第150話

 目が覚めて頭を掻く。

 隣で寝ているカルアの頰を触る。昨夜何度も繰り返し行ったキスの感触とその征服感を思い出して触れたくなるも、起こしては悪いと自制する。


 窓の外を見てみると遅い時間ではないらしく、昼夜の逆転も直ってきた。

 カルアの頭から腕をゆっくりと抜いて、少し痺れを感じながら握ったり開けたりとして感触を戻す。


 ああ、そうだった。クルルの部屋で寝たんだったな。そう思いながら顔を上げるとワンピースに包まれた華奢な背中が見える。

 灰色の髪が俺の存在に気がついてびくっと動いて振り返る。


「あ、起きたの?」

「ああ、勝手にベッド借りて悪いな。昨日帰ってきたら、クウカが寝ていて……」

「あ、うん。起きたら隣で寝ててびっくりしたよ。心臓に悪いね。……あ、おはよう」

「おはよう。……かなりきっちり言っているんだけどな……。メンタルが強すぎる」


 布団をめくってベッドから降りた瞬間、クルルはパッと目を逸らす。

 どうしたのかと思っていると、クルルはチラチラと俺の方を見たあと小さく首を傾げる。


「どうしたんだ?」

「い、いや、裸かと思って……」

「何で裸だと思うんだよ。全くクルルは……」


 そう言っている時にクルルの目線と言葉の意味に気がつく。


「……い、いや、してないからな。カルアと妙なことをしていたわけじゃないからな」

「ご、ごめん、て、てっきり……昨日あんな話してたし、腕枕なんてしてるから」

「枕がなかったからだ。……紛らわしいかもしれないけど、昨夜は健全だった」


 少し始めて覚えたキスの味に二人で耽溺してしまっていた程度で、変なことはしていない。

 ……いや、キスは変なことのうちに含まれるか。


「そ、そっか、昨日、カルア、可愛い下着にしてたからそういうことかなって」


 ……可愛い下着を着ていたのか。……いや、今も着ているのか。どんな下着なのだろうか。

 クルルも可愛いと評価しているからピンク色か? いや、色だけではなくデザインとか……。


 ……めちゃくちゃ見たい。俺のために着てくれた奴な訳なんだから、頼めば見せてくれるかも……。い、いや、これはカルアの罠だ。俺の気を引いて誘惑するつもりだ。


 まったく、クルルとこういう会話になると見越していたのだろう。なんたる策士だ。

 引っかかってしまうところだった。……いや、引っかかりたい。罠にかかりたい。


「……と、とにかく、してないからな」

「う、うん……」

「クウカはまだいるか?」

「いや、仕事があるからって帰ったよ」


 ちゃんと話したかったんだけどな……。

 クルルと話しているとカルアが目を覚まし、俺の方を見てえへえへとだらしない笑みを浮かべる。キリッとしたカルアも魅力的だが、こういうちょっと寝ぼけているところも可愛らしい。


 カルアは布団の中で俺の服の裾をつまみ、青い瞳をぼんやりと俺に向ける。


「おはようです。キス、しましょう。えへへ」

「い、いや、今はちょっと……」

「いいじゃないですか。私がしたいんですから、ランドロスさんはしたらいいんですっ」


 少し強引に俺の身体を引っ張り、そうやって体が動いたせいで、カルアの視線からは隠れていたクルルが見えるようになったのだろう。


 俺の後ろを見たカルアはパチパチと瞬きをして誤魔化すように「おほん」と咳払いをする。


「おはようございます。……あの、違いますからね。今のはランドロスさんに脅されて言わされたんです」


 そんなわけあるか。

 クルルは少し困ったように苦笑しながら頷く。


「カルアもふたりのときには甘えたりするんだね」

「ち、違いますっ! 今のは、ランドロスさんに人質を取られて言わされたんですっ!「げへへ、そう言わないと家族がどうなるかなぁ」と」


 カルアの家族って全員王族だろう。俺のワガママで一国がやばい。

 いや、それとも今の家族で俺が俺を人質に脅しているのか? どちらにせよ別方向に尋常ではない状況である。


 カルアは羞恥に顔を真っ赤にしながら布団を被る。


「ち、違いますから。本当に、その、違いますからね」

「いや、ふたりのときは私も甘えるし……そんなに恥ずかしがらなくても」

「美人で知的でミステリアスなカルアさんのイメージが壊れてしまいました……。こんな恥辱には耐えられません。いっそ、いっそ殺してくださいっ!」


 ベッドの上で、カルアはバタバタともがく。


「……美人で知的でミステリアスなカルアさん?」

「美人で知的でミステリアスなカルアさん……?」


 ……一体カルアは何の話をしているんだ? 助けを求めるようにクルルに目を向けるが、クルルも同じ目を俺に向けていた。

 どうしよう。意味が分からない。美人でクールで知的なカルアさんという得体のしれない話をされている。


 クルルはベッドの方に近寄り、カルアに声をかけた。


「……カルア、イメージは壊れてないから安心して」

「ほ、本当ですか?」

「うん。……その、そんな印象は元々持ってなかったから」


 カルアは自分に向けられた言葉の意味が理解出来なかったようにパチパチと瞬きをする。

 キョトンとした表情を俺に向けて、俺はマスターの意見に賛成する意志を込めてうなずく。


「……えっ、私、美人ですよね」

「えっ、うん。それは否定しようとない事実だと思うよ。正直、私が見たことがある中では一番綺麗だと思うけど」


 カルアはホッとしたように息を吐く。


「ですよね。……てっきり、美的感覚が母国とは違うのかと。頭もいいですよね?」

「……まぁ、そうだな。飛び抜けて頭がいいと思う」


 カルアは鼻を高くして自慢げに頷く。


「ですよね。それで割とミステリアスですよね」

「……まぁ、カルアはすごく賢くて教養もあるから、どこかの貴族の子女っぽいのに、こんなところにいるし、秘密は多いね」


 カルアは深く頷く。


「……じゃあ、美人で知的でミステリアスでカルアさんですよね……?」

「……美人で知的でミステリアスなカルアさん……?」

「何でそこで詰まるんですかっ! 全部事実、紛れもなく、客観的な事実として私は美人で知的でミステリアスなカルアさんなんですっ!」


 ……ええ……いや、まぁ……そうなのか? カルアが言うならその通りなのだろう。

 うん。まあ……うん。美人だし、頭もいいし、秘密も多い。何も間違ってない。


「ま、まぁ、美人で知的でミステリアスなカルアのイメージは崩れてないよ? 大丈夫。それより、今日はふたりはどうするの?」

「あー、俺はカルアと迷宮に潜るから、長旅になるだろうし、大量に食料を仕入れようかと。あと、シャルとカルアと結婚」

「私も結婚と、あとは多分、買った土地に人が集まっていると思うので、そこで研究者や技術者の募集をアピールしようかと。あっ、ランドロスさん、長旅にはなりますけど、ほどほどで大丈夫ですよ?」


 いや、何階まで続いているのか分からないのだから程々だと困るだろう。そう思っていると、カルアは自慢げにふふんと鼻を鳴らす。


「イユリちゃんが以前作っていたドアノブと短剣の魔道具ですが、私の監修が入ったことで性能が向上しましてね。一度短剣を突き刺した場所なら何回でも行き来出来るようになったんですっ! つまり、これからは一度行ったことのある場所なら、好きな場所から迷宮の出入りが出来るわけですっ!」


 ……そうか、あの魔道具はまだイユリとカルアが出会う前にイユリ一人で作っていたもので、カルアと出会ったことで性能が向上したのだろう。


「……でも、迷宮の低階層でしか使えないんじゃなかったのか?」

「その問題もバッチリ解決しておきましたっ! ……まぁ、ひとつひとつがかなり複雑で、現状イユリちゃんの手作りしか製造方法がないんですけど」


 つまりこれからは一度短剣を突き刺したことのある場所なら何度でも好きに出入り出来ると……。

 凄まじい発明であり、色々と迷宮の常識が覆るが……。


 カルアの自慢げな表情のせいであまりすごい感が出てこない。まだパジャマだし。美人で知的でミステリアスなカルアさん感が0である。

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