第152話

 困惑と疑惑の混じった顔でネネが俺を見る。


「……しばらくギルドを開けるということか? それはダメだからな。マスターから離れるな」

「……ええ、別れろと言ったり離れるなと言ったり……」

「お前がマスターを支えているのは事実なんだ。手を出さず、見返りを求めずに尽くすだけ尽くしたらいい」

「いや、それをしていたら惚れられて……という話なんだが……」

「惚れられないように見返りを求めずに尽くせ」


 理不尽な……。というか、今更言われても困る。

 ネネに睨まれながら、俺は首を横に振った。


「……俺からしたら、他の男に任せるのよりも自分の方が安心出来るしな。あと、迷宮は踏破するけど、日帰りだから大丈夫だ」

「……私からしたら全然信用ならない男なんだが。日帰りで踏破なんて出来るわけないだろ」

「いや、イユリとカルアの作った魔道具でな。前に迷宮の立ち入り禁止だった時の奴の改良版で短剣を刺したところなら、迷宮内なら何処でも行けるようになったそうだ」

「……シルガの技のようだな」


 魔物を呼び出したあの扉か。

 まぁ、技術的にはほとんど同質のものだろう。シルガの技はイユリから習ったものを改良したものだ。


 そう考えると、シルガはめちゃくちゃ優秀だな。魔王の力がなくとも、俺に迫る剣技とイユリと同等以上の技術力。

 ……総合力なら俺よりも上で、仲間だったらさぞかし頼もしい存在だっただろう。


「まぁ、そういうわけでマスターに寂しい思いはさせずに済む」

「……まぁ、それなら迷宮に潜る分はいいが……。一人はやめろよ。私なり、メレクなり、ある程度腕の立つ奴を連れていけ」

「ネネって結構過保護だよな。まぁ、高いところまで行ったらそうする」


 俺がそう言うとネネは不愉快そうに眉を顰めて席から立ち上がる。


「……マスターとの関係は認めないが、マスターを裏切ったら刺す」

「それ、どうしろと……」


 ネネが去っていった机に項垂れるとシャルが小さく口を開く。


「関係を認めていないから人には話さない。……秘密にしておいてあげる、という意味じゃないですか?」

「だとしたら分かりにくいにもほどがあるだろ。……終始罵倒されていたか、理不尽な要求をされていたかなんだが……。まぁ……俺の方に問題があるせいであまり何も言えないが……」

「まぁランドロスさんが浮気性なのは事実ですもんね」

「……ごめんなさい」


 とりあえず……許してもらえた……というか、事実確認をされただけだったな。

 ……マスターの部屋で誰かとイチャイチャするのはやめよう。


 イチャイチャしたくなったら俺の部屋とかでしよう。カルアの方を見ると、昨夜のやり取りが人にバレていた羞恥で一人悶えていた。


「……私のイメージが、クールでカッコいいイメージが……」

「いや、少なくともネネにはヒモとしか思われていなかっただろ」

「お二人で……声を聞かれていただけでそんなショックを受けるようなやり取りしてたんですか?」

「…………してないです」


 カルアは全力で目を逸らした。


「いや、誤魔化すのは無理だろ。……めちゃくちゃ甘えられていたんだ」

「……それはいつも通りでは?」

「えっ、いつも甘えてるように見えてるんですか!?」

「ぼ、僕視点では……」

「え、ええっ……ど、どこがですか!?」


 ……いや、まぁ……普段、今も机の下で俺の服を摘んでいるし、甘えているのは事実だろう。

 話している二人を置いて朝食を注文する。


「今日は……とりあえず、婚姻届を提出しにいくか」

「えっ、あっ、は、はい」

「あまり詳しくないんだが、婚姻届出すだけでいいのか?」

「えっ、た、多分……そうだったはずです。……一応、私の母国ではお揃いの指輪を送り合うという文化があったんですが……私成長期ですから、今、作ったら一年で嵌まらなくなるかもしれないですね」

「……じゃあ、何か代わりになるものを買うか?」


 俺がそう言うと、シャルがパタパタと手を横に振る。


「い、いえ、そんな……申し訳ないです」

「……しばらく迷宮に毎日潜ることを考えるとかなり余裕もあるしな。というか、上層に日帰り出来ると個人では使いきれないぐらいの金が入るから遠慮する必要はないぞ」

「そ、そうは言いましても……。悪いですよ」

「気にしなくていいんだが……まぁ、無理にとは言わない」


 無理矢理渡しても遠慮させるだけだろうしな。三人で買ってマスターだけ後回しというのも、マスターも含めて四人でというのも少しまずい。


「じゃあ、まぁしばらくは考えておくか。……情けない話、あまりそういう結婚やら交際やらの知識がないから、要望があったら言ってもらえると助かる」

「……私もこっちの文化はよく知らないですからなんとも……そもそも貴族的な変な掟とかしきたりなのでなんとも言えないです。シャルさんは知らないんです?」

「んん……いえ、僕は孤児なんで……そういうのは詳しくないですね。結婚については憧れがあったので院長先生に聞いたりしましたけど」

「……あれ、あの先生未婚ですよね?」

「……僕の知識もあまり当てにならないですね」


 結局、三人とも恋愛や結婚というものに対しての知識や常識に欠けていることは分かった。


 まぁ、そもそも常識からは大きく外れた婚姻関係なわけだから周りの常識を頼りには出来ないだろう。全員が満足出来るような道を手探りしていくしかない。


 朝食を食べ終えて、婚姻届を二通持って役所の方に歩く。

 三人ともぎこちない動きで、会話もなんとなく弾まないし、変に喉が乾く。


「……ランドロスさん、緊張してます?」

「……まぁそうだな。これから家族になると思うと、どうにも。……一度出直して、服とかもっとちゃんとしたやつに着替えてこなくて大丈夫か?」

「紙一枚渡してくるだけなんですから大丈夫ですよ。ヘタレドロスさん」

「ヘタレじゃない」

「ランドロスさん、こういうときになるとへたれますよね」

「カルアには言われたくない」


 いつものようなやりとりをしていると俺とカルアの緊張は徐々にほぐれてくる。

 だが……シャルは緊張しすぎて、右手と右足と左手を同時に前に出し、次に左足だけを出すという謎の歩法を編み出していた。


「……シャル?」

「は、ひゃ、はいっ!? な、なんでしょうか!?」

「……いや、なんでもないが」


 自分よりも緊張している奴がいたらなんか安心するな……。


「……ら、ランドロスさん。結婚なんてして、帰ってきたお父さんとお母さんに怒られたりしないでしょうか?」

「……その時は俺も謝らないとな」

「お、怒られますよね? ……か、庇ってくださいね。お母さん、怒ると怖いんです」

「……ああ、うん。まぁ……一緒に叱られる」


 そんな話をしているとすぐに役所に着いてしまう。元々そんなに遠くないこともあり、話しながらならばすぐそこだから当然だろう。


 暇そうにしている女性の職員にシャルのものから順番に渡すと、少し怪しむような目を向けた後、顔を赤くしながら俺に寄り添う二人を見て「あー、おめでとーございます」と言ってそれを見て軽く頷いて「あ、もう行っていいですよー」と簡単に終わる。


 ……えっ、これで終わりなのか? と、思って二人と目を合わす。


「……え、えっと……結婚、出来たんだよな?」

「た、多分そうですね。あっけなさすぎて、あれですけど」

「お、終わったんですか?」


 ガチガチに緊張しいた割に呆気ないというか……簡単に終わったな。……これで、書類上二人と結婚したということだろう。

 まだ式や披露宴は挙げていないが……書類上は。

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