第133話


 俺は天国に辿り着いた。

 もうここから一歩も出たくない。


 シャルがちょっと怒った様子で、小さな声で「めっ、ですよ。こんなの不健全です」と言いながらも俺の隣に寝転がり、ペッタリと俺にはりつく。


「……でも、今日はおねむさんみたいなので許してあげます」

「……助かる」


 シャルに頭を撫でられながら目を閉じると、隣にふにふにとした胸が押し当てられる。横目でクルルの方に目を向けると既にスヤスヤと眠っていた。

 かなり無理をさせてしまったらしい。今度、クルルとイチャイチャするときはちゃんと時間を考えよう。


 呼吸をするとシャルやカルアやクルルの匂いがして落ち着く。目を開けばどこを見ても可愛い。


 えっ、すごい。どの方向を見ても可愛い。右を見てもカルアの寝顔が可愛い、左を見てもシャルの微笑んだ顔が可愛い、目線を下に向けると二人の寝巻きが可愛いし、カルアの上を通って手だけ俺の服を掴んでいるクルルも可愛い。


 ……どこをどう足掻いても可愛いが待ち受けている。

 俺はきっと世界に勝利してしまったのだろう。

 シャル、カルア、クルル……俺はこの世界の全てを手に入れてしまった。


 その幸福のまま眠ってしまおうとした瞬間、不意に思い出して飛び起きる。


「……あ、ああ!? そうか、もしかしてアレは、ガルネロが護送されるのが目的だったのか!?」

「ん、んんっ!? な、なんです!?」

「あ、わ、悪い急に思い出したことがあって」


 ガルネロが捕まる経緯の話は意味が分からない与太話だと思って放置していたが、ちゃんとした意味のあるものだと仮定すると、そうとしか思えない。


 おっぱいやデートの話で盛り上がっていたせいで、そんな印象を全くとして受けなかったが……ガルネロは非常に善良な男だ。


 人攫いから人を助け出すために、マトモな報酬もなしに依頼を受けて、騙されたと分かっても簡単に逃げられるのに逃げることはせずにそのまま捕まり、護送されようとしている。


 それにたまたま一緒になった俺に対する言葉もかなり常識的なものだっだ上に、役には立たなかったが俺の相談にも乗ってくれていた。


 おっぱいやらの話と留置所にいたという先入観からダメなおっさんだとしか思っていなかったが……アイツ、かなりいい奴だ。


 少なくとも「ロリに囲まれて嬉しいな、わーい!」とハシャいでいる俺よりかは遥かにマトモで善良な人間である。


 そもそもの話として、そんな人助けをするために考えなしに動くような奴に商隊を襲わせても最後までいくことはなく、積み荷を暴いて人がいないことを確認して終わりだろう。


 荷物を奪うために騙した、とするには始めから破綻した計画としか言えない。

 だとすると目的は積み荷ではなく、その捕まった後の可能性が高い。


 ……傭兵団の力を削ぐとか? いや、労役は一年程度と言っていたな。その程度で力が削げるとは思えない。


「……ランドロスさん、どうかしたんです。怖い夢を見ちゃいましたか?」


 起き上がった身体を、寝ぼけたシャルに引っ張られて引き寄せられる。引っ張られた顔がシャルの慎ましやかな胸に押し当てられられる。


 小さく華奢な三人の中でも一番細身で小さい身体、胸があるとは言えないけれども……それはそれでなんかいい。肋骨に薄く脂肪と皮が乗っているという具合で、まだ女性と呼ぶのも憚られるほど子供である。


 …………もうガルネロのことはどうでもいい気がしてきた。ただのたまたま知り合っただけのおっさんだしな。


 いや、まぁ……俺ひとりだと分からないから、明日の朝にカルアと話してみようか。


 とりあえず今は、寝ぼけたシャルに甘える以外のことは出来ない。

 ……この胸の感じ、母親を思い出すな。


「よしよし、怖い夢は追い払ってあげましたよー」

「……ありがとう。助かる」


 ……そう言えば、母さん……子供の頃だからあまり気にしていなかったが、かなり小柄だったな。

 子供の頃の俺よりも背も多少大きかった程度だし、胸もシャルと同じぐらいで、クルルよりも小さかったような気がする。


 …………もしかして、種族が人間の子供に欲情するのは父親譲りだったのか? ……い、いや、母親の年齢は普通で、母は特別若かったわけではなかったので、父がたまたま好きになったのが、背が低く胸の薄い母だっただけのことだろう。


 唐突に湧き出てきた、会ったこともない父親のロリコン疑惑。それを忘れるためにシャルの胸に顔を埋めて感触と匂いを楽しむが、やはり疲れが勝って簡単に眠ってしまう。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「ん、んんっ、暑いです……」


 隣に寝ていたカルアが身をよじった瞬間、俺は最小の動きで見つめていた目を逸らす。……寝顔が可愛すぎて見惚れてしまっていた。

 そのまま片膝を立てて、少し格好つけながら座る。


 やれやれと言わないばかりの表情を浮かべながらカルアに目を向ける。


「おはよう。カルア、今日も綺麗だな」

「えっ、な、なんです。突然っ……。あ、当たり前です。常識ですよ、私が綺麗なんてっ」


 カルアは朝からそんなことを言われると思っていなかったのか顔を赤くしながら俺から目を背ける。

 その間にクルルの手を引き離して、ホッと息を吐く。


 思ったよりとカルアは照れたような表情をしながら俺から距離を取る。

 思ったよりも喜んだ様子で少し罪悪感が湧く。綺麗だと思っているのは事実だけど、隠すために褒めるのは良くなかったな。


「……いや、多分カルアが理解している数倍はカルアは綺麗だ。……そう言えば、あまり口にはしていなかったな」

「も、もう、いいですからっ! 朝からなんですっ!」


 カルアは照れを隠すようにベッドの上に膝立ちになって俺の方に手を伸ばして、頭を乱雑にわしゃわしゃと撫でる。


「これが欲しかったんでしょう。まったく、まったく、なでなでされたいならそう言えばいいものだというのに」

「いや、別にそういうわけじゃない。というか、カルアは撫でるのが雑なんだよ。痛いからやめてくれ」

「そんなこと言って、もう、ランドロスさんの本音は分かってるんですからね。まったく、困った人です」


 わしゃわしゃと俺の頭を撫で回す。


「やめろって……」

「やめないですよー。くらうがいいです」

「おい、こら、やり返すぞ」

「ふふん、やれるものならやれってんですよ」


 少し仕返しにカルアの頭に手伸ばして雑に撫でてやろうと思ったが、柔かく細い髪質のせいで雑に撫でるのが少し怖い。

 俺が少し戸惑うと、カルアはふふんと鼻を鳴らす。


「その程度なんですよ。ランドロスさんは私の圧倒的な力にひれ伏すしかないんです」

「……別にちょっと躊躇しただけだ」

「ふふん、あ、ひゃうっ……。こ、この、ランドロスさんめっ」


 軽く撫でると、カルアは俺の反撃に反応してより早くわしゃわしゃと撫で回す。見る見るうちに髪の毛がボサボサになっていく。


 カルアの手を引き離そうと掴むが、カルアは立ち上がって俺の方に体重を掛けて力づくで撫でようとする。

 謎のカルアの執着に対抗すべく両手を握って受け止めていると、不意に、カルアがベッドの上で足を滑らせる。


「危ないっ! ……と、大丈夫か?」


 俺の方に転けそうになったカルアの身体を抱きしめてとめると、目の前にカルアの顔がくる。

 白いきめ細かな肌、長いまつ毛、薄い桃色の唇。その全てが整っていて、思わずぼうっと見惚れてしまう。


 本当に綺麗な顔だな……。今、ふざけあっていたとは思えないような、人形のような端正な顔立ちだ。


 一秒、二秒、三秒……と、転けたばかりだというのに会話もなく見つめ合い、不意にカルアが顔を真っ赤に染める。


「み、見過ぎでは、ないでしょうか」

「……わ、悪い」


 指を咥えあった仲だというのに、お互い目を合わせることすら恥ずかしくなって逸らし、掴んでいた手を話す。

 ……指を咥えあった仲ってなんだ。


 何というか、少しばかりカルアの顔が綺麗すぎて変に緊張してしまう。

 お、おほん、と俺が咳き込むと、カルアも同じように咳き込む。


「と、とりあえず、この勝負は私の勝ちということで」

「……何の勝負だ。……ああ、カルアに相談したいことがあってな」


 バタバタと暴れていたのに、まだシャルとクルルのふたりが起きる様子はない。

 無理に起こす必要もないので、今のうちに相談に乗ってもらおう。


 簡単にガルネロのことを伝えるとカルアは赤らめた顔を冷ましながら頷く。


「はあ……なるほどです。……まぁ妙な話ではありますね。……というか、ランドロスさんってなんか変な人と仲良くなりますね」


 カルアは自分が俺と仲良くなる変な人の筆頭であることに気がついているのだろうか。

 むしろ俺の関係者の中で一番変な奴だが、カルアが。次点で商人。三位がシユウ。


「……それで、カルアはどう思う?」

「どうというのも難しいですね。単なる悪戯と切り捨てるには妙な話ではありますが……おおよそ、意味のある行動だとは思えないんですよね」

「だよなぁ」

「うーん、私がするとしたら色々ありますけど、私がやることを基準に考えます?」

「なんでもありになるだろ、それは」

「そうなるとちょっと難しいですね。……まぁ、今のところ何もないということは、多分護送先の方で何かあるんだと思いますけど……そちらのお国をあまり知らないので……ガルネロさんは強そうでしたか?」

「まぁ、結構出来そうだったな。……六人で護衛も付いてる商隊を人を傷つけずに襲える実力だからな。生半ではないと思う」


 騙されやすいアホではあるが、そんなその場のノリで商隊を圧倒出来るだけの実力者だ。

 聞いたことはなかったが、もしかしたら結構有名な傭兵の可能性もあるだろう。


「……傭兵となると……労役も戦場の可能性がありますね。……戦争を起こすつもりで集めているとか、でしょうか」

「それだったらもっと大々的に集めないか? 強いと言っても数人だと知れているだろ」

「……数人で行う戦争もあるでしょう。……魔王退治とか」

「……いや、まさか」

「まぁ、そうでなくても、強い魔物との戦いだったりしたら多くの場合は数名ですよね」


 つまり、ガルネロは女に騙されてとんでもない奴と戦わされる駒にされそうということか。

 同情はするが、俺には助けてやれないな。


「……魔王退治、あの国で、強い奴を集めてる……あれ、シユウ行くことになるけど大丈夫か? 聖剣ないけど」

「…………大丈夫ですかね?」

「……大丈夫なのか?」


 勇者の力のないシユウ本体は普通の魔法剣士でしかないから大丈夫じゃない気がする。いや、俺の知ったことではないが……。

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