第181話
見たところ侵入出来そうなのは裏手にある小さな扉と正面にある大きな扉ぐらいだ。
幾つか開いている窓ガラスもあるが、そこの奥には子供がいるようだし、普通に扉から入るのが一番だろう。
問題は……メレクはデカくて目立つんだよな。
忍び込むという行動にはあまりに向いていない巨体である。少し急いで走るとドシンドシンと足音が鳴るし、小回りも効かないし、隠れることも出来ない。
もしもの時のことを考えると二手に分かれるというのもしたくないので…….まぁ、なるようになるか。
三人でコソコソと忍び込み、部屋と廊下の間に窓ガラスが貼ってあるので、屈んでその下を通っていく。
部屋の中は大人が子供に対して何かを教えているようだが、壁一枚越しでは声は聞き取りにくく、大人の近くにある板に書いてある内容を説明しているらしくて何の話かは分からない。
大人になってから這って移動する機会はなかったが、大人の体だと自重のせいで膝や腰が痛い。
ミエナは俺よりも背が低く身体が軽いからか普通にペタペタと先を進んでいて、メレクはハイハイの姿勢でも体が高いから、かなり無理な姿勢で苦しそうに進む。
廊下を這っているとミエナは動きの遅い俺達を不思議に思ったのか振り返り、パッと自分のスカートの端を押さえて少し恥ずかしそうな顔を見せる。
「スカートの中が見えてたから息が荒いんじゃねえよ」と激しく突っ込みたい気分ではあるが、今は潜入中だ。
くそ、自意識過剰なのが若干腹立ってしまう。
いやミエナが美人なのは確かだし、見えていたら反応する奴がいるのもそうだろう。俺が性癖を拗らせているから興味がないというのも自覚している。
だが、それはそれとして隠されるとなんか腹立つ。なんか美人なせいで自意識過剰だとツッコミにくいのが余計に腹立つ。
三人で這って階段まで移動して、階段の上で一息吐く。俺とミエナよりも無理な体勢で張っていたメレクが疲れた様子を見せていた。
歩くのとは違う筋肉使っていないせいか気怠い。
本がたくさんある部屋の正確な位置を把握できているのは俺だけなので、俺が先頭になって階段を登る。
階段を登ったところで「ふぅー」と息を吐き出す。
「この階には全然人がいないようだから静かにしていれば多少の会話なら……ミエナは何してんだ」
「えっ、下の空き地で子供がみんなで遊んでいるから見てたの」
「……見つかったら不味いからさっさといくぞ」
件の部屋の前に来ると扉の近くに【図書室】と書いた札がある。
扉を開いて中に入るとすぐ近くに返却棚と書いてある棚があり、何冊かの本が入っていた。
メレクがそれを手に取ると小さく首を傾げる。
「……小説だな。実用的な本じゃない」
「返却ってことは貸し出しているのか」
「……よく分からないがそうらしいな。結構あるし、手分けして見てみるか」
三人で分かれて本棚を見ていく。ある程度ジャンルごとに分かれているらしいが、どうにも小説などの娯楽目的のものが多く見える。次に簡単な学術書や図鑑などだろうか。
……どうにも平和的というか、魔法や武技についての本がないことに違和感を覚える。あと、種族ごとの違いについて書いてあるようなものはなく、小説に登場しているキャラクターも人間ばかりなのにも違和感を覚える。
……これだけの異種族が暮らしている街でそういうことがあるだろうか。
……いや、違うな。元から用意されたものか。これも。
俺にとって違和感のない小説というものをこの街の人が書けるとは思えない。文化体系は似通っていても、明らかに異質な環境だ。
「地図あったか?」
「んー、見つかったけど……」
ミエナがそう口にするが、どうにも納得いっていないような表情だ。
「……これ、絶対ここの地図じゃないよね?」
ミエナが俺に見せたのは世界地図と書いてある本だが……明らかに規模が大きすぎる。海とか書いてあるし。
「まぁ迷宮内の地図ではなさそうだな。……かと言って外の地図にも合わないな、俺たちのいる大陸はこんな形をしていない」
「んー、ちっちゃい島とかに形が一致してるとか?」
「いや、端の方に縮尺が書いてあるから違うのは分かる。……管理人の故郷とかか?」
分からないが……この街の連中は気持ち悪くないのだろうか。……帰ったらメナに聞いて見るべきかと考えていると、突然大きな音が鳴り響く。
キーンカーンカーンコーン。と気の抜ける謎の音に驚いていると、空間把握で監視していた下の階の子供達が一斉に動き始める。
「メレク、本を片付けろっ。何か起きたぞ!」
「ああ、ちょっと待て……」
「あっ、まずい。階段の方に何人かきて上がってきている」
「ど、どうするランドっ!」
ええっと、脱出は無理だな。……隠れてやり過ごすしかないか。
コップを上に上げて、コップの中の空間を広げてメレクとミエナと固まって中に入る。
光がないのでかなり暗い。
「えっ、これ、コップの中?」
「ああ……あ、くそ、部屋の中に誰か来るな」
まぁ、こうやって隠れていたらなかなか見つからないはず……と思っているとドンドンとこちらに人が近づいてきて、三人で息を潜める。
何かを言おうとしたミエナの口を手で塞ぐと、ミエナがむぐむぐと唇が動かして抗議するも無視する。
「あれ、本の位置が変わってる? それに、なんだろこのベタベタした魔力」
空間把握のことがバレているのか? イユリ、シルガに続いて三人目……と考えた瞬間、視界が眩しくなる。
「うわぁっ!」
コップが退けられて俺達が元の空間に出てきてしまったせいで、コップを退けた人物が驚いて尻餅をつく。
まずい。バレた……!
そう考えて逃げようとするも、逃げるような場所はない。
ミエナの蔓草をロープのように使って窓から降りれないか考えてミエナの方に目を向けると、ミエナはぼうっと尻餅を付いている子供を見つめていた。
魔族らしい紅い目と、子供の顔には似合わないゴツいツノ。
そのツノには可愛らしいリボンが巻いてあった。
さっきの子供だ。
声を上げられる前に逃げようとするが、少女は一向に声を上げる様子も逃げる様子もない。
全体的に黒っぽい落ち着いた服装の少女は、驚いた表情のまま俺を見てポツリと口を開く。
「……シルガ?」
不意に聞いたその名前に、俺たち三人の動きが止まる。
……何故、アイツの名前を知っているんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます