第180話

 何はともあれ……ミエナに目を向けて、メレクのボリボリと頭を掻く音を聞く。


「ミエナ、メレク……」

「あー、おう。……逃げるぞ!」


 メレクの持つ大剣を異空間倉庫にしまいつつ、大通りを思いっきり突っ走る。街の連中は止めようとすることはなく、むしろ俺達に怯えた様子を見せて離れて道を開ける。


 念のため少し速さを落としてミエナの後ろを走るが、追いかけてくるような人はいない。

 ……あの衛兵みたいな奴等以外は来ないのだろうか。多少人が少なくなったところで路地裏に入り込み、空間拡大で隠れる。


「……あー、全く、ランドロスったら、あんなことを言ったばかりなのに一瞬で飛び出して……」

「いや、ミエナもだろ」

「メレクもね。……あー、騒ぎになったよね。どうする?」

「……警戒されてるだろうな。まぁ、仕方ないから、より警戒していくしか……」

「ところで、道、分かるか?」


 メレクとミエナの方を見て尋ねるが、二人は微妙そうな表情を浮かべる。


「うーん、結構急いでたから。まぁなんとなく方向ぐらいは」

「具体的な道は覚えていないが、デカイ建物がチラチラ見えていたから方向と距離ぐらいは分かるな」


 メレクが目を向けた方を見ると四角形の大きい建物が遠くに見える。周りの建物も大きい物が大きいが、確かに他のものよりも目立って見える。


 何の施設だろうか。他の建物にも言えることだが窓ガラスが多くて妙に四角い。


「うーん、このままだったらランドロスとメレクの迂闊な行動のせいで警戒が強まっただろうしなぁ。……あ、高いところから見下ろしたら階段見つかるんじゃない? 流石頭脳派エルフの私っ!」


 ミエナは自分も飛び出していたくせに俺達に責任を押し付けてから、ものすごく安直なことを言い出す。

 ……いや、目立つだろ。高いところに登ったら……と思いはするが他にアテはない。


 メレクに目を向けて視線で「どうする?」と尋ねると、仕方なさそうに首を振る。


「まあ、他に案はないし、いいんじゃないか? 高いところというのはまた別として、あれだけ大きな建物なら多少は公的な要素がありそうだから、地図とかも期待出来る気がする」

「よし、じゃあ決まりってことで、改めて行こうか」


 ミエナを先頭にして人のいない道を歩いて進む。

 足元を見てみると不思議な黒い石の地面だったり灰色のモルタルに固められた地面だったりして、普通の土の色がなく雑草すら見当たらない。


 蓋をされているが幾つも溝のような穴が空いている。少し目線を上にすると雨樋が見えて、多少の風化の様子が見て取れる。


 ……他のところと違って太陽に似た照明の位置が時間によって変化していることを思うと、他の階層に比べて気候などの再現率が高く、もしかしたらこの階は雨が降るのかもしれない。


「どうした? ランドロス」

「……いや、別に」


 この階は気持ち悪い。異文化すぎて街の中という感覚は薄く、あるいは平和過ぎて迷宮の中という感覚もない。


 けれど、頬を吹き抜けてくる風の感触は嫌いではなく……他の階よりも手間がかかっているのがなんとなく分かる。


 迷宮の管理者は決してここの人たちを蔑ろにしていないのが分かり……それが余計に気持ち悪く感じた。


 デカイ建物に近づくと建物の周辺に柵がしてある。簡単に登れるし魔法を使えば潜り抜けられそうだが、少し周辺を探った方がいいだろう。


「……メレク、ここにいるのは何の種族だ?」

「混じっていてよく分からないな。あと、飯の匂いもして紛れる」

「こっち側には窓がなくて中の様子が探れないな」


 周りを回るようにして位置を変えると、子供が何かを言っている声が聞こえる。

 窓ガラスがたくさんある方向ではあるが、この階層には珍しく木がたくさん生えていて中の様子が見えなくなっている。


「うーん、声的にカルアと同じぐらいの年齢っぽい? 男の子は声変わりしてる子としてない子が混じってるね」

「なんでこんなところに木が生えているんだろうな。中の様子が見えない」


 俺とミエナが角度を変えて中を覗こうとしていると、メレクが「ああ、目隠しなんじゃないか? 中を覗かれないようにしているとか」と言うが、そんなことをして意味があるのだろうか。


 子供が集まる場だったらそんな機密情報とかなさそうだし……と考えていると、ミエナが指先をちょいちょいと動かす。

 その指の動きに合わせるように柵の中にある木がゆっくりと揺れ動いて、中の様子が見えるようになっていく。


 そんな目立つことをするなよ……と考えているとミエナが「あっ、あの子可愛くない?」と俺の服の袖を掴む。


「……ほら、こういう連中がいるから見えないようにしてるのかと思うんだが」


 メレクは呆れたように俺達を見るが、俺は別に子供を見るために覗いたりはしていない。

 ミエナに合わせて仕方なく見ると、窓の外を見つめていた魔族の少女と目が合う。


「ッ、見られたぞ」

「あ、本当だ。ツノにリボン巻いてて可愛い」

「いや、逃げた方が……」

「いやでも、何か他の人に伝えようとしたりはしてないね。大丈夫そうだよ」


 ミエナはのほほんとそう口にしながら魔族の少女に手を振る。少女は不思議そうにこちらを見るだけで何かの行動を起こす素振りはない。


「あー、あの子めちゃくちゃ可愛くない? どんな声なんだろ」

「……そうか? そこまででもないと思うが」


 確かに顔は多少整っているが、俺の嫁や恋人の方が数段上で可愛いだろう。


「あっ、あっち向いちゃった……」

「お前らなぁ、追われてる状況って分かってるか?さっさと侵入するぞ」

「はいはい。ランドロスー、空間把握の範囲広めてー」

「……ああ」


 ミエナの言葉に頷いて魔力を多くばら撒いて探知範囲を広めていく。

 大きな建物の中、同じほどの背丈の子供が部屋ごとに規則正しく並べられた机と椅子に座っているのが分かる。


 打って変わって廊下には人気がなく、ほぼ全員が部屋の中で何かをしているという状況だ。


「……思ったよりも人が多いな。予想していた子供が集まっている場所はここらしい」

「何をしてるんだ?」

「……何かみんなで本型の紙に文字を書いていっているな。写本か?」

「……迷宮の中でか? ……訳わからないな。地図とかありそうな部屋はあるか?」

「……こうも人数が多いと上手く把握出来ないんだよな。魔力も残しておく必要があるしちょっと待ってくれ……。あ、なんか大量の本がある部屋がある。それに今は何故か無人だな」


 めちゃくちゃ都合がいい場所を見つけたがそこまで行くのが大変そうだな。


「廊下側にもガラス張りの窓がついているから移動は難しそうだな。俺の魔法を使えばいけなくはないが……どうにも魔力の消費量がキツい」

「あー、まぁ、ここに留まっていたらさっきの子供が他の人に報告しかねないからとりあえず向かうか。別に途中で探索を打ち切って帰ってもいいんだしな」


 まぁそれもそうか、と気軽な気持ちで柵をよじ登って敷地内に侵入する。まずば見つからずに建物の内部に侵入出来そうな場所を探すか。

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