第201話

 微妙な空気が流れる。

 シャルは「僕が、僕が間違った指示を出してしまったんですか!?」という表情をしてワタワタと動く。

 いや、まぁ……普通、手土産にお菓子を買うのはどうかと提案して、そうなるとは思わないよな。


「……一回会っただけの奴によく、あそこまで入れ込めて暴走出来るな」

「……え、ええ……」


 シャルがドン引きしたような目で俺を見る。

 ミエナが俺達のところに来て、緊張した表情で話しかけてくる。


「あ、ら、ランドロス。そろそろ行く?」

「……それを置いてからな」

「えっ、なんで?」

「なんでも何も、突然そんなに渡されたら普通に困るし怖いだろ。どう考えても食い切れないしな。あまり金を使うと逆効果だとシャルも言ってただろ」


 カルアが「人のことになると常識的ですね」と口にする。


「とにかくな、ひとつだけ選んで残りは置いていけ。というか、一つにしても量が多いけどな。ミエナはなんでこんなに食べれると思ったんだ?」

「お、女の子だから、甘いの好きかなって」

「それは人によるだろ。……とりあえず、一番渡したいの以外は置いていけ、嫌がらせにしかならない」

「ええ……でも……」

「でもじゃない。……シャル、日持ちしそうなものはあるか?」

「えっ、あっ……ええっと、あ、これとかいいんじゃないでしょうか」


 シャルがひとつだけ選んでそれをミエナに渡す。


「他のはどうする? ギルドの子供にでも配るか、それとも俺の異空間倉庫の中に保存しておくか? 何故か腐らないからな」

「えっ……じゃあ、えっと、配って置いて」

「分かった。マスター、誰に渡したらいい?」

「ん……誰でもいいけど、サクさんにでも渡したら? あ、でも、明日にね」


 じゃあ一旦は俺が預かっておくか。ギルドの中で放置していたら虫が寄ってきそうだしな。


「……ら、ランドロス、何の話をしたらいいと思う?」

「知らない。……そろそろ行くか。話をするだけだしな」

「あ、いってらっしゃい」

「ああ、まぁ、いつ帰ってくるか分からないから、先に寝ていてくれ」


 一応念のためにギルドの外で迷宮の82階層の路地裏に続く扉を出して、空間把握を使いながら中に入る。

 どうやらキミカは在宅らしく、俺の魔力に反応したのか顔を上げる。


 シルガやイユリと同様に、魔法を感じられているらしい。やはり、シルガの書いた本を読んで学んだからだろう。


 土壇場になってビビリ始めたミエナの手を引いて夕暮れの街を歩き、人に目を見られないようにしながら家の前までくると、ノックをする前に扉が開く。


「いらっしゃい」

「あ、あ……あ、えっと、お邪魔します」

「失礼する」


 街の人に見られるのも不味いので急いで中に入り込み、扉を閉じる。部屋着のような格好をしたキミカにミエナが「あっ、あっ」と言いながらお菓子を渡す。


「こ、これ、その、迷惑代ってわけじゃないけど、その、食べてくれたら」

「……ありがとう。別にいいのに」


 キミカは受け取ってから首を傾げる。迷宮の中と外で多少食文化に違いがあるのかもしれない。


「えっ、と、あ、そ、そうだ。シルガの話だったよね」

「あと、街中のルールとかについても聞いておいてくれ。俺はシルガの書いた本を読む」


 椅子に腰掛けてシルガの書いた本を机の上に置く。


 この前の種族についての本以外に、迷宮についての本や、この前の戦争についての本、魔王と勇者についての本と、それに加えて手記のようなものを見つける。


 適当に開いて見てみると、人間への恨み辛みがこれでもかと言うほど書かれているもので非常に気が滅入るので横に退けておく。


 それからゆっくりと迷宮についての本を開いて、一文字一文字を確かめながら読んでいく。


 おおよその考察はカルアがしていたものと同様であるが、ひとつ気になる文を見つける。


 魔物とは何かという疑問だ。何故動物と違って異様に攻撃的なのか、特に人を襲うのは何故か、と書かれている。


 シルガの魔物に対する結論は合理的な理由はなく人を襲うように出来ている。迷宮の技術では魔物は操れるが動物や人は不可能ということから、魔物は人を殺すために迷宮の管理者が作ったのではないかという仮説だ。


 だがそれはカルアの「迷宮の管理者は普通の女性である」という予想とは大きく崩れている上に、シルガも認めている迷宮の管理者が人を増やしているという事からもズレているように思える。


 単なる勘違いではないかと思ったが……シルガの大暴れに協力をしている節があったんだよな。……俺達が止めなければ、シルガが世界を滅ぼしていた可能性も充分に考えられる。


 ……やはりおかしいな。

 迷宮の管理者は世界を創造して、それを滅ぼそうとしている。……そんなことをする意味があるのだろうか。


 訳が分からない。何がしたいんだ? もしくは管理者が一人じゃない可能性もあるが……。


 シルガは異種族のことを調べているうちに何かに気がついて半年前にこの部屋から出て、迷宮を降りた。

 異種族のことに何かあるのかと思ったが……よく考えたら、時間が合わないな。


 半年前にここから出たのに、時間があったのはつい一月ほど前で、降りてきたのは二ヶ月前ぐらいだ。

 シルガの実力なら遅くても一月もあれば迷宮を降りられるだろうし……三ヶ月分の時間のズレがある。


 ……三ヶ月間、シルガはどこにいたんだ? 数階層程度下だったらこの街の住民に見つかる可能性がある。

 それより下なら初代と鉢合わせる。

 初代よりも下なら普通の探索者と……。


 そうなると、迷宮の外の国か、中の街かの二択だが、おそらく中にいたのだろうと思う。


 この街で調べ物をしているうちに……早急に世界を滅ぼす必要がある理由を見つけて、そのまま迷宮を降りてきた……と考えるのが妥当か。


 だとしたら、この本や手記の続きがこの街にあるかもしれない。もしかしたら書いていないかもしれないが、シルガはかなりマメな性格なようなので、ちゃんと書いていると考えられる。


 残しているかは微妙だが……どちらにせよ、この街の中にシルガが人間を滅ぼそうとした原因が……。

 あれ、この街の人間には手を出していないな。迷宮国の人間もこの街の人間も同等程度には戦争との関わりがないはずなのに、迷宮国の人間は復讐対象で、この街の人間は範囲外なのか?


 俺がシルガと迷宮の謎に頭を悩ませていると、ちょいちょいとミエナに腕を引っ張られる。


「あ、あの、話の間が保たないんだけど」

「……それを俺に言われてもな」

「どうしたらいいの?」

「知らない。……適当に話しておけよ」


 思考の邪魔をされたくなく適当にあしらおうとしていると、キミカが俺の方を見つめて首を傾げる。


「ふたりは恋人なの?」

「えっ、ち、違うよっ! 私、恋人いないから、いないからねっ!」


 ミエナは焦り気味で否定して、キミカに不思議そうな表情を向けられる。


「俺は嫁がいる。ただの仲間兼友人だ」

「へえ……仲良しなんだ」

「不思議そうだけど、どうかしたのか?」

「学校の友達が「男女の友情は成立しないっ」って、言ってたから」

「男の友達はいないのか?」

「うん、男の子とはあまり話さないかな」


 顔も整っていてモテそうだけどな。そう思っていると、キミカが再び尋ねてくる。


「どんな感じなの? 異性と一緒にいるのって恥ずかしくない?」

「普通だと思うが……シルガとは友人だったんじゃないのか?」

「シルガはペットだよ?」

「そちらの方がよほど恥ずかしい気がするのは俺の気のせいか?」


 友人よりよほどあれな関係性な気がするが。

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