第151話

 とりあえずカルアを褒め称えたあと、カルアと共に自室に戻り、シャルも連れて三人でギルドに向かう。


「おかしい。私はクール系美少女のはずなのに……いつの間にかおバカキャラみたいな扱いに……」


 カルアが嘆きながらギルドに入ると、上から黒い影がストンと落ちる。


「いや、ランドロスと商人と、三人で3バカ感あるぞ、ヒモ」

「……朝からご挨拶ですね、ネネさん。あれ? ご機嫌悪いですか?」


 ネネはカルアが首を傾げたのを見て眉を寄せて苛立ちを顔で表現する。


「マスターの隣の部屋、私の部屋なんだ。……静かだから最上階の角部屋にしているのに、夜中にちゅっちゅ、ちゅっちゅと……いい加減にしろ」

「……な、何のことですか?」

「……マスターも最近いないと思っていたら、ランドロスお前……」


 ネネから全力で目を逸らし逃げようとしたところ、ガッと後ろ襟を掴まれて人の少ない端の席まで引っ張られた。

 そのまま怒ったような呆れたような表情を俺に向けながら机を挟んだ向こう側に座り、ジロリと俺を睨む。


「あー、昨日は悪い。まったく気にしていなかった」

「それはまぁ、最悪な気分だが、ギリギリいいんだが……。マスター、最近ランドロスの部屋で寝ているのか?」


 どうしよう。めちゃくちゃ逃げたい。

 ネネも一応気を使ったか他の人には聞こえないような場所ではあるが……関係性を話してもいいものなんだろうか。


 今の状況で誤魔化しようはないが、マスターはしばらくの間は隠したがっているし勝手にバラすのは良くないだろう。


 なんとか誤魔化そうと考えて、シャルを見て思い出す。


「……あっ、そうだ。商人の馬車の馬の毛並みって綺麗だよな。シャル」

「えっ? あっ、はい、そうですね」

「……ランドロス、お前、まさか……誤魔化そうとしているのか? 馬の話題に私が食いつくと思って……?」


 流石に無理だったか。そう思っていると、ネネは深く息を吸ってから言う。


「あのな、前も言ったが上の王子様が本体であって、下の馬には重きを置いていないんだ」

「……積載量だけに、重きを置いていないのか?」

「……そうか、分かった。お前が私に喧嘩を売っているのは分かった」

「違うから、悪い。ごめんなさい。……いや、今は話したくないんだよ。それについては」


 ネネは怪訝そうに俺を睨む。


「……マスターに何か変なことしてないだろうな」


 ……それはした。めちゃくちゃした。

 見たり見せたり、抱き合ったりキスしたりした。結婚の約束もしているし……。


 俺が目を逸らすと、ネネの目つきがキツくなる。


「……私と二人で、マスターを傷つけないようにと決めたよな?」

「ち、違うんだ。その、俺から言い寄ったわけではなく……」

「そういう問題じゃないのは分かるよな。……私もな、別にお前のことを嫌っているわけじゃない。人のために粉骨で動ける奴だと思っているし、そこは評価している。……だがな」


 ネネは俺の隣にいるシャルとカルアを見る。


「……幼い少女を三人も引っ掛けるような男にな、マスターを任せることは出来ない」

「いや、そういう引っ掛けたとかじゃなくてな……。いや、ネネの言っていることは尤もだと思うんだが……。その、そういう関係になってからは甘えたりもしてくれるし、疲れや気分の回復にも役立っていると……」


 ネネは少し寂しそうに言う。


「……マスターには普通に育ってほしい」

「……それはもう手遅れだろ。俺と会ったときには、マスターはマスターだったぞ。人より愛情が深く、優しく、懐が深い。その分だけ、人と離れることを嫌っていて……」


 何せ、シルガにさえあれほどの愛情を向けていたマスターだ。思いを伝え合って婚約者にまでなった俺と離れたときに出来る傷の深さは、シルガの時以上のものだろう。


 ……シルガの場合はシルガの最期の言葉がお礼だったことや満足して逝ったことで、ある程度は耐えられているが……愛し合っていた婚約者に突然離れられるのは絶対に傷つけるし、その場合は当然俺が支えることは出来ない。


「……マスターを傷つけたくない。だから、別れることはない」

「……失恋の傷など一時的なものだろう」

「それは一般的な普通の奴ならだろ。マスターの愛情の深さを考えろ。……一生ものだぞ。間違いなく、マスターは死ぬまで俺のことを好きだぞ」

「……幸せになってほしいだけだ」

「可能な限りは善処するつもりだ。……こんな話をするべきではないと思うが、大人になるまでは手を出すつもりはないし、金で困らせることや人間関係でも揉め事はないようにする」

「…………えっ、大人になった女に反応するのか?」

「するに決まってるだろ」


 ネネは疑うような視線を俺に向けた。


「……ランドロス、私には反応しないよな。今思うと、結構アレな格好でお前の上に乗ったりしたが」

「ああ」


 薄手の少し肌が透けて見える寝巻き姿のことだろう。まぁ……カルアやシャルやマスターがあんな服装だったら間違いなく反応してしまっただろうが、ネネには無反応だった。


「……一応言っておくが、子供なら反応するわけじゃないんだ。俺は」

「えぇ……」

「いや、本当なんだ。シャルの孤児院のところにいた女の子や、ギルドにいる女の子とか、復興作業のときに見た女の子には全然心が惹かれなかった。これは、俺がロリコンなのではなく、好きな女の子がたまたま幼かっただけだと思うんだ。頭の中で三人が成長した姿を想像したら全然いける」

「……きもちわる」

「とにかくな、俺は別に子供にしか反応出来ないわけじゃないんだ。好きな子が子供だっただけなんだ」


 ネネはものすごくドン引きしたような目を俺に向けるが、ここは退くわけにはいかない。

 そう思っていると、カルアがポツリと言う。


「あの……現実としてネネさんがマスターとの交際を認めるような男性っていないと思いますよ? 正直、ネネさんの男性のハードルってノアの塔よりも高いですし……。もしいたとしても、その人がマスターを好きになってマスターもその人を好きになる可能性なんてほとんど0かと」

「……そんなに高望みはしていない。浮気をしない誠実な性格の男前で痩せていながら筋肉質で稼ぎがよく武芸百般で魔法に関しても超一流で女が主体的に働くことに賛成して支える気があってけれども女任せの稼ぎにはならずけれど欲深くなく質素な暮らしでも満足出来て喧嘩をしても謝れて顔が良く迷宮鼠や亜人や混血に理解があってなおかつ妻を褒めるのを忘れず少し甘えん坊なところや可愛いところがあるだけでいいんだ」

「そんな男存在しねえよ」


 いたら怖い。もう半分いい男という概念をかぶった化物だろ。


「とにかく、マスターを幸せに出来る男じゃないと私は認めない。どうしても結婚したいというのなら、迷宮を踏破したら考えてやらないこともない」


 ネネは無理難題を押し付けたつもりなのか、意地悪そうにふふんと鼻を鳴らす。


「ああ、それなら明日辺りから取り組もうと思っているから丁度いいな」

「……は、はぁ?」

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