第178話

 三人でギルドに入ると共に思いっきり扉を閉じて、同じ服の男達を中に入れないようにする。


「な、なんだったの!? なんであんなに敵意剥き出しで、なのに攻撃してこないの!?」


 ミエナが慌てた様子で俺に言い、ギルドで昼食を食べていた仲間がこちらを向く。


「……もう大丈夫だから落ち着け」

「ぱ、パパ……」


 パパではない。

 メレクの方に目を向けると、顔を上げて少し考え込んでいるのが見えた。


「……ランドロスを見て混血者とか言ってたな。人間も魔人もいたが……混血はダメなのか?」

「思ったよりもだいぶ……規模が大きかったな。ここより栄えていたように見えたしな」


 めちゃくちゃだ。

 流石に迷宮の中なので建物が密集していて狭そうではあったが……非常に栄えているように見えた。


 ……いや、迷宮自体が俺達よりも高い技術力の元にあるのだから中にある街もそうであっておかしくないか。

 違和感が強いのは迷宮と呼んでいるそれが……あまりにも迷宮の体を成していなかったからだ。


「……どうする?」

「あー、まぁ、飯を食うか」


 カルアやシャルはまだ買い物に行って帰ってきていないようだったため三人で食事をする。


 異様で不気味な空気から日常に帰ってこられた安心感。

 二人ともあまり迷宮のことを語りたくないのか食事中はどうにも話が進まないが……まぁ話をしないわけにはいかないだろう。

 メレクはわざとらしく軽い口調で口を開く。


「まぁ、取れる手は3択か。隠れて次の階層に向かうか、強引に突破するか、探るか」

「んー、手っ取り早いのは隠れて進むのかな。強引に突破するのは危ないし、今後に影響が出るかもしれないし」


 まぁ強引に突破をするのは早いが……人を傷つけることになるかもしれないので取りたい手ではない。

 ……隠れていくのは多少難しいが……。


「……ネネかなぁ。多分、あれぐらいなら楽勝だろうし」

「まぁネネは混血じゃないから、あの反応を見る限りは問題なさそうだな。突破さえしたら、入り口は作れるしな」

「……いや、一人でって無理はさせたくない。それに、俺にもやりようがあるぞ」


 トン、と机の上を叩いてから、机の上にある食べ終わったあとの皿に触れる。


「【空間拡大】」


 イユリに作ってもらった魔法を発動すると皿が数分の一の大きさに変わる。


「……えっ、物を小さくする魔法? あっ、いいこと閃いた」

「スカートを覗くのには使えないぞ。この皿の周りの空間が本来より広くなっているんだ。だから、周りから見ると皿が遠くにあるように見えて小さくなる。スカートを覗くのに上に跨ってもらおうとすると、その人物も広がった空間の中に入ることになるからな」

「……全然よく分からないけど、ランドがスカートの中を覗くのに使おうと考えたことがあるのは伝わってきたよ」


 ……それは伝わらなくていい。


「まぁ、これで狭い道やら管の中を広げたら周りからは小さく見えるってわけだ。その分たくさん歩く必要があるが」

「それはいいけど、ランドってネネに甘くない? いつも踏まれても叩かれても気にしてないし」

「……放っておいたら無理をしそうなのがな。仲間想いなんだろうが」


 ネネの口と態度はかなり悪く、俺も文句の一つや二つはあるが……内心では仲間想いなのは伝わってくる。それこそ、人の内面を知るのが得意なマスターが四代目に推すぐらいだ。


 まぁ……向いてはいないと思うが。仲間想いなのは分かるが、人見知りが酷すぎる。

 絶対ギルドの集まりとかに行けないだろう。


 ……いや、もしかして、俺にシルガの話をしたのは、半魔族だからだけではなく、辞めるからネネの補助をしてやれという意図だったのか? ……いや、ネネほどではないが俺もそういうのは苦手だが。


「まぁ、あんま泣き言を言って他人任せにするのも気が乗らないし、パーティを組んで一日で変更ってのもかっこ悪いから、それでいいぞ」

「はあ……面倒くさいけど別にいいよ。私はただのエルフだから見つかっても問題なさそうだしね」


 食器を片付けてから、ギルドから出る。

 一応まだ通路にいる可能性を踏まえてギルドの外の路地裏で扉を出して、扉の中を覗き込んで見ながら誰もいないことを見て中に入る。


 メレクとミエナを手招きしてから階段を少し歩き、空間把握の魔法の探知範囲に人が入ったのを確認してから階段の端に魔法を発動する。


 【空間拡大】と口の中で小さく唱え、手振りで二人に伝えながら階段の端に寄ると、周りの景色が大きくなる。


「うおっ、おお……これは、あれだな。ビビるな」


 階段の二段下にメレクが、その四段下にミエナがいた。

 この状況では少しばかり会話もしにくいので一度横にズレて空間魔法の範囲外に出て、ミエナが小さく見える段に入り、また範囲内に入ってからミエナの肩を叩く。


「横にズレれば元の空間だから、人が近づいたら横に空間魔法の範囲内に入って隠れよう」

「ん、了解……入ったら突然壁が出来てびっくりしたら、これ、階段か」

「これを登るのは厳しいな。断崖絶壁だ」


 二段登ってメレクにも同じように伝えてからゆっくりと登る。

 ミエナは登りながら空間内に入ったり出たりして遊んでいた。


「うわ、これ楽しい。ランドとメレクがおっきくなったりちっさくなったり」

「……いや、うるさいから静かにしろよ」


 窘めながら階段を登ったところで人が見えたので横にズレて隠れる。

 先の同じ服を着た男達もまだいるらしい。あと数段あるが……小さく見える状態で登った方がいいか。


 少し厄介だが。


「ミエナが縄になるようなツタを出して、メレクが俺を上の段に投げて、俺が上から二人を引っ張り上げて登るか。いけるよな」


 メレクは頷き、ミエナはツタを出して俺に渡す。

 俺がツタを掴むとメレクが俺の頭を掴み、ブンっと放り投げて崖のようになっている階段の上の段に俺を投げ飛ばす。


 空中で姿勢を整えて着地してからツタを下の段に下ろし、二人が掴んだのを見て引き上げる。


 同じようにして何段か登ったところで階段を登り終えて、コソコソと端の方で隠れながら82階層に出る。


「あれ、何か話してるけど聞き取りにくいね」

「まぁ、小さくなっているわけではなく、小さく見えるほど遠くなってるわけだからな。普通は会話音を聞き取れるはずもないが……案外耳いいんだな」

「長い分ね。メレクも結構耳いいよ。獣人だし」


 獣人なのはまだしも、耳が長いのと耳がいいのは関係ないだろう。


「あー、耳がいいと言っても、俺は戦闘向きに品種改良されてるから純血のネネほどじゃねえよ。ボソボソ何か言ってるのぐらいしか……これ、近寄ったらダメだよな」

「ああ、一瞬でデカくなるぞ」

「……遠くなるだけで、小さくなるわけじゃないのが案外やりにくいな。音は聞こえないし、視界も遠くて、こっち側からも小さく見える。潜入とかには不向きだな、これ」

「まぁそういう用途じゃないしな。まぁ、路地裏とかに入ったら空間から出て、隠れながら話を聞くか」


 コソコソと歩いて警戒している場所から通り抜ける。

 ……よし、とりあえずは大丈夫か。


 路地裏まで歩いていき小さい姿のまま二人にコップを見せる。


「もしもの時はこのコップの中の空間を広げるから、俺がこれを持って上に向ければ、二人とも中に入れよ」

「おー、なんか面白いね。……あれ、それが出来るなら上に穴とか開けたら覗けない?」

「いや、コップに足が当たったらなんか色々と危ないぞ。というか、コップを跨ぐ奴なんていないだろ。片付けをしようとして持ち上げられてバレるぞ。しかも、見るにしてもめちゃくちゃ遠いしな。これ、小さくなっている側から見ても相手が小さいから覗きとかにはまったく使えないんだよ」

「覗き談義はいいから、さっさと出て路地裏からあいつらの話を聞くぞ」


 ……えっ、俺も覗きをする奴だと思われていないか? これ。

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