
「ああ……そういうことか。もちろんいいが……針とかハサミとか布も買わないとな。作り方は分かるのか?」
「孤児院ではみんなの服の丈を直したりしていたので、最低限は」
何でも経験あるな、シャル。
一応この店の中にはそういう用途の物も端の方に置いてあり、シャルはそれを見て興味を抱いたようだ。
定規、糸と布とハサミと針と、それから大量の綿。まだまだ必要なものはあるのかもしれないが、とりあえずそれと……思い出と作るときの手本のための少し大きいクマのぬいぐるみを買って外に出る。
「上手く出来ないかもしれないですけど、頑張りますね」
「……いや、出来なかったら出来なかったでいいとは思うが……。まぁ、無理はない程度に頑張れ」
「出来たら、ランドロスさんにプレゼントしますね」
「……それは嬉しいけど……自分のじゃなくていいのか?」
「いいんです。えへへ」
ニコニコとしたシャルは買ったばかりの大きなクマのぬいぐるみを抱えてご機嫌そうに笑う。
俺からするとそんなに大きいと思わなかったが、シャルの体と比べると大きいように見えて少し不安を覚える。
「あー、シャル、抱えながら歩いていたら危ないから……」
「あ、そ、そうですよね。すみません、はしゃいで」
シャルはペコリと頭を下げて俺の方にぬいぐるみを渡そうとして……俺は少し押してシャルの胸にぬいぐるみを返す。
「……危ないから、転けそうになったら、支えてやるから安心しろよ」
「あ、は、はいっ。えへへ」
……シャルは多分……自分でも自覚していないようだが、聖職者の子供だ。戦争の犠牲者のために聖職者が色々な街を回るということは多く、俺が旅をしている間にも何度も見た光景だ。
基本的には立場の低い下っ端の使いっ走りがさせられるものなので状況は一致する。
それにあの孤児院に預けられたのも、院長が信頼出来る人で他の孤児院よりも良いところだという内情を親が知っていたからあそこに預けたという可能性がある。
他に男女が同時に戦争で呼び出される職業などないし……。
「……どうしたんですか? 難しい顔をして」
シャルがこてりと首を傾げたので不安がらせないように微笑んでから頭を撫でる。
……この予想があっていれば……戦争が終わってすぐに帰って来られなかったことも納得だ。戦いが終われば帰る兵と違い、被害者を弔う聖職者はそれから多少の仕事をしてから帰ることになる。
……5年前だとすでに人類側が大分押していたはずだから、聖職者が前線にいて被害に遭うなんてことはまずありえないだろう。
少し迷う。シャルのことを見つからないように隠していた方がいいのではないかと考えて──。
「……シャルの親が生きているかもしれないと考えて」
「えっ……な、なんで、ですか? い、いえ、その、僕も信じてはいますけど」
「……両親が同時に出て行ったのなら、兵士じゃないだろ。どの戦場にいったのかは分からないが、人間側が押していたのだから、前線に出ていなければ、死んでいる可能性はかなり低い。……それに、あの孤児院はいいところだから、わざわざそこを選んだのだとしたら、教会の内情に詳しいということだから……聖職者なのかと。院長が死んだといったのか?」
「い、いえ、院長先生は「今も人のために働いているはずです」って……でも、戦争から帰ってこないから、僕……てっきり……」
討ち死にしたと考えていたのか。
「……いや、これは希望的な考えだから……一応、院長なら、両親の職業を知っているかもしれないから……聞きに行くか」
「えっ、でも、難民がいるとかなので……」
「大勢を連れてくることは出来ないだけだ。俺達が出入りする分なら、衛兵に顔が効くから問題ない」
……希望的観測でしかないし、そんな保証はないが……考えていたよりも、シャルの両親が生きていた可能性は高い。
……もしも聖職者ならば……教会の上層部なら管理している名簿があるはずだから、探すことも出来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます