第179話

 路地裏に隠れて三人で耳を傾けるが、距離が遠くて俺にはよく聞こえない。


「……まだ俺達を探しているみたいだな」

「んー、まぁ、隠れながら階段を探そうか。地図でもあったらいいんだけど。……カルアもいないから、この場では私が一番の頭脳派かな」

「いや……そうか?」

「よし、リーダーの私についてくるんだ」


 ……まぁ、俺とメレクよりかは賢い……のか?


「この階層の広さはさほどでもないし、魔物もいないからそこそこ歩きやすいね」

「……俺からすると居心地が悪いけどな」


 コソコソと隠れながらの移動は、弱かった頃の自分を思い出す。路地裏から路地裏に移動するが……街が密集している割に人の数が少ないように思える。

 人気のない場所で立ち止まっていると、メレクがミエナの方に目を向ける。


「なぁ、ミエナ。……少し気になったんだが、迷宮の中にこんな街を作って禁忌に触れないのか?」

「へ? ……あ、えっと……ふ、触れないのかもね?」


 ミエナが慌てたように言い。俺は思わずため息を吐く。


「元々人の生息域を模した迷宮の階層ということだろう。迷宮の10階層も人工物っぽかっただろ。あと、どの階層にもある階段もな」

「あー、そういうことか」

「人が街の割に少ないのも、そういうことじゃないか。必要があるから立っている家じゃないんだろう」

「その割に衛兵っぽいのはそこそこいたが」

「食料生産の必要がないから、余った手は警備に回しているんだろ」


 メレクは「はぁ、なるほど……」と口にしてからボリボリと頭を掻いて壁に手を置く。


「……子供の姿がないな」

「……あー、二つ考えられるな、外敵がいないから繁殖する必要が低い……というか、メナが追い出されていたしな。あと、集められているとか?」

「集められているって、どこにだ?」

「カルアの予想なんだが、迷宮の10階層は複数人に同時に物を教えるための場所らしくてな。迷宮の中……というか、迷宮の管理人の中にはそういう文化があるのかもしれない」

「……食料もあって外敵もいない状況で勉強なんてする意味があるか?」

「さあ、まぁそういう施設はあっておかしくないだろうな」


 メレクがミエナの方を見る。


「……頭脳派?」

「たまたま分からなかっただけだよ! ……よし、これからどっちの方にいくかだけど、手掛かりがほとんどないから進むしかないよね」


 まぁそれもそうかと思っていると、メレクが首を横に振る。


「いや、ある程度の予想はつくぞ。この街の連中はどうやら混血などを嫌っているみたいで別種族同士の行動は禁止しているようだからな。でも完全に分かれて暮らしていないのは階段は共用するしかないからだろ。つまり、道を歩いているのが単一の種族だけしか見かけなければ迷宮の階段や階段に続く道からは遠く、逆に色々な種族がいれば階段に近い道だろう」


 ああ、なるほど……と思いながらミエナを見てポツリと口を開く。


「……頭脳派?」

「う、うるさいな。筋肉二人組と魔法使いなら魔法使いが頭脳派なものでしょ。一番年上だしね」

「いや、俺も魔法使いだけど」

「ランドロスはどっちかというと筋肉で解決しがちだし剣士よりでしょ。おおよその事柄は筋肉で解決出来ると考えてそう」


 なんでだよ。俺はそんな脳筋じゃないだろう。 路地裏に隠れながら道を歩く。


「……ん?」


 ミエナが脚を止めて、どうしたのかと思っていると少し大きな建物の窓を覗いていた。


「どうしたんだ?」

「いや、ほら、人間の子供が集まっていて……げへへ、可愛いね」

「……さっさと行くぞ」

「えー、ちょっと見るだけ……私のママがいるかもしれないし……」


 それは確実にいないだろ。人間の子供なら、そう思いながら一瞬視線を向ける。

 パッと見では人間の子供のように見えるが……違うな。小人の大人だ。


「小人だな」

「あ、人間じゃないのか。よく分かるね」

「仕草とか雰囲気でな。あと、この前気がついたんだが、小人の女性って人間の子供よりも若干腰が太いんだよな。男は多少筋肉質だし」

「腰?」

「ああ、見た目は子供っぽくても、生殖能力はあるからだろうな」


 ミエナはジッと窓から覗き込み小さく「あー」と口にする。

 バレるからとメレクに引っ張られながらミエナは俺に言う。


「確かにちょっとそうかも。うーん、流石はパパだね。ロリを見る目は私以上……!」

「それやめろ。たまたま好きになった奴がまだ幼いだけだから」


 俺とミエナのやり取りを呆れたように見ていたメレクが首を傾げる。


「臭いが変わったな。……この匂いは魔人か」


 魔人……俺は半分魔人だが、会ったことのある魔人は大体敵対していたせいであまり詳しくは知らないんだよな。

 ツノが生えていて目が紅いのと、魔力が高く魔法の適性が高いことぐらいしか知らない。


 メレクは一瞬俺の方を見る。


「心配はいらないぞ。魔族にはあまり同族意識を抱いていないしな。人間にもだが」

「……まぁ、思うところがあるかと思ってな」

「戦争中はずっとやり合っていたからなぁ、微妙な気分ではある」

「……魔人の幼女ってツノとかどうなんだろ。小さいのかな」


 緊張感ないな。主にミエナのせいで……。まぁ見つからなければいいだけなのでたいして難しい状況でもないしこんなものか。

 不気味さはあるが……まぁ、異文化だからだろう。


 そう考えているとメレクが首を傾げる。


「ん? 血と魔物の匂いもするな」

「……どっちの方向だ?」

「いや、そこまでは。獣人の中だと鼻が効かない方だしな。……見に行くのか?」

「いや、見つかる可能性は減らしたい。わざわざ人が集まる可能性が高い場所に行く必要はないだろう」


 俺がそう言うとメレクとミエナも同意して頷く。

 三人で路地裏を歩いていると女性の悲鳴が耳に入り、その声に身体が勝手に動いて路地裏から飛び出す。


 開けた大通りに出た瞬間、俺にも分かるほどの血の匂い。道の真ん中に扉が壊れて中が空になった檻が転がっていた。


 おそらく悲鳴の主らしい魔人の女性が怯えた様子で地面に尻もちをついて、ずりずりと身体を捩って少しでも目の前にいる獣型の魔物から距離を取ろうとしていた。


 捕まえた魔物を運ぼうとして逃げられたのだろうと状況を確認しつつ、俺では持てないような大剣を真横に出す。

 巨大な影がそれを掴み、俺を追い抜いて魔物に向かう。


 女性を襲おうとした魔物に蔓草が絡まりつく。多くの人が俺達に注目しているのを感じる。完全に、隠れながら次の階層に向かう作戦は失敗した。


 メレクの大剣が蔓草に動きを封じられた魔物を勢いよく叩き潰して真っ二つに引き裂く。勢い余って地面まで切り割ってしまい、悲鳴どころではない轟音が響き渡る。


「あ、つい、飛び出しちゃった」


 と、俺の後ろのミエナが口にする。……もうちょっと考えて行動しろよ。放っておくと、三人で決めたばかりだろ。

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