第188話

 顔が好きというとてもアレな好意の持ち方ではあるが、どうやらミエナは本気らしい。

 まぁ普段から世話になっているので応援することに抵抗はないし、それにマスターから興味が逸れてくれた方がありがたいので俺としても利はあるのだが……。


 いかんせん恋愛経験が足りない。

 俺は当然として、他二名もただの女児であり、恋愛がどうこうなんてほとんど知ったかぶりか聞きかじりだろう。


 うーん、と頭を悩ませていると、カルアがギルドの扉の方に目を向ける。


「あ、やっほー、ロスくん!」


 思わず「げっ」と口にしてしまうが、ギルドの扉から入ってくる女性は気にした様子もなくニコニコとした表情でこちらの机の方にやってくる。


 いつもは迷宮でピンチになっているか、どこかに潜んでいるかなので普通に入ってこられると逆にびっくりする。


 クウカは嬉しそうに俺とカルアの間に座るが、俺はあまり嬉しくない。


「おはよ、ロスくん。みんなもね」

「ああ……おはよう……。何か用か?」

「用がないと来ちゃダメなの?」

「まぁ、割と。今はちょっと別のことで話をしてるしな」

「別のこと?」


 カルアが間に入られたことに不満そうな表情をしながらもクウカの問いに答える。


「ミエナさんに好きな人が出来たそうで、その相談です」

「へー、みーちゃんにね」


 ……コイツの謎の距離の詰め方はなんなんだろうか。

 ミエナは特に気にした様子もなく頷く。


「まぁ、恋愛に関しては私に聞くといいよ。私は恋愛に関しては世界レベルだからね」


 世界のレベル低いなぁ。


「それで、どんな感じなの?」


 クウカの問いにミエナがキミカのことを話していくと、クウカはうんうんと頷いて朝食代わりのお菓子をパクリと口に放り込む。


 それから健康的な色に日焼けした指先をビシッとミエナへと指差す。


「それ、間違いなく相手もミエナのこと好きだね」

「えっ……えぇ……」


 ミエナの口から驚愕の声と俺の頭の中の思考が一致する。

 ……なんでそうなった? 今の話、ミエナが可愛い女の子と知り合ったという情報しかなかったように思うが……。


「……クウカ、今のなんかそういう判断に至る場面あったか?」

「まったく、これだから私としか恋愛経験のないロスくんは……。間違いなく、これは両想いだよ」

「ええ……そうだろうか。あと、お前とは恋愛してない」

「あのね、窓の外から覗いてたら目が合ったという経験は私にもあるよ。……そして私は今その相手とラブラブ、つまり、どういうことか分かるね?」


 いや、ラブラブじゃないし、夜に休んでいたら窓の外に人の顔があったのはめちゃくちゃびびったからな。


「そ、そうなの……かな?」

「違うだろ」

「いや、違わないよ。しかも家にお招きされちゃったんだよね。それ、多分もう告白待ちだよ」

「俺とメレクも行ったけどな」

「告白……すべきかな?」

「やめとけ。マジで、やめとけ」


 俺と同じ過ちを犯してはならない。

 ポジティブの化身であるクウカの意見を聞いてはいけない。


「……うーん、じゃあ、どうしたら……」

「真面目な話をするなら、とりあえず嫌われないようにするべきなんじゃないか? 迷惑代って感じで押し付けがましくなく菓子でも渡したらいいんじゃないか?」

「ランドはどうやって落としたの?」

「えー、聞く? 私達の運命の馴れ初めを。あれは迷宮の2階層でね、私と相棒のネルが窮地に陥っていたときに颯爽とやってきてね。助けてくれたの」


 ……まぁ、そんなこともあったな。シャルが嬉しそうに「うんうん」と頷く。俺が褒められているのが嬉しいらしい。

 対してカルアはつまらなさそうに飲み物を口にしていた。


「まぁ、多分、私のことを追いかけてきたんだと思うんだよね。ストーカーしてたのかな」

「……いや、あれ、この国にきた当日だからな。ストーカーする暇ないからな?」

「……え? ……じゃあなんで助けてくれたの?」

「いや、普通危なかったら助けるだろ」

「……私のこと好きだよね?」

「いや……別にだな」


 クウカはパチパチと瞬きをする。……言い過ぎたのかと思ったがどうにも様子がおかしい。ぽーっとした赤らんだ顔というか……クルルが俺のことを見つめるときのような表情だ。


「……そっか、ロスくんって、そんなに、優しいんだね」

「優しいかどうかは別として、別にクウカだからというわけじゃないな」


 妻もいることを伝えようとしたとき、ぽーっとしたままのクウカが立ち上がって「またくるね」と言って帰っていく。

 どうしたのだろうか。そんなにショックを与えてしまったのだろうか。


 ミエナは俺の方をちらりと見てから「ランドって罪作りだよね」と言うが、非常に不服である。


「何がだ?」

「いや、モテモテだと思ってね。この色男め」

「……そんなつもりはないんだが」

「とりあえず、色男くんの言う通りにしてみようかなぁ。夜にまた行くから付き合ってよ」

「……いや、夜に行くと寝不足になるし、嫁と話す時間なくなるのがなぁ」


 俺がそう言うとシャルが「あっ」と口にする。


「夜に行くなら、昼間のうちにデート行きますか? マスターさんも今日は余裕あるみたいですし」

「……いいのか? いや、でもメレクは迷宮に行くつもりかもしれないしな」

「んー、昨日遅かったからしばらく起きてこないと思うよ。デートしてきたら?」


 カルアの方に目を向けると彼女はニコリと笑みを浮かべる。


「じゃあ、あとで行きましょうか」

「……ああ」


 なんかサボってばかりな気がするが……まぁいいか。デート中に商人が見つかるかもしれないしな。

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