第185話

「いや、本当に子供がもらえるの」

「はぁ……神殿で?」


 それ、神殿とやらの連中が立場を良いことに手篭めにしてるだけなんじゃないかと……と、思っているとキミカがこくりと頷いて説明をする。


「うん。希望者が多かったら抽選だけど」

「……えーっと、赤子をポンと手渡されるのか? 赤子の元を渡される的な話ではなく」

「うん。そうだよ」


 ええ……と思うが、カルアの話では迷宮の管理人は生き物を作ることが出来るらしいのであり得ないわけではない……のか?


 そういえばメナのことを聞くべきかと思ったが、この様子だとこの子はそんなに他の人のことは知っていなさそうだ。

 まぁこの街の常識は分かっているようだし……。


「……住める人数に制限があると聞いたが、そんなことをして大丈夫なのか?」

「種族ごとに人数が決まってるの。人数が足りていない種族だったらもらえる。……だいたい、魔族はいつも人数が足りてないかな。人間とエルフは飽和ぎみ」

「……飽和したらどうなるんだ?」

「別種族の問題だから分からない」


 迷宮内だから外とは違うのかと思ったが、やっぱり魔族は全体的にこういう個人主義なところがあるな。

 俺も多少は似たところがあるが。


 ……あの二人来ないな。

 暗くなってきたし、少女と二人きりなのは不味い気がするが……と、考えていると扉がトントンと叩かれる。


「あ、出てくるね」


 と、少女が動き、扉を開けるとミエナとメレクが中に入ってくる。

 すぐにミエナは少女にでれでれとしただらしのない笑みを浮かべていて、すーはーと深呼吸をし始めていた。


 メレクに「こいつどうにかしろよ」という目線を向けるが、メレクも俺の方に目を向けていた。


「キミカ、シルガのことならこいつらの方が詳しいから、話なら二人に聞いてくれ」


 シルガの方は演技とはいえど多少仲良くしていたわけだしな。

 キミカがチラチラと俺のことを気にしている様子だが、俺は目を逸らして本を開く。シルガのことで俺がでしゃばっても仕方ないだろう。


 横目で真面目に話すメレクとでれでれしているミエナを見つつ、シルガの書いている本に目を向ける。


 どうやらこれは人の種族について書いたものらしい。



【種族:人間

 特徴:平均的な体格。髪、目、肌の色は多様である。大陸や迷宮内において一番多く繁栄している種族。

 他種族に比べて持久力が高く長距離の移動や長時間の行動を得意としている。

 農耕や畜産などの食糧生産に向いているため広く繁栄していると思われる。

 魔力量は多いが一度に放出出来る量はさほど多くなく、こちらもまた持久性が高い。

 性格は縄張り意識や所属意識が強く、自身と違う所属のものには排他的な傾向がある。



 種族:魔族

 特徴:平均的な体格。髪は黒色、瞳は紅色、肌は多様である。人間とは違い狩猟民族が多く農耕をしているものはあまり多くない。

 人間に比べて高い身体能力や魔力の放出能力を持つが、他の種族に比べて持久性には欠ける。

 また、筋肉の質感や腱の付き方をしっかりと観察出来た個体は一つだけのため個体差がある可能性は高く、私のものと比較のため性差の可能性も考えられる。

 性格は個人主義者が多く所属意識は低い。何かしらの会議をするときなども大半の魔族は集合しない。】



 魔族のところを読んでいて、思わず手が止まる。

 ……筋肉の質感や腱の付き方を観察したのか? ……いや、別にキミカの身体を観察したとは書いていないしな。


 ……いや、しかしシルガはこの部屋にいることが多かったらしいし……。

 何故、何故……人間への恨みを捨てられなかったんだ。シルガ・ハーブラット。


 いや、人全般に対する不信感のせいでどうしようもなかったのは分かるが……それは分かるんだが、でも、それはそれとして、キミカには興味ないが……普通、そんなことが出来る美少女が近くにいて復讐しようって気になるか?


 少なくとも俺はならない。シャルに優しくされた時点でそんな気はほとんどなくなっていた。


 他にも小人や獣人、あるいは他の人種などのこともある程度詳細まで書いてあり、パラパラと流し読みをし続けていると、書きかけのページにまでくる。

 最後に記されていたのは短い一文だった。


【──あと二千年程度で他の全ての人種は滅び、あるいは吸収されて人間に統合されるだろう。魔族もエルフも小人も獣人もドワーフも……あらゆる種族はそう設計されている。】


 二千年という突拍子もない文。……けれど、似たような近しい言葉は聞いたことがある。

「千年前にこの世界は作られた」というカルアの言葉が頭の端に引っかかる。


 ……シルガは何を見ていたんだ? ……復讐のために動いていたのは間違いないが……不死であるシルガがそんなに急ぐ意味があったのか?


 復讐を早める理由があり……それが、これだったのだろうか。


「ランド、どうしたの? 難しい顔して」

「…………いや、ちょっと考えていて。……なぁ、キミカ、この街に危険はあるか?」

「えっ、ん……まぁ、喧嘩とかしてる人はいるけど」

「……そうか。……なら、仕方ないな」


 危険があるなら頼らないという選択肢を選ぶ理由付けにはなったが……危険がないのならば頼る他にない。

 非常に、非常に不服ではあるが……町中で情報を集めるのならば、あの男を除いて他に適任はいないだろう。


 もちろんカルアに来てもらうのが一番いいだろうが、それでカルアに精神的な負担がかかるのは避けたい。


「どうしたの? 落ち込んで」

「いや、出来れば会いたくなかったというかな……なんて言うか、こう……微妙な気分だ」


 現状、魔物やら難民やら何やらで足止めを食らっている以上、まだ街中にいるだろうし……おそらくやれることは終わって暇をしているはずだから、頼めば来てくれるだろう。


「誰に?」

「……商人だ。シルガの情報を集めたり、街を歩いたり、神殿の中に潜り込むには、多分アイツが一番適任だ」


 頼りたくないが……強引に突破するのは避けたいので、アイツに頼るのが一番いいだろう。


「商人? ああ、ランドの親友の?」

「……その呼び方は非常に不服だが、まぁ……多分それだ」

「なんであの人?」

「上の階段を神殿とやらが管理していて入れないようにしているらしい」

「ネネなら忍び込めるんじゃない?」

「いや、階段は無理だろ。流石に出入り口が狭すぎるし、一箇所しかないからな。一応見てから決めようとは思うが……」


 あと他に頼れそうな人間はいただろうか。目をなんとか隠した俺と商人でもいいが、多少の人手が欲しい。

 俺の嫁の三人は子供なので別として考えて……ダマラス辺りに声をかけてみるか?


 ミエナが明日また会いにくるとキミカに伝えて、三人で家を出て、真っ暗な路地裏からギルドに帰る。


 帰ってくると同じような星空が頭上に見えて、一瞬だけ同じところかと考えてしまったが、周りの景色は少し違って、俺たちの街だ。


 夜なのに薄明るいことを不思議に思っていると俺の部屋から光が漏れていた。どうやらまだ起きているらしい。


「……待ってるみたいだから、先に帰るな。今日の探索のことやキミカのことはまた明日にでも話そう」

「……ランド、明日キミカちゃんのことで相談していい?」

「……何か気がついたことがあるのか?」


 俺の真剣な言葉にミエナは頷く。


「うん。これが恋なんだって気がついたよ」

「……そうか。また明日な」


 まぁ、この三人パーティで82階層に潜るのはないだろう。少なくともメレクは向いてなさすぎる。明日相談してパーティメンバーを変更しよう。

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