第175話
シャルの言葉に若干の戸惑いを覚える。
なんだろうか。カルアとしている舌を入れるキスのことか? それともクルルとする身体をべったりとひっつけたりすることか……。
どちらも大歓迎、むしろ俺から土下座してでもさせてほしいと頼みたいことだが……。
「……ランドロス、鼻の下を伸ばしているところ悪いが、多分だがお前が考えているようなことじゃないぞ」
「あの、えっと、僕もふたりでお出かけしたいですっ!」
ああ、エロいことをではなかったのか……いや、でもしかし……デートか。シャルとデート……それはしたい。絶対にしたい。
「ああ、もちろん。俺もしたいしな」
「えっ、い、いいんですか?」
「もちろん。いいに決まっている。行きたいところとかあるか?」
俺がシャルに尋ねていると、カルアがジトリとした目を俺に向ける。
「……あの、私との約束……」
目線をクルルに移すと、クルルにも不満そうに見られる。
「……別にいいけどね。私は、そんなにワガママ言わないけど」
……欲望に任せて色々と安請け合いしすぎたかもしれない。助けを求めるようにミエナの方に目を向けると、隠す気もない嫉妬の視線を俺に向けていた。
「……ロリコン、反省しろ」
「いや、違うんだ。好きな女の子に誘われたら断れないだろ。……迷宮攻略をしない日に、順番にしよう」
「……誰が一番最初ですか? マスターさんは一回してますから、後でいいですよね?」
「えっ、い、いや、必要な物を買いに行くのも合わせてするつもりだから、そんなに遅くなると困るかな」
「それを言うなら部屋を引越すのに家具とか買う必要がありますし……」
カルアとクルルが目を合わせて色々と話していくが、どちらも譲る気はなく平行線だ。
その論争に入っていったのはシャルだった。
「……あの、では、とりあえず、買い出しも兼ねて次にランドロスさんの時間がある日に四人で出かけます? ふたりきりではないですけど。とりあえず」
「……まぁ、うん。それぐらいが妥協点かな」
「私もそれでいいですよ」
……女児三人と一辺にデートって、どうなんだろうか。……いや、うん、まぁ……今更だけど、世間の目が気になってしまう。
というか、相変わらず……シャルが間に入って我慢するような状況になっている。
……ワガママを言われるのはうれしいが、三人に同時に言われたら困る。だが、それでいつもシャルを後回しにするのは……あまりワガママを言わないシャルがねだってくれたのでこういう機会ではないとずっと我慢させることになりそうだしな。
四人で行ったあと、次は誰とデートをするという話し合いが始まっていて、メナが首を傾げる。
「……どうしたの?」
「……アホのやりとりだ。気にするな。50歳児」
ネネが辛辣だが、普段よりも目を開いて菓子を食べている姿を見るとあまり反論する気にはなれない。
俺は三人の会話を打ち切るように、おほんと咳き込む。
「……あー、そのな、クルル、最後にしてもらっていいか? ……ギルドマスターが休みの時間を合わせるのは大変だからな。多分、その四人で行ったあと、次の休みまで数日開くだろ」
「あ、う、うん。そうかも……」
「カルアも悪いんだが……シャルと先にデートしていいか?」
「……ランドロスさんが言うなら、構いませんが……」
クルルは納得したように、カルアは少し不満そうに頷く。……ふたりに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになったのを察してか、カルアは仕方なさそうにクスリと笑う。
「別にそれぐらいで拗ねたりはしないですよ」
「じゃあ、カルアは私とデート……」
「しませんよ。それは」
ここぞとばかりにミエナが言うが、にべもなくフラれる。
……人の妻に何、粉をかけてるんだ、と思って睨むが、ミエナはどこ吹く風だ。
「……ミエナ、前、ギルドの子供に文字とか教えていたけど、迷宮に入り浸るようになるのは大丈夫か?」
「うん。シャルママもしてくれるようになったから大丈夫だよ」
「ママじゃないですよ」
……よく考えたら、ミエナが子供に物を教えるのは危なくないか? ……いや、まぁ大丈夫か。そういうところはちゃんとしているし、良識もあるし、教えている時には変な目で見てたりしないしな。
「……それで、話は戻るが……メナの話でなんでここに来たんだ?」
「故郷が恋しかったり、寂しくならないように、最初は甘やかした方がいいかと思いまして。甘いお菓子が好きみたいですから」
「ああ、なるほど」
「あと、その、ランドロスさんが気にしているように、部屋の中でランドロスさんと一緒にいるのは……まぁその、あらぬ疑いをかけられかねませんしね。ミエナさんとかに。ギルドなどの人が多い場所でする話でもないですしね」
まぁ納得である。ミエナに疑いをかけられるのは不服だが。
やってきた菓子をニコニコと笑みを浮かべるシャルと食べていきながら、カルアに「少し金稼ぎのために魔物を狩るからしばらくは付いてこないでくれ」と方便を伝える。
カルアは特に疑う様子もなく頷く。
自分の注文した菓子を食べ終わり「席も近かったから話をするのに移動する必要なかったな」などと思いながら約束通りクルルの隣に戻る。
みんなほとんど食べ終えていて、そろそろ出る頃合いかと思っていると……大量の菓子を机に並べたネネが絶望したような表情を浮かべていた。
「……ランドロス、いるか?」
「いや、別に……食べきれないなら代わりに食べてもいいが」
「……違う。私は優しさから勧めているだけだ」
「……いや、じゃあ、まぁ食べるのを待っておくが」
ネネはしばらく無言で食べ進めていき、徐々にゆっくりになっていく。
「……メナと言ったな。……菓子が好きなんだよな」
「もうお腹いっぱいだよ」
「……ヒモ」
「すみません。私、食が細いので、これ以上は……」
「……ミエナ」
「いや、私、ちょっと最近お腹が気になってて……。ネネは食べても太らなくていいね」
ミエナは普通に細身だが、気にしたように自分のお腹をさする。
ネネはまだまだ残っている菓子を見ながら、チラリとシャルとクルルに目を向ける。
「すみません、マスター、先生……その、あまり来る機会がないから、注文しすぎた」
「……そ、そんなに力にはなれないかもしれませんが、一つぐらいなら、なんとか」
「私もそれが限界かな……。ランドロスも食べてあげて」
「……ああ」
四人でひたすらもぐもぐと菓子を食べ進めていくが、体の小さいシャルとクルルは早々に脱落する。
残るはネネと俺だが……甘いものって案外すぐに飽きがくるな。
ネネがクリームが多く使われていて柔らかい物を好んで食べていて、少し固い食感の物を押し付けられているせいで顎も疲れる。
少し休むために手を止めてネネに尋ねる。
「……ネネ、そう言えばなんでシャルが先生なんだ?」
「……文字や教養を教わっている」
「それはなんとなく知っているが、ネネってそういう礼儀を大切にするやつだったか?」
普段はもっと横暴だろうと思ってそう尋ねると、ネネはお腹いっぱいになっているのに菓子に手を伸ばすシャルを見て呟くように言う。
「……尊敬出来る人は敬う。年齢や身分は気にしない」
「……はあ、なるほど」
シャルの手に持っている菓子を取り「無理はしないでいいぞ」と声をかけてから、それを食べる。
まぁ、ネネはシャルと同い年のマスターにも敬意を払っているので不思議でもないか。
…………ああ、純粋に優しい人に憧れているのかもな。俺と同じように。
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