第99話

 ネネは気負った様子もなく、ふんっ、と鼻を鳴らして俺の後ろに下がる。


「……帰れよ。ネネ」

「手間取っているようだから助けにきた。……なんか、再生してないか? シルガ。……あと、なんでシルガは全裸なんだ?」


 ……戦意が削がれる。

 微妙な空気感の中、シルガがヘラヘラと笑いながら再び突進してきて、俺は大盾でそれを受け止め、押し返し壁にぶつけたところを、ネネが横からシルガの頭に短刀を突き刺す。


 シルガはふらつきながら頭に刺さった短刀を引き抜く。


「……随分と、人から離れているな」

「羨ましいか? お前、人が嫌いだもんな。ここまで強く、人らしくなくなっているのは、羨ましいだろ?」

「……私が嫌っているのは、ひとではなく、お前のような浅ましい愚か者だ。人であろうが、なかろうが、お前のような奴を羨むことはない」

「ああ、そうか。まぁなんでもいいけどよ」


 俺はシルガから距離を取りつつ、もう一度ネネに言う。


「邪魔だから帰れ」

「……手間取っているようだが」

「別に再生されるのが鬱陶しいだけで、押されてるわけじゃねえよ。それにお前がいたところでどうにかなる相手じゃない」

「……殺し続ければいつかは魔力が切れるだろ」

「迷宮から魔力を補充しているらしい。魔力切れは難しそうだ」


 ネネはトントンとその場で跳ねる。


「なら、それこそお前一人ではどうにもならないだろう」


 懐から装飾の激しい魔力の帯びた短刀を取り出す。

 その刃に書かれた紋様の手癖には見覚えがある。あれは……イユリの字か?


 短刀を構えたネネは俺に命令する。


「殺し方ならある。アレの動きを封じろ」

「……本当かよ」


 まぁ、それで何にもならなかったらそれを理由にして追い返すか。そう考えていると、朝日が目に入り込む。

 もう朝か。なのに……シルガに焦った様子はない。そろそろ人も闘技大会の会場に集まり出してもおかしくない時間だが……仕込みが出来ていないはずだぞ。


 計画は既に破綻しているはずだ。……いや、俺が見つけられていないだけで仕込みが終わっているのか?


「ランドロス、目の前に集中しろ。何があろうと、先にコイツを仕留めてからだ」

「……ああ」


 俺は両手に、既に弦が引いてあるクロスボウを取り出して、引き金を絞り、それが発射されるのと同時に槍を足の爪先に出して蹴り飛ばす。


 シルガはクロスボウの矢を掴んで俺に投げ返すが、俺は半身を捻って躱し、それと同時に踏み込み、剣を振ってシルガの腹を斬り裂き、腹の真ん中辺りで無理矢理振り上げて斬り裂き、首の途中でシルガの身体ごと剣を押して壁に突き刺す。


 壁に貼り付けられたシルガの両手が俺へと迫るがその両方に短剣を突き刺して壁に張り付ける。

 シルガの脚が俺を蹴り上げようとするが、俺の足に止められ、膝に出した剣を膝蹴りの要領で突き刺すことでシルガの片足を縫い止め、離れてから幾つもの槍をシルガに突き刺す。


「よくやった」


 屋根から降ってきたネネが装飾のある短剣をシルガの脳天に突き刺そうとして──。

 俺は思わずネネの手首を掴み、ネネから短剣を引き離して、シルガの頭に突き刺した。


 その瞬間に、シルガの目から光が失われて、先ほどまでの再生がなくなる。


「……これは」

「以前、初代を探しにいくときにイユリから貰った短剣だ。迷宮の術式を弄ることが出来る。……迷宮から魔力を引き出していたのなら、これで突き刺せば術式が壊れて魔力が引き出せなくなるから、殺すことが出来るだろう」


 ……ああ、そんなものがあったのか。……本当に一人では勝てないが、ネネがいたら勝てたな。


 ……そう思いながら、動かないシルガの身体を見る。

 助けることは出来なかった。……助けたいと思っていたのかも定かではなく、殺意を持って戦っていたが……。


 このことを知ると、きっとマスターは悲しむだろう。

 そんなことを考えていると、ガンっと小さい拳が俺の頭に振り下ろされる。


「……ランドロス。なんで最後、私から短剣を奪った」

「い、いや、思わず……」

「思わず? ……殺す覚悟は出来ていると言っただろうが。意味のわからない、気色の悪い気の使い方はやめろ。私はお前の女じゃない。そんなことをされて喜ぶと思っているのか」

「いや、そういうわけじゃ……」


 俺が言い訳をしようとしたら、もう一度頭の上に拳が振り下ろされる。


「あと、勝手に出て行った。ひとりで戦った。忠告を無視した」


 ガンガンと頭の上に拳が振り下ろされ、ネネから逃げようとすると、闘技大会本戦の開始の合図の鐘が鳴らされた。


「……今から棄権を取り消して出場するか?」

「いや、それはマスターに怒られそうだからなぁ」

「……このことはシルガの名前を伏せて、マスターに報告するぞ」

「えっ、や、やめろよ。嫌われたらどうするんだ」

「嫌われて見捨てられればいい。馬鹿男が」


 マスターに嫌われたら生きていけない。喧嘩中で、仲良く話してくれないだけで精神がボロボロになったというのに、嫌われては悲しくて泣いてしまう。耐えられる気がしない。


「いや、本当に……秘密にしてくれ、な? ほら、金ならやるから」

「いるか。お前は反省する機会が必要だ」

「いい短剣とかあるから、それをあげるから……!」

「いらない。買収には応じない」


 ……これだけ苦労して、得られるものがマスターからの怒りとお説教だけというのは酷いのではないだろうか。


 まぁ……仕方ないと言えば仕方ないか。

 ため息を吐きつつも……すぐに衛兵を呼んだりする気にはならないし、証拠を隠すために異空間倉庫に入れる気にもなれない。


 ……結局、俺は人間達を守りたかったわけではないし、ただマスターに傷ついてほしくなかったから殺しただけだ。


 シルガに殺された三人の人間には同情はしても、悲しい気分にはならないし、胸糞の悪さだけが残る。


 闘技大会の本戦が始まったのか、遠くの方が少し騒がしくなっていくが……この路地裏は、対照的に静かなものだった。


「ランドロス。私が殺す手段を持っていて、殺意を持って殺そうと短剣を突き刺した。お前の手にあったかもしれないが、私が殺した。……だから、気には病むな」

「……別に、コイツは大量殺人を企てて、実際に、最低でも三人は殺している。……反省する機会もあったのに、それも投げ出している。同情なんてしないし、罪悪感もねえよ」

「……そうか」


 だからといって……マスターが助けたいと願っていた人を殺したのは違いないが。

 マスターに嫌われたくない。嫌われたら、とても辛い。


 ……だが、嫌われた方がいいかもしれない。マスターが仲間だと思っているシルガを殺したのだから……それを隠したまま、仲良く過ごすのなんて卑怯だろう。


 ……まぁ、ネネのマスターへの告げ口もちょうどいいものだと思おう。もっと軽蔑されてもいいところだが……本当のことなど、シルガのことなど話せるはずもないしな。


 そこそこ、嫌われたならそれでいいか。嫌われたくはないが、嫌われる方が道理にはあっているだろう。

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