第204話

「構えろ」


 構えろと言われても……。夢の中で戦う意味もなければ、そもそも、夢の中であろうと恩人である魔王とは戦いたくない。


 俺が戸惑っていると魔王の手の中に紅い雷が発生し──その敵意と殺意が俺に向く。


 意味が分からないし、理解も出来ない。だが、戦闘という行為にあまりにも慣れすぎた身体は意識せずとも動く。

 空間魔法によって取り出した長槍の先で紅い雷を暴発させながら後ろに跳ね飛ぶ。


「何のつもりだ。何の話だ」

「本来……人魔の戦争は遥かに長引くはずだった。人間を可能な限りまで減らし、この世の終わりに近くに勇者が魔王を討つ。……そのはずが、数名の人間が呆気なく戦争を終わらせた」

「……魔族が勝つはずだった、と」

「いや、魔族はおそかれ早かれ間違いなく負ける。魔族の性能では、そもそもの話、どうやろうとも勝てない」


 魔王は肩慣らしとばかりに紅い雷を連続して放ち、俺はそれを避け、武器に当てることで暴発させて防ぎながら魔王の話を聞く。


「まず、人間とは違って、農耕に向いていない。これは致命的だ。多少の農耕はしているものの、持久能力の差から、人間ほどの生産性はないな」

「ッ、戦いでは魔族の方が強いだろう!」

「……人間十人に対して魔族一人、と言ったところだが……。まぁ、そんな人数はいないな。純粋な戦力の差はある」

「ッ! 勝っていただろう! 途中までは!」


 徐々に魔王の攻撃は苛烈になっていく。捌ききれない量と威力になっていき、空間魔法で俺の後ろの空間を狭くして、飛んでから元に戻すことで一気に後ろに離れるが、魔王は素の身体能力で俺を追ってくる。


 魔王の身体を止めるように神の剣を出して壁を作る。


 一瞬息を吐いて安心するが、背後から魔王の声が聞こえてきた。


「筋書きがあったからな。……この世界の文化や宗教は用意されたものだ。用意された筋書き通りに動けば、確実に勝てる。途中まではな」

「……最後までは無理なのか」

「ああ、無理だ。魔族の生産性だと戦争には限界がある。略奪しながら進もうとも、村々を焼きながら逃げられたらどうしようもない。ある程度人間の生息域を狭めることが出来たあとは、我々は戦うことも叶わない」

「初めから負けが決まっているなら、そんなことをしなければいいだろうが!」


 俺は剣を振るうが、魔王には当たらない。

 ……今でも変わらない明らかな実力差。


 払われた剣を受け止めようとするも、受け止めようとした剣が破壊されて俺の体が呆気なく引き裂かれる。


 身体が半分になりながらも下半身を空間魔法で回収しながら回復薬を飲み、下半身と上半身を空中で繋いで着地する。


「……何故、か。先も言っただろう。これは撤退戦だ」

「ッ……何から逃げるって言うんだ!」


 夢の中のはずなのに生々しい痛みが走る。

 夢の中ならもっと自由に動けてもいいだろうと思っていると、ゾクリ、と背筋に悪寒が伝う。


「お前ももう知っているだろう。俺たちは侵略者だ。人間も、獣人も、エルフも、魔族も、同様にあの塔から降りてこの地を奪いにきた」

「ッ、そんな何千年も前のこと、知るかよ!」


 後ろに跳ねて逃げるけれども魔王は容易に俺を追ってくる。半魔族ではない本物の魔族の身体能力。

 舐めていたわけではないが……大盾を幾重にも出して紅い雷撃を受け止めようとするも、盾を貫かれて雷に全身を焼かれ、思い切り引き裂かれる。


「……だが、我々の王とも呼べる管理者は塔の中に引きこもっているだろう。勝てない。だから見つからないところに隠れている」

「……ッ魔王、お前は何を……!」

「この世界の原住民とも呼べる生物は……あまりにも強すぎた。我々よりも遥かに優れた技術を持っていた祖先すら、容易に敗北した」


 紅い雷が地面を這うようにして俺に迫る。跳ねて避けるが、魔王が投げた大剣に空中で串刺しにされ、城の壁に貼り付けにされる。


 大剣を空間魔法で片付けながら回復薬を噛み砕いて飲む。


「……詰みだ」


 突然、巨大な紅い雷が俺の背後にあった壁を破壊して俺の身体を飲み込む。

 死んだ。……と思ったが、何故か痛みはない。


「何が……」

「夢だと言っただろう。死ぬわけがない」

「……いや、それは、そうなんだが」


 痛みを覚悟していたので拍子抜けだ。……いや、あれほどの痛みを感じたことがないから記憶から再現される夢では感じられないだけか。

 死んだことがなくて良かったな。


「……つまり、アブソルト。その原住生物に勝てないから、人間という餌を減らそうって話なのか?」

「ああ、そうだ」

「……お前でもか? この威力の攻撃と、不死の力があればどんな相手にでも勝てると思うが」


 魔王を殺せるのは勇者だけなのだから、いくら攻撃されようとひたすら挑み続けたらいつかは勝つだろう。


「この雷は原住生物の力を再現したものだ」


 一瞬だけ時が止まる。


「……不死は?」

「不死は祖先が元々持っていた技術だな。……これを含めた多くの技術は通用しなかった。だが、どんな生き物であろうと、長い時間をかければいつかは滅びるだろう。だからな、そいつらが滅びるまで待つことにした。繁栄しすぎない程度に、その生物に目をつけられない程度の数を保つ。そのための役割を負うのが、私たち魔王であり、魔族であり、あるいは知性のない魔物だ」


 それを迷宮内で知ったからシルガが……滅ぼそうとしていた?

 いや、元々滅ぼすつもりで……それの時期を早める理由になっただけか。


 魔王は俺に剣を突き刺す。


「……ランドロス。お前がやれ。気がついているだろう。海の外から恐ろしい怪物がやってきたことを」

「ッ……魔王、お前、何を……」

「人間の数を減らせ。餌があると思われ、この大陸に居座られたらすべてが終わりだぞ。魔王となれ、ランドロス」

「そんなこと、人を殺すなんて……これ以上、出来るわけが、ないだろうが……」


 カルアが止めてくれた。ネネも止めてくれて、シルガにすら、それを止めてもらったのだ。

 ここまでされて、これ以上……手を汚さない。


「今の戦いで雷を使わなかったな。……いや、攻撃すらしなかった。……腑抜けるなよ。生かしてやった恩を返せ」


 魔王が紅い雷を発生させる。

 俺にも同じことをしろと示すようにそのまま止まり、冷めた目を俺に向ける。


「そうか。ならば死んでしまえ。そうすれば別のやつに力が渡る」


 紅い雷が俺の目の前に迫り……。



「──ランドロスさんっ!」


 なんて少女の声に、意識が明転する。



 ◇◆◇◆◇◆◇


「ランドロスさん、大丈夫ですか? 随分と……うなされていましたが……」


 パジャマ姿のカルアが心配そうに俺の身体を揺すり、起こしていた。

 まだ朝にもなっておらず……外は暗い。


 体は嫌に冷え切っていて、なのに全身から汗が出て、着ている服を濡らしていた。


 怖い。怖い。夢に見た魔王がではない。

 この少女の気持ちを裏切って人を殺さなければいけないと突きつけられたことが……。


 夢だった。ただの、夢でしかない。


「大丈夫…….だ」

「わ、汗でグシャグシャですし、冷えてるじゃないですか。……怖い夢でも見たんですか?」


 カルアは俺に微笑みかけてその柔らかい笑みに、心底ホッとする。……よかった。夢だった。


「体冷えているので、一度着替えた方が……」


 そう言っているカルアの体を抱き寄せて、その胸に顔を埋める。


「……嫌だ」

「ら、ランドロスさん!? あっ……大丈夫ですよ。……落ち着くまで一緒にいてあげるので」


 カルアの温もりと匂いに少しだか落ち着いてくる。カルアは俺の冷えた体を温めるようにギュッと抱きしめてくれた。


「大丈夫、大丈夫」


 汗で濡れていて気色悪いはずなのに、嫌な顔をひとつすることなく、ずっと抱きしめてくれていた。

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