第205話
カルアを抱きしめたまま離さない。
強い不安感は消えないがそれでも抱きしめられていたら少しは紛れる。
カルアはこんな自分よりも遥かに大きい男が甘えているというのに、嫌な顔をひとつせずにギュッと抱きしめてくれていた。
「……落ち着きました?」
「……少しは」
「服着替えた方がいいですよ? 汗でびしょびしょです」
「いやだ」
カルアはよしよしと俺の頭を撫でて、困ったように笑う。
「あまえんぼさんですね。着替えてきたらまたギュってしてあげますよ?」
「……いやだ」
「……まったく、もう、困った人ですね。おふたりにも見られちゃいますよ?」
ゆっくりとカルアの体から離れると、ツンツンと突かれる。
「ん、おふたりには見栄を張りたいんですか?」
「……いや、まぁ……着替えてくるか」
今更ではあるが、あまり格好悪いところばかり見られるのはいやだ。
寝室から出て別の部屋で服を脱いで体を拭く。
酒のせいで変な酔い方をしてしまったのだろうかと考えていると、急にひとりが寂しくなってしまう。急いで着替えて寝室に戻り、再びカルアに抱きつく。
「ランドロスさん、その、あまり好きな人と長時間ひっついていると少し変な気持ちになってしまいますので……」
「いやだ」
「し、思春期の乙女心を慮っていただけないでしょうか」
「子供を作ろうと誘ってくるくせに……」
「そ、それはそれと言いますか。理性的に今、子供を作ったら少し安心というのもあるのと、感情的に抱き合うのは恥ずかしいというか……その、変な匂いしてたりしないか不安だったり寝汗、私もかいてるでしょうし……。その、えっちな子だと思われるのも恥ずかしいですし……」
カルアは狼狽えているような様子を見せながら話す。シャルのわたわたと動く癖が少し移ったのか、俺の腕の中で可愛らしく慌てている。
俺は焦った様子のカルアに愛おしさを覚えながら言う。
「カルアがエッチなのは知っているから、大丈夫だ」
「そっ、そうですか、それなら……だ、大丈夫じゃないですからねっ! 違いますからっ! えっちじゃないですからっ! 清楚で落ち着きのあるカルアさんですから!」
清楚……落ち着きのある……。
いや、落ち着きはないだろ。清楚かどうかはまた別としても、落ち着きはない。
落ち着きのあるお姫様は思いつきで城から飛び出して世界を救いに行ったり、その途中でこんなロクでもない男に嫁入りしたりはしない。
「……えっちではあるだろ」
「えっちだと思う方がえっちなんです。好きな人の赤ちゃんが欲しいのは普通です」
「いや、それ以外も……胸を触らせようとしてくるしな」
「……それは、ランドロスさんが触りたがってるからですっ! そんなに言うなら、もう触らせてあげないですから」
「……俺が悪かった」
「どんなに触りたいんですか……」
カルアは苦笑しながら続ける。
「落ち着いてきたみたいですね。……もう、まったく……。えっと、今日は商人さん呼んでましたよね? 迷宮内の街に行くんですよね」
「商人の許可が取れたらな」
「じゃあ、多分私も商人さんもすぐに疲れてしまうでしょうから、お昼からはおやすみですね」
……まぁ、一日中歩き回るような体力はないか。
俺がそんなことを考えていると、カルアは俺の手を持って、自分の胸にふにゅりと押し当てる。
突然のことに驚きながら、思わずふにふにと指を動かすと、パッと手が離される。
「……元気、出ましたか?」
「……出ました」
別のところの元気も出てしまった。
そうしている間に朝日が出てきて、カルアは着崩れたパジャマを直していく。
「ん、では、おふたりが起きたらご飯を食べにいきましょうか。着替えてきますね」
「……ああ」
悪い夢だった。……とても、悪い夢だったが……大丈夫だ。
シャルがいる。クルルがいる。カルアがいる。
なにがあっても……大丈夫だろう。
◇◆◇◆◇◆◇
いつものように三人で集まって食事をしていると、小太りの男がやってくる。
「あ、旦那。ランドロスの旦那、おはようございます」
「……ああ、呼び付けて悪いな」
「いえいえ、御馳走様です」
「俺の金で食う気かよ。……まぁ、好きなのを頼んだらいいけど」
一応頼みがあるので無碍にも出来ず、仕方なく頷く。
小太りの男は朝っぱらから脂っこい酒のつまみのようなものを注文する。
「それで、何の用です? 求婚ですか?」
「殺意が湧いてきた」
「アタシ達はずっと友達……そう言ってきたじゃないですか」
「しかも何で俺がフラれる形なんだ? ……そんな気色の悪いことじゃなくてな……ここだけの話、迷宮内に街があるんだ」
「はぁ……街、ですか。あ、旦那も飲んでるならアタシもお酒いただいていいですか?」
「酒に酔ってるわけじゃねえよ」
いや、まぁ信じられないという気持ちも分かるが……相変わらず失礼なやつだな。
朝食を食べ終わると、シャルに剥いた果物を渡されてお礼を言ってからそれを食べる。
「迷宮の82階層に色々な人種が入り混じった街があってな。そこを突破したいんだが、83階層に続く階段が神殿という連中に封鎖されていてな」
「あれ? 旦那、いつ行って帰ってきたんです?」
「……そういう魔道具があるんだ」
「へー、それってよろしければ、お譲りしていただけます?」
「お前魔法使えないから使えないだろ」
「まぁ、それは魔法使いを雇えばいいだけですから」
「……イユリの許可を取れたらな」
商人は頷いて俺の話の続きを聞く。
「文化的な差異があって、混血は許されない存在らしくてな、それで基本的に人と話すことすら出来なくて困っている」
「はぁ……なるほど」
「だから、交渉とか得意なお前が迷宮内に行って、神殿の連中に取り入って中に入れてもらえないか交渉してほしい」
「……ふむ……なるほど……うーん、どうでしょうか」
「何か問題があったか?」
「いえ、大したことではないんですけど、それより良い物を持ってまして」
いいもの? と、俺が尋ねると商人は頷き、手荷物から何か箱を取り出してそれを開く。
箱の中には透明な液体の中に黒い物が浮かんでいて……。
「何だこれ」
「色の付いた薄いガラスです」
「……何に使うんだ?」
「戦時中に魔族が使っていたもので、ツノを折った魔族がこれを目にしこむことで、ぱっと見は人間に見えるという代物です」
「……そんなものがあるのか。……これ、完全に俺に向けて用意してるよな」
「ええ、存在自体は知っていたので、前々から探していたんですが、最近やっと見つかりまして」
戦争の時に潜入用に作ったりしたのだろうか。
それで、戦争が終わったことで流れてきた……と。
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