第85話
尻拭いか。まぁ……その通りなのかもしれない。
シルガの悪意を見抜けずに、それを見抜いたマスターの言葉を信じずに放置して……最悪の結末になるのをマスターに助けられて、後始末まですべてマスターがやることになった。
……まぁ、先代を責める気にはなれないが。仲間を信じたいという、そんなことはしないだろうと思う気持ちは充分に分かる。
「……あの子は、今、楽しくやれているかい?」
「この馬鹿にベタベタ付き纏われてる」
ネネが俺を見ながらそう答え、先代は安心したように息を吐く。
「そうか。よかった。楽しくやれているんだね」
ネネは仕方なさそうに頷く。
「……それで、先代にシルガ・ハーブラッドについて聞きたくてな」
俺がシルガの名前を出すと、先代の表情は一瞬だけ固まり、周りを見て近くに人がいないことを確認してから小声で俺に尋ねる。
「なんで、今になって……。見つかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないが……ほんの一欠片ほど、可能性を感じてな」
「……そう、か。うん……まぁ……話をする分には構わないよ」
先代は深く腰を下ろして、ネネと俺とカルアを見る。
「……そうか。あの子は、君たちを信用して全部話したんだね」
「……ああ」
「えっ、あ、あの、私何も聞いてないんですけど、全然話の流れ分かってないんですけど」
「ヒモ、空気を読め」
「ヒモじゃないですよっ。最近は研究も進んできて収入の目処も立ってますもん。いや、むしろランドロスさんと結婚するので、主婦ですよ。主婦」
「主婦業してるの?」
「……まぁ、それはさておき、です。お話を聞きにきたんですよ」
先代は二人のやりとりに苦笑しながら俺達の様子を見てから、頬をかく。
「それで、何を話せばいいのかな?」
「……人柄と、事件の手口を知りたい」
深く頷き、ゆっくりと口を開く。
「僕よりもクルルの方が、よほど人を見る目があるから、シルガの人となりを話しても参考になるかは分からないけどね」
「頼む」
勿体ぶっているわけでもなければ、言葉が出てこないわけでもないようだ。けれど、先代が言葉を詰まらせていた。
「……シルガは、そうだな……普通の人だったよ。正直で嘘吐きで、怠け者で働き者で、一人が好きで一人が嫌いで。……そんな普通の人だと思っていた。少し荒っぽいところもあったが、育ちを考えれば普通だろうし、特別変わった人でもなかったよ。……だから、今でも少し信じられないぐらいなんだ。……ああ、いや、こんなことを聞きたいわけじゃないよね」
「……いや、参考になる」
「……勉強熱心だったよ。特にイユリの研究には興味を持っていてね。……多分、それを利用して迷宮の魔力を用いた爆弾を用意したんだと思う」
……今回も同じ手口を使うとは限らないか。
カルアを見ると「ば、爆弾?」と驚いていたが、どういう仕組みのものかは想像がついたのか、先代に何かを尋ねることもなく話を流す。
「……どこに仕掛けていたんだ?」
「闘技大会の会場に近い路地裏だったよ。具体的な場所は後で地図にでも書いて渡すよ。まぁ、やろうとしていたことは単純で、人の集まっているところを魔法で爆発させるだけだよ。準備には時間がかかるだろうし……あまり迷宮から魔力を引っ張って来ようとしたら、たぶん禁忌に触れるだろうから、同じ方法は通じないと思うよ」
「……取るとしたら別の方法か」
「うん。それはシルガも分かっているだろうからね。……もうそんなことはしないと信じたいけど」
「……ただ下衆が勘ぐって疑っているだけだ。気にしなくていい」
「そうかな。あの子がそんな人に話すとは思えないけどね。僕を尋ねてきたのも、あの子を傷つけないためじゃないのかな」
俺が先代から目を逸らすと、カルアがツンツンと俺の頰を突いた。
「……全然話が飲み込めないんですが」
「とりあえず、カルアには技術的なことを聞きたいんだが、迷宮の魔力を引っ張ってきて魔法を発動させるのは可能か?」
「えぇ……こっちの質問にも答えてくださいよ。技術的にはそんなに難しくはないと思いますけど、禁忌には触れそうではありますね。どれぐらいの魔力で怒られるのかは分からないですけど。あと、多分すぐに迷宮に邪魔をされると思うので、時間をかけて大量に用意するのとかは難しいと思います。……検証をしようとして、禁忌に触れたら死ぬか、死ななくても計画が露呈しやすいと思うので、あまりギリギリも攻められませんから……。可能ですけど、利点は少ないですよ、迷宮から魔力を引っ張ってくるのは」
シルガは後のことを考えていなかったからそうしただけ……ということか。
……同じことはしない可能性が高く、別の方法を取ってくるだろうことは分かった。
ボリボリと頬を掻いてから立ち上がる。
「……悪いな先代。嫌なことを話させた」
「……いや、あの子のことを大切に思ってくれているようで、少し安心したよ。愛されているんだね、クルルは」
「まぁ、みんなから好かれてはいるな」
主に甘えさせてくれる人としてではあるが……。
まあ、好かれていることに間違いはない。
先代から地図を渡されて、【泥つき猫】のギルドから出る。
クウカが付いてきていないことを確かめていると、カルアにプンスカと怒られる。
「……あの、全然話が分からなかったんですけど。シルガさんって誰ですか? 爆弾というのもよく分からないんですけど」
「ああ、今から話すか。ネネはもう帰るか?」
ネネに目を向けると彼女は首を横に振る。
「……私も手伝う」
「珍しいな」
「マスターが困っているのは見たくない。あと、ランドロスがヒモ娘とふたりで歩いていると、誘拐と思われそうだ」
「ヒモじゃないです。ラブラブカップルがふたりで、なんで誘拐と思われるんですか。デートにしか見えないですよ」
「……ラブラブ?」
「む、むきー! ですよ、むきってます!」
「ネネ、煽るな。……まぁ、いてくれた方が助かるのは事実だしな」
ある程度の人数で歩いていると、嫌がらせをしてくる人間も警戒するのか、嫌がらせをしてくる人間も減る。
それに、カルアとふたりでいたら事件性を勘違いされそうというのは事実だ。
カルアに二年前の事件について話しながら、地図に書いてある爆弾のあった場所に向かった。
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