第98話

 再びの剣戟も容易に俺が制する。普段使い慣れている剣ではない剣を使っているからか、あるいは単に暗闇が深い中で俺の動きが見えていないからか、容易に俺の剣はシルガの腕を斬り飛ばし、連続して首を斬り落とす。


 シルガの首からうぞりとうぞりと、血管のような触手が伸びて首を拾って繋がる。


「……随分と、化け物じみた身体をしてるな」

「そうか? 二年も人と会ってないと、人ってのはどれぐらいならマトモなのか分からなくてな」


 そんなわけがあるかよ。初めて人と会ったのだとしても、人の首から触手が生えるなんて思えないだろう。


「単純に治癒魔法の応用だ。そんな化け物を見たみたいな顔をするなよ。傷つくだろ」


 そんなレベルか? ……いや、魔法は魔法なのだろうが……あまりに異様がすぎる。

 非常に高等で複雑な魔法だ。自分の肉体を操っている以上、練習をしようにも失敗したらそのまま死ぬだろう。だが、練習もなしに発動出来るような簡単なものではない。


 ……いや、やはりおかしい。爆発していたときは頭ごと吹き飛んでいたのだ。そんな状態で魔法なんて発動出来るはずもないし、ただの治癒魔法ならばそのまま死んでいるだろう。


 理屈には到底合わない異様な不死身。イユリの持つ圧倒的な魔法技術をより戦闘に向けたもの……いや、それ以上の何かの異様さを感じる。


「……その力があれば、もっと幸福に生きられるんじゃないのか?」

「馬鹿だな。幸福ってのは飯を食うことでも、安全なところでいびきをかいて寝ることでもない。分かるか? 幸福ってのはな」


 大切な人が傷つかないでいることだろう。

 剣を構えていると、シルガは先ほどよりも遥かに早い動きでこちらに突っ込んできて、俺の身体を吹き飛ばす。


 反応が遅れ、観客席から吹っ飛んで闘技場の真ん中に着地する。


「……あー、なんだろうな。幸福って」

「もう少し考えて何かを言えよ」

「まぁ幸福が何かは知らないが、俺は旨い飯も、安全な寝床も欲していない。人間をぶっ殺して、ぶっ殺して、それでまたぶっ殺して、俺はそれでいいんだよ。多くは望まないさ。俺は謙虚なもんでね」


 再びのシルガの突進。シルガよりも、ほんの一瞬だけ早く、彼に纏わりついている血が先行しているのが見えた。


 水の魔法により血液を操ることで身体を加速させているのだろう。

 そんな魔法の使い方をしたら通常なら自身の身体を内部から傷つける自爆にしかならないが、異様な不死身さにより、そんな無理矢理の加速を現実のものとしている。


 身体能力に加えて魔法による異常な加速だが……繊細さには欠けている。

 真正面から向かってきたシルガに大剣を振るって真っ二つに断ち切る。


 二つに別れた身体に槍を突き刺して動きを封じるが、シルガの動きは止まることがなく、別れたままの体で身体に突き刺さった槍を引き抜く。


「……お前、どうやったら死ぬんだ?」


 普通ならばどれだけ回復力があろうと、魔力が切れることで殺せるだけの怪我だろう。


「さあ、どうだろうな。もしかしたら完全な不死身かもよ? 試してみろよ」


 治りかけているシルガの身体を再び斬り刻む。流れ出ている血液を異空間倉庫に入れていき、少しでも削りながらシルガを刻み続ける。


 魔力が十全にある状態では負ける気がしない。だが……魔力が回復する量よりも使う量の方が多い。


「ほら、息が切れているぞ。頑張れよ。俺を止めたいんだろ。まぁ、俺は不死身だけどな」

「……本当に不死身なら、わざわざ爆弾を使って策を練り時間をかける必要がないだろ。それだけの実力があるんだ。ひたすらに武器を振るい続ければいい。そちらの方が手っ取り早く確実だろう。それをしないのは…….お前が死ぬという証左だ」

「はは、そうかもな。じゃあやれよ。ほら、やれよ。やれ」


 言われなくとも。シルガの身体を斬り裂き、断ち切り、潰し、抉って、串刺しにし続けるが、それでもなお立ち続ける。

 本当に無限に生きるのではないかと思わされる回復能力。


 徐々に、空が白みを帯びてくるのに応じて、シルガの視界が良くなり、俺の身体に疲労が募って、一方的な戦いから、徐々に拮抗したものへと移り変わっていく。


 シルガの攻撃はより苛烈なものになっていく上に防御することがなくなって、俺の攻撃を身体で受けた上で俺を蹴り飛ばす。


 戦い始めて何時間ほどになるのか。強烈な蹴りを受けて口から血を吐き出し、口の中で回復薬を噛み砕いて嚥下する。


「あー、やっと一撃入れられたな。やっぱり俺は負け犬だ。真っ当にやれば、勝てる要素はなかったな。普通にやってたら三百回は既に死んでいたな。才能の差か、努力の差か、あるいは覚悟とか守るべきものがあるとか、まぁ全部かもな」


 口の中で割った瓶のかけらを吐き出す。いつのまにか会場から離れたところまで来ていたことに気がつく。


「……が、一撃は当てたぞ。ランドロス。回復薬は何個持っている? 百か? 千か? 無限に戦い続けたら、いつか俺が勝つな」

「……無限の魔力なんて、あるはずがないだろう」

「どうだろうな」


 どこからどうやって魔力を補給している。……やはり迷宮かと考えてみるが……高度な術式を必要としている上に、常に迷宮の魔法的な侵入への対策は更新されている。


 イユリでも、そんなことは難しいと言っていた。


 ……この男が、イユリ以上の技術を持っていて、迷宮の魔力を好き放題に奪っているのか?

 ……いや、この男は迷宮から二年も離れていたはずで、そんな技術を磨くような時間はなかったはずだ。


 俺に休む暇を与えないシルガの猛攻。俺はその間を縫うようにシルガの首を掴み、地面に叩きつけて、それと同時に取り出した大槌で身体を叩き潰す。


 いや、本当にこの男は迷宮国から逃げ出していたのか? 

 迷宮国内に潜伏して、迷宮のことを解き明かそうとしていた可能性は……? いや、半魔族がそんな長時間隠れられるようなところはないだろう。食事だって集めることが出来ない。


 不意に、初代のことを思い出す。

 迷宮の中は非常に危険ではあるが……食料はある。迷宮の中で何年も生きていくことが可能なのは、初代が証明している。


 迷宮の魔法の研究ならば、イユリのように時々しか迷宮に向かわないのよりも、よほど向いているんじゃないのか。


 結びついた点と点。その閃きが、一瞬の命取りだった。

 まだ治っていない身体での、シルガの攻撃、手に握られているのは、割れたシルガの骨のカケラだ。


 それが俺の首に突き刺さろうとした瞬間、シルガの腕に短刀が突き刺さってその動きを止める。

 その止まった一瞬でシルガの腕と首を斬り払って後ろに飛び跳ねる。


「……マヌケが。一人では挑むなとアレほど忠告したというのに、聞きもしない」


 屋根の上から聞こえる少女の声。シルガは身体を治しながら屋根の上にいる黒装束の少女を見た。


「ネネか。久しぶりだってのに、随分な挨拶だな。同じギルドの仲間だろ。助勢する方を間違ってないか?」

「……死ね」

「変わらないな。お前は」

「お前もな。シルガ」


 不快そうにネネは眉をひそめながら飛び降りて、短刀を構えながら俺を睨む。

 ……クソ、この戦いには巻き込みたくなかった。

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