第105話
黒い壁にぶつかって損傷した武器を投げ捨てる。
戦い始めてから今の今まで、何一つとしてミスはない。
裁く者からのあらゆる攻撃を避け続けていて、俺は正面や真後ろ、上下左右、斜めからと、あらゆる方向から攻撃を続けていく。
だが、徒労だ。魔力も気力も体力も消耗していくだけだ。
……何より、少しずつ貯蔵していた武器が尽き始めてきていた。
手から発射される熱線を防ぐのに、武器を使って攻撃しているせいですぐにガタがくる。あるいは攻撃を避けるためにも使っているせいで減りが余計に早くなる。
だが……足止めが出来る限りは続けよう。最終的には逃げるしかないが、他の奴が逃げる時間を確保するために、一秒でも長く戦い続ける。
「ッ!」
裁く者の攻撃を寸前で回避して黒い壁が俺の前に発生して防ぐ。俺はその壁の奥に槍を発生させて再度攻撃するが、それも黒い壁によって阻まれる。
防御の内側からなら、と考えてみたが、それも通用しない。
ギシギシと音を立てた金属の蛇は俺に反撃をしようとして、俺はそれを躱しながら金属の蛇の下にある槍を異空間倉庫に仕舞おうとして、その違和感に気がつく。
異空間倉庫に仕舞えないものは感覚的に分かるが……その仕舞えない感覚が裁く者にはない。
まさか、無生物なのか? そう思いながら試しに入れてみると、すっぽりと中に入ってしまう。
「……生き物じゃなかった? ……じゃあ、アレは……いや、まぁなんでもいいか……ネネの方の助けに行かないと……」
気が抜けながらも急いでネネの方に走ろうとした瞬間のことだった。
パキリ、と、空間が割れる音が響く。完全に油断していた。
異空間倉庫に入れたものが自力で脱出してくるなど、完全に思慮の外だった。
だから……反応が遅れた。
視界の端から迫ってくる剣を束ねたような金属の手。気がついたときにはもう遅く、躱せるような体勢でも、反撃出来るような状況でもなかった。
先程のように異空間倉庫に……としようとするも、今度は術式が弾かれて入れることが出来ない。
ああ、これは……どうしようも……即死しないことを期待して、口に回復薬を取り出して噛み砕こうとした瞬間、大きな手が俺の身体を押す。
強い力が加わった俺の体が地面を勢いよく転がり、無理矢理体勢を整えながら大きな手の方に目を向ける。
獣人の大男、メレクが俺を見て安心したようにヘラリと笑う。……おい、お前……なんでっ!
そのメレクの身体を、裁く者の巨大な手が掴み上げる。
「ッッッ! メレクッッ!!」
俺の叫び声が闘技大会の会場に響くが、メキッという音だけはよく聞こえた。そんな音、聞きたくないというのに。
「ああ……なんで、お前……」
俺が呆然としながらそう口にする。
「ん? ……どうしたよ、そんなに叫んで」
「……は?」
メレクは裁く者の巨大な手による握撃を受けながらも耐えて……否、無理矢理、力尽くで押し勝って徐々にその拘束を解いていた。
いや……いや、それは……おかしいだろ。
俺のそんな心の中のツッコミが伝わるはずもなく、メレクは巨大な金属の蛇の身体を持ち上げて、石畳の舞台へと叩き付ける。
石と金属の破片が飛び散り、破砕音が響き渡る。
黒い壁は……と考えたが、メレクを掴むためには黒い壁を展開しては掴めないので、金属の腕でそのまま掴むことになる。
それを掴み返すのも当然可能であり、黒い壁によって防げることではない。
それから持ち上げるのも同様であり、地面に叩き付けるのも黒い壁を出したら地面よりも硬いせいで余計にダメージを負ってしまうだろう。
つまり、握り潰す攻撃で握り潰されず逆に持ち上げて振り回す腕力があれば無力ということか。
「……いや、そんな無茶な」
だが、実際に今もメレクは裁く者を掴んで好き放題に地面に叩き付けてダメージを負わせている。
振動と妙な金属的な破砕音が響き渡り、数度目の地面への激突時に、縄が千切れるような音が響いてメレクが掴んでいた腕が取れる。
相性の問題か。……いや、これは相性とか、そういう話なのだろうか。
この裁く者が人工物だとして、あまりにも規格外すぎるただの腕力を、製作者が一切考慮に入れていなかったのだろう。
「どうかしたか?」
「……いや、アイツ、まだ動くぞ!」
メレクが近くに落ちていた武器を拾って裁く者に投げつけるが、当然のように黒い壁が発生してそれを防ぐ。
「なんだアレ」
「……アレに困らされていたんだよ。攻撃をしても全部アレに防がれる」
「さっきは普通に攻撃出来ていたが……いや、壁だからか」
メレクは得心がいったように突進するが、黒い壁が発生してメレクの接近を封じる。
「おい、どうしたらいいんだ!」
「……さっきまでは、好き放題直接的な攻撃をしてきていたが……。動きが変わったな」
また捕まれないように警戒しているのだろうか。
片腕がもがれ、全身の金属がボロボロと動くごとに剥がれていく蛇がメレクに赤く染まった手を向ける。
熱線がくる。そう思っていた瞬間に地面から大量の樹木が生い茂り、裁く者の身体を持ち上げて熱線が空に飛んでいく。
「おー、それ壊せるんだ。てっきり無理なものだと思ってた」
「ミエナ!」
「よし、じゃあ、このデカブツをぶっ倒しちゃおうか。……よく分からないけど、コレはマスターを泣かせた原因の一つっぽいよね。……絶対に許さない」
ミエナはトンと地面蹴り、全方向から裁く者に木から枝葉を伸ばすことによる攻撃を行う。
その全ては裁く者を覆うような球体状になった黒い壁に阻まれる。だが、全方向から身を守っている状況では、裁く者自身もその場から動くことが出来なくなっていた。
急に、暗くなっていた空が晴れる。
「……ごめんなさい。扉の魔法の解析が遅くなっちゃった。でも、もう……二度とあの魔法はこの国では使えない」
イユリが息を切らせながら現れ、俺は黒い球体を指差す。
「イユリ、あの魔法を解除出来るか?」
「さっきの魔法と同じだし、動いていないからね。楽勝だよ」
「頼む」
イユリはブツブツと呟きながら、指先を裁く者を守る黒い球体に向ける。
数秒のうちに解除の術式が完成したのか、イユリは白い指先をギュッと握りしめた。
「……空間隔離……解除!」
その瞬間黒い球体がなくなり、ミエナの樹木の枝葉が裁く者の全身を貫く。
蠢いて暴れ回る裁く者だが、もはや守る防御魔法はなく、樹木に囚われてマトモに動くことすら出来ていない。
「落ちろ。神の剣ッッッ!!」
恨みを込めて、裁く者の真上に神の剣を取り出し、その身体を真っ二つに斬り裂いた。
メレクに腕を千切られても動いていた裁く者だが、全身を枝葉に傷つけられ、真っ二つにまでされれば流石にどうにもならなかったのだろう。
完全に沈黙して、その金属の残骸を残すだけだった。
俺は神の剣を回収し、裁く者がこれ以上動かないことに安堵しながら、ネネの方に足を向ける。
どうにかなるというわけではないが、いち早く、なんとしてでも駆けつけないと……!
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