第83話
「じゃあ、帰ろっか」
「…….そうだな」
ボードゲームも終えて、部屋から出て受付に鍵を返したところで、見慣れた大男の姿が見える。
「ん? ああ、ランドロスとマスターか。……ん? ……んんん!?」
メレクは何度も何度も繰り返しまばたきをして俺たちの方を見る。
「ら、ランドロス!? お、お前、お前ぇえ……!? ……いや、落ち着け、俺。そういや、昨日ギルド組合の会議に一緒に行っていたな。ああ、うん、それで……ああ、うん、衛兵が来て帰るのが遅くなっていると誰かが言ってたな……。ああ、落ち着け、俺」
メレクの後ろで厨房で働いているサクさんが気恥ずかしそうに立っていた。
……もしかして、さっきまでのことがバレたのか? と思ったが、そういうわけでもなさそうだ。なら、何故メレクは焦っているのか……。ああ、ダマラスを倒して予選突破出来たから驚いているのか?
「この辺りで人間じゃないのが入れる宿なんてここぐらいしかないしな。ああ、分かった。分かった。事態は把握出来た。……よし、お互いここにいたことは忘れよう」
「お、おう、よく分からないが分かった。ミエナには秘密にしておいてくれ」
「ああ、そうだな。無駄にミエナを刺激したくないしな。……じゃあ、また後でな」
メレクは妙な様子で俺とマスターの方を見てから、サクさんと共に去っていく。
マスターと二人でギルドまで歩くが、非常に気まずい。というか、気まずいを通り越してなんかもう別の感覚だ。
ギルドの前に着き、一度中に入ってからマスターと別れてから寮に戻ろうとすると、マスターも他の人に顔だけ見せてから俺の後ろをとてとてと付いてくる。
「あれ、マスターも寮に戻るんだな」
「あ、うん。服を着替えたいから、一回ね。ランドロスも帰るんだ」
「あー、一回寝ようかと」
マスターと寮の中で別れて自室に戻る。
自分のベッドに倒れ込みながら、先ほどの光景を思い出しグッタリと目を閉じた。
しばらく自室で過ごしていると、トントンと扉がノックされ、扉を開けるとカルアが立っていた。
「カルアか、どうかしたか?」
「いや、疲れてたみたいだから大丈夫かなって。イユリちゃんとの話にも一区切り付いたから様子を見にきた感じです」
「別に付いていって話を聞いていただけだから疲れてないぞ」
俺がそう答えると、カルアは怪訝そうに俺を見る。
「……ランドロスさん、何かいつもと様子が違いません?」
「ん? いつも通りだと思うが」
「いつもより爽やかというか……賢そうというか……。むぅ……偽物じゃないですよね?」
「俺はいつもこんなものだよ。カルア」
「……いや、ランドロスさんはもっとこう、ねちっぽいですよ。まぁいいですけど」
そんなことはないと思うが、カルアは変わったことを言うな。
「そう言えば、ギルドの方にも衛兵が来たと思うが」
「あ、はい。色々と聞かれましたね。連続殺人鬼が出たとかで」
「カルアも気を付けろよ? 寮とギルドを行き来するのも、すぐそこだからと安心せずに複数人で移動するようにな。あと、部屋の鍵の戸締まりも忘れるなよ」
「……そんなに心配でしたら、一緒の部屋で寝ますか?」
既にシャルもいるし手狭ではあるが……カルアを一人で寝かすのも不安だしな。
「ああ、しばらくはそうするか」
そう返事をすると、カルアは驚いたようにキョトンとした表情で俺を見る。
「えっ……いいんですか?」
「まぁ心配だしな。シャルとも仲良くしてほしいが」
「……別に仲悪くはないですよ。シャルさんはいい人ですし……。ただ距離感を計りかねているだけで……」
「……ああ、まぁ……そうだよな」
共通する趣味や話題もなさそうだしな。
俺ともないが、そこはベタベタ触り合うことで間が持っている。
「……ああ、そう言えば、カルア。ちょっと話を聞いてもらってもいいか?」
「何の話ですか? あ、失礼しますね」
カルアに部屋の中に入ってもらい、ベッドの上に座る。
思い浮かべるのは連続殺人鬼のことだ。宿では馬鹿なことを考えていたせいで思考が止まっていたが、こちらの方が重要事項だ。
「カルアは件の連続殺人鬼をどう思う?」
「えっと、怖いなーという方向性じゃないですよね。正体とか、そういうことですよね。……せめて捜査の状況が分かったらまだしも、情報が少なすぎるので分からないとしか」
「まぁ、それだけの情報だと正体がそんな簡単に分かったら苦労はしないし、もう捕まえられていると思う」
「……ランドロスさんがこういうことをそんなに気にするのはちょっと不思議だけど、何か思うところがあるの?」
カルアはこてりと首を傾げながら、俺の手に手を重ねて、指を絡める。少しこそばゆいが、そのままなされるがままにしながら俺の仮説を口にする。
「……色々と不自然だと思った。犯人はある程度剣の腕が立つ……叫び声をあげさせる間もなく殺せるような奴だ。まぁ、普通の市民でないのは間違いないと思う。衛兵が探索者を疑っているのも当然のことだろう」
「……なんか、今日のランドロスさんちょっと賢くないです?」
俺はいつもこんなものだろう。
「特定の個人を狙ったのならば、道端で襲うのは妙だ。目撃者が発生しやすい状況だし、普通なら夜中に家にでも侵入して殺すだろう」
「……まぁ、それももうですね。家が分からなかったとかでしょうか? もしくは、他の家人を巻き込みたくなかったとか」
「その可能性も考えられるが、連続して発生した二件のことを思うと、特定の誰かを狙ったものではない可能性も考えられるだろ。三件とも夕方が犯行時刻、普通に考えると、狙いやすい一人になる時間が三人とも同じというのも不自然だ。夕方なんてだいたいの奴は家に帰っている時間だしな。たまたま……と、考えられなくもないが」
「……やっぱり何か変なもの食べてますよね、ランドロスさん。ぺってしてください、ぺって」
食べてねえよ。何で俺がちょっと考えたことを言うだけでこんなことを言われないとダメなのか。
腕を絡ませてくるカルアに頰を突かれながら、話を続ける。
「……逆に考えると辻褄が合う。夕方に、市民区画で、人間が、殺される、ということが重要であって、どういう人間かというのは重要じゃないのかもしれない」
「……誰でもよかった。ということですか? 人間嫌いというか」
「ああ、死体が損壊されていたことから、人間を恨んで狙ったものだとは思うが……探索者なら、何故市民区画で殺しをしたのか、という話だ。こっちにも幾らでも人間はいるしな。探索者のいない市民区画で剣を持っていたら不自然だが、こっちだったら剣から血が落ちていても誰も気にしない。誰でもいいだけならこっちで発生していた方が自然だ」
「お金持ちの人が多いですから、お金持ちが嫌いとかでしょうか?」
「それも否だ。それこそ、高級なデカイ家に侵入した方がいい」
「では、一体……何故、でしょうか?」
カルアが不安そうに、あるいは不思議そうに、俺の腕をギュッと持って尋ねる。
「……おそらく、これからしばらくの間は夕方になったら、多くの衛兵が市民区画を警備することになると思う」
「まぁ、そうですね」
「……それが犯人の狙いなんじゃないか?」
「……へ?」
「数日後にある、闘技大会の本戦。一番、人が集まるのは夕方前から夕方にかけてあるだろう決勝戦と、表彰式、その後の御前試合だ。本来なら、多くの警備が回されるはずだが……市民区画を守るために本来よりも数が減るだろうと思われる。……多少、不審な人や物があっても、見逃されるかもな」
「……闘技大会が、狙われる……ということですか?」
「……可能性を考えただけだ。推理に穴はあるだろうし、正解でない可能性の方が高い」
だが……俺が、多くの人間を殺そうと思ったら、そうする。
以前の失敗を踏まえればこそ……そうするだろう。
勘違いかもしれない。考えすぎの妄想の可能性の方が、よっぽど高いし、そうであって欲しい。
けれど、可能性はあるのだ。
マスターの顔を思い出す。泣きそうに、傷ついた少女の顔を。
──シルガ・ハーブラッド。
顔も知らないその男を、俺は思い浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます