第186話

 食事は……まぁいいか。さっさと帰って安心させてやりたいし、俺も三人の顔を見たい。

 少しばかり思わぬ出来事が多かったり、隠れながらの行動だったりで身体は肩が凝っているし、頭も変に疲れている。

 なんでもいいからめちゃくちゃ甘えたい気分である。


 そう思いながら自室の扉を開けるとカルアの声が聞こえてきた。


「──というわけで、男の人はおっぱいが好きな人が多いんです」

「……僕、おっぱい小さいですけど、喜んでいただけますでしょうか?」

「私も大きくないけど……」


 ……一体、何の話をしているのだろうか。俺をおっぱいで喜ばせる話なのか?


「ランドロスさんはとにかく甘えるのが好きな人ですからね。こうやって寝ているところをギュッとしたら一発ですよ」

「……一発……は、はい。って……ら、ランドロスさんっ!? い、いつからそこに……」


 シャルに見つかって思わず身体をビクリとさせて、苦笑いをしながら近寄る。

 カルアは俺を見て嬉しそうに笑みを浮かべるが、シャルとクルルの二人は気まずそうに視線を動かす。


「ランドロスさんっ、おかえりなさい。遅かったですね」

「ああ、悪い。どうにも探索が長引いてな。……何の話をしてたんだ?」


 俺が尋ねると、パジャマ姿のカルアはギュッと俺に抱きつきながら話す。


「シャルさんが、ランドロスさんに喜んでもらえることをしたいとのことでして。色々とランドロスさんが好きそうなことを教えていたんです。さ、どうぞ、シャルさん」


 カルアがシャルの方に話を振り、俺がシャルの方に目を向けると、彼女は顔を紅潮させて潤んだ瞳を俺達に向ける。


「こ、こんなの。む、無理に決まってるじゃないですかっ! ただでさえ恥ずかしいのに期待値を上げられて、よ、喜んでいただけなくてガッカリされたらどうするんですかっ!」

「大丈夫ですよ」


 カルアは「どうぞどうぞ」とシャルの背中を押すと、シャルは抵抗するも力負けして俺の前にやって来させられた。


 俺の前から逃げようとするも、カルアの手に止められる。


「あ、あの、その……ら、ランドロスさん」

「……いや、別に俺を喜ばせようとかしなくてもいいぞ。隣にいてくれたらそれだけでめちゃくちゃ嬉しい」

「そ、そうですか……。で、でも…………」


 と、シャルが言って、両手で俺の手を取って自分の胸を触らせた。

 ほとんど膨らみがない。けれど若干だけふにっとした柔らかい膨らみが感じられる。


 あまりのことに一瞬だけ思考が停止して、指先を動かしてパジャマ越しにシャルの胸をふにふにと触って、指を微かに埋めていく。


 気持ちがいいし、めちゃくちゃ興奮する。俺が息を荒くしているとシャルの「んぅっ……あぅ……」という少し苦しげな声を聞いてすぐに手を離す。


「わ、わ……悪い! さ、触ったりするつもりじゃなかったんだ!」

「い、いえ、ぼ、僕が触れさせたので……。お、お気を悪くしましたか?」

「い、いや、そんなことはないが……」

「つ、疲れてましたよねっ! すみません。こんなことにお付き合いさせて」


 いや……嬉しいだけだが……顔を真っ赤に染めたシャルは逃げるようにベッドの中に潜り込み、それを見ていたクルルが微かに「あはは」と苦笑いを浮かべてから俺の方を見る。


「おかえり。……遅かったけど、あまり無理はしないようにね」

「ああ、迷宮の中だと少し時間の感覚がな」


 と、何の気無しに誤魔化す言葉を吐くと、クルルの目が驚いたように少し開く。ああ、クルルに嘘は通じないか。


「……少しあってな。まぁ、何か問題があるわけじゃないから気にしないでくれ」

「ん、そっか。メレクとミエナも大丈夫?」

「ああ。……いや、ミエナは大丈夫じゃないかもしれないが」

「何かあったの?」

「……カルアぐらいの年齢の子に一目惚れをした」

「ああ……えっと、まぁ、それはいつも通りかなぁ」


 ……それはそうだな。とりあえず身体を拭いてくると言って部屋から出て、クルルの部屋を借りて身体を拭いてから戻ると、三人ともまだ起きていて俺を待っていた。


「先に寝ていてよかったのに」

「……今日、全然お話してないですから」

「……まぁ、そうかもな。……ありがとう。買い物はどうだった? 仲良く出来たか?」


 ベッドの上に上がり込んであぐらをかくと、カルアが俺の膝を枕にするようにして寝転がり、クルルがそれを見て苦笑いをする。


「仲良くは出来ていましたよ。カルアさんも大人しくしてました」

「……別に、ネネさんがイチャモンをつけてこなかったら私もいつも怒ったりはしませんよ」

「……ネネさんは自立心が強いですからね。人に甘えることが出来るカルアさんのことが羨ましいんですよ」

「別に甘えてないです」


 と、言っているカルアは俺の膝にすりすりと頰を押しつけている。……甘えるのは構わないけど、甘えていることは認めた方がいいんじゃないだろうか……。


 なんとなくカルアの頰を突きながら頷く。


「買い物は出来たか?」

「必要なものは買えましたよ。あ、お土産も用意しておきましたよ」


 お土産? と首を傾げると、シャルが慌てたようにして数枚の写真を俺に手渡す。


「写真屋さんがあったので、撮ってもらったんです。カルアさんが「ランドロスさんは私達の笑顔が一番喜びますから」と言って……す、すみません、こんなので」

「…….いや、めちゃくちゃ嬉しい」


 専門家のところで撮ってもらったのか、ちょこんと椅子に座ったシャルとカルアの写真と、四人で集まって撮っている写真だ。


「あと、アルバムと額縁も買っておきました。まったく、ランドロスさんの好みをよく知っていますね。私は」

「カルアってとてつもなく自己評価高いよな」

「えっ、いらないです?」


 いるけど……いるんだけど、めちゃくちゃ悔しい。

 これ以上に嬉しいお土産なんて存在しないのだが、なんかとてつもなくくやしい。


「……アルバム、一冊か」

「えっ、ダメでした?」

「いや、ありがたいんだが、せっかくだから一人一人分けた分と三人共用の分で分けて整理したかった」

「なんかみんなでワイワイした感じのが一冊ある方がよくないですか?」

「……まぁ、そういう考え方もあるか。……後々はそうするのもいいけど、シャルとクルルの写真はたくさんあるんだよな。……今までの写真とこれからの写真で分けるか」


 そう言いながらアルバムの一ページ目に写真を入れる。……思ったよりいいな、これ。


「……次、四人でデートに行くときも撮ってもらうか」

「めちゃくちゃ嬉しそうじゃないですか。えへへ、まったくもう、まったく……。嬉しいなら嬉しいと素直に言ったらどうです?」


 膝に寝転がっているカルアが手を伸ばしてぽすぽすと俺の腹を叩く。

 ……そういえば、忙しくてすっかり忘れていたが、迷宮都市に来た頃はカメラを買うつもりだったな。


 買いに行こうか。

 カメラとかに詳しそうなのは……ミエナか。

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