第153話

 ぼうっと歩いているが、今何でこっちの方に歩いているのかが分からない。


「……ランドロスさん、これ、どこに向かっているんですか?」

「……いや、分からない。……どこに行ってるんだ、シャル」

「え、ええっ、僕ですか!? い、いや、知らないですけど、このままだと国の外に出るので、引き返して果樹林の方に向かいません?」

「あ、あー、そうですね。思ったよりすんなりというか……そんな感じなので……思わずぼうっとしてました」


 三人で引き返して果樹林の方に向かうと、急に空き地に出来た果樹林の前に人が集まっていた。

 まぁ突然果樹林が出来ていたら目立って当然だよな。と、思っているとカルアは俺の手を握ってから人の群れの方に向かう。


「あー、失礼します。私の土地なので、ちょっと通してください」


 わやわやとした人の中を潜り抜けて、果樹林に入り、俺の手を引いて目線で俺に指示を出す。


 俺は視線による指示に従い、椅子を出してふたりを座らせたあと、トントンと長槍を地面に突き刺して簡易的なテントを建てる。


 カルアはわざとらしく少し尊大に腰掛ける。俺はそのフリに合わせて一歩後ろに下がり、護衛のように立ち振る舞う。

 先程までのポンコツ感はすでに失せていて、まだ何かを起こしたわけでもないのにカルアに視線が集まっていた。


「……おはようございます。私はここの土地を持っているカルア・ウムルテルアです。まぁ多くの人は一日にして果樹林が出来ていることを不思議に思っていると思います。季節でもないリンゴというのも、より一層に不思議だと思うんですけど。エルフという種族は知ってますか? その植物魔法によるものなので、怪しいものではないのでご安心を」


 先程までのタジタジになっていた様子はなくなり、ニコリと人を安心させるような笑みを浮かべ、俺に目線で指示を飛ばす。


 俺は取り出した長槍でリンゴを落としては手で掴み取り幾つかを収穫してカルアの元に持っていくと、シャルに渡すように指示させてシャルに渡す。


 街の人は「昨日耳の長い姉ちゃん達が何かしてたぞ」などと話していた。

 ……エルフの植物魔法を利用しているだけで、エルフの魔法とは違うのだが……新技術と言われるよりかは受け入れやすいのだろう。


 街の人は「昔闘技大会で見たぞ。木を生やす魔法」だとか「迷宮内で見たことがあるな」などと口々に会話をしていく。


 それにより街の人の間ではエルフの魔法によって生えたのだという共通認識が芽生え始める。

 全くの方便というわけではなく、何一つ嘘を吐いているわけではないが、街の人の意識はカルアではなくこの場にいないミエナの方に向き始めていた。


「そのエルフのミエナさんも、私達も迷宮鼠という『迷宮内の救助依頼』を主とするギルドに所属しておりまして。そういう慈善事業を積極的に行うギルドなんです。復興作業でお疲れの皆さんに甘い果物を食べていただきたいという具合でして、力を合わせて果物を作っていたんです」


 カルアはシャルに目配せして、シャルはおどおどとしながら近くにいた子供に一つずつリンゴを配っていく。


 復興作業で顔見知りになった俺の方を見て、あるいは毒気のない子供のふたりを見て、おかしなことが起きたわけではないと判断したのかホッとした表情で俺達を見る


 ここからどうやって技術者や研究者を募集するのかと思ったら、俺に指示出してリンゴをたくさん収穫して街の人に配るだけで終わる。


 ……ただリンゴを配っただけだけど、それで良かったのだろうか。

 人が減ってきた中、カルアに尋ねる。


「……なんかよく分からないが、これで良かったのか?」

「ええ、勿論です。ほら、こんな暑い中、果物を持ったまま立ってる人なんてなかなかいないでしょう? とりあえずは持ち帰るでしょうし、一度帰ったらわざわざ戻っては来ませんよ」


 ……ああ、警戒を解くのと人払いのためだったのか。

 それでもやっぱり人は多くいるが、確かに先程とは層が違うように見える。


 先程までは野次馬や少し心配そうな人が多かったが、今いるのは珍しい光景に興味を抱いている人や警戒心を抱いていそうな人が多い。

 二個目をもらいにきた人もいたが、リンゴがなくなったのを見て帰っていく。


 そうしていると、生真面目そうな男が俺達の前に来る。


「こんにちは、どうかなさいましたか?」

「いや、ああ……大した話ではないんだが、エルフの魔法というのは大したものだな、と。子供が喜んでいたから、作ってくれた人に礼を言いたくてな」

「ああ、そういうことですか。ミエナさんに伝えておきますね」


 それからカルアはニコニコとしながら俺に目を向けて小声で伝える。


「ん、どうやら今回はハズレみたいですね。……看板でも立てて置きましょうか」

「看板?」

「そのまま『果樹林を作りたい土地を持ってる人を募集中』と『植物魔法に興味がある魔法使い、研究者を募集中』って書いておけばいいです。宣伝にはなったと思いますし、興味がある人は看板を立てておけばくるはずです」


 看板なんて持っていないが……まぁ適当な木材に大きく書いて固定していればいいか。

 言われた指示に従って目立つところに置いておく。


「しばらく待って来なければ、迷宮鼠の子供の中で募集するか、雇うかですね」

「……子供って、無理だろ」

「将来的にやりたい子にちょっと魔法の触りを教えてあげる程度でいいんですよ。今すぐの難民の食料ぐらいは私達だけでもどうにでもなりますし、後続の教育はどちらにせよ必要なことなんで。10歳やそこらの子供に実労働なんて求めませんよ」


 ……それ、13歳やそこらで仕切っているカルアが言うのか? 11歳の女の子がギルドマスターをやっているギルドで。


「まぁ後続と言ってもハーフエルフのイユリさんの方が長く生きるでしょうし、そんなに難しく考える必要はないんですけどね。知りたがらない研究者ばかりというのも考えにくいので、気長に待ってたらすぐでしょう。私は理論を分かりやすい本にして教科書でも用意することにします」


 カルアは気楽そうにそう言う。まぁ……それは確かにそうか。

 テントを片付けて三人でギルドに戻る。


「ああ、でも……教えるような場所は必要ではありますね。流石にギルドの端をずっと占領というのも悪いですし。……果樹林を半分片付けて、元の予定の研究所を建てましょうか」

「金は足りるか?」

「ん、理解のある旦那様がいるんで大丈夫ですよ」

「……つまり、もっと出せと。……まぁ人助けなわけだし別にいいけどな。……教えるための部屋はあまり狭くせず、十分な距離を取れよ? あと、二人きりで教えるみたいなのは危険だからダメだぞ」

「浮気なんてしませんよ。まったく、嫉妬深い人です」


 いや、浮気を疑っているのではなく、魅力的なカルアとふたりだと魔が刺してしまう人が出そうで怖いというだけだ。

 カルアは仕方なさそうに頷いたので、まぁ大丈夫だろう。

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