第78話

「……まぁ、お行儀良くって言っても、ここに来るようなギルドは基本的に真面目ちゃんばっかりだよな。じゃあ次の──」


 会議の中で最近の報告のようなものがされていく中、突然勢いよく扉が開いて数人の衛兵の男達が入ってきた。


「ん、随分と物々しいな」


 隣にいたダマラスが欠伸をしながら言う

 衛兵達は普段街を歩いている時に比べてもしっかりとした武装をしているように見える。


「おいおい、こっちは会議中だぞ。何の用かは知らないが、ちょっと状況を考えろよ」


 司会の男が不愉快そうに眉を挟めて言うと、衛兵の男の一人が感情を殺したように小さく口を開く。


「また殺人がふたり発見された。鋭い斬り傷で、市民区画の人間では難しいだろうとのことだ。申し訳ないが、今この場で取り調べをさせてもらう」


 会議室の中がざわめく。

 ふたりって……合わせて三人も街中で殺されたのか? 衛兵の様子も納得出来るな。


「……ランドロス、予定とか大丈夫?」

「まぁ、今日は武闘大会以外の予定は入れてないから大丈夫だ。……連続殺人か」

「うん。……まぁ、私達のギルドは市民区画に忍び込むのとかは無理だから対して怪しい奴がいなかったかを聞かれるぐらいだと思うよ」

「……取り調べを受けるのは別にいいんだが、人間が狙われているなら、マスターやカルアやシャルは気をつけた方がいいと思ってな」

「ん……まぁ、一人では歩かず、何人かで集まって出歩くように指示ぐらいはしておこうかな。疑われたときの証言も出来るしね」


 商人にも何か気をつけるように言っておくか。あと数日はいるだろうしな。

 端にいる人から順に色々と聞かれていく。……かなり時間がかかりそうだな。会議は当然のように中止としても……俺達のところに来るまで、かなり時間がかかりそうだな。


 このままだと、夜遅くまでかかりそうだ。


「あー、席移ったのは失敗だったな。こっちの方が解放されるのはいつだよ。取り調べ受けるまで帰れないんだろ? これ」

「ん……仕方ないね。でも、ギルドの人達に心配させてしまいそうだ」

「カルアとかシャルが不安がりそうだな……まぁ、これだけ騒いでたら遅くなっている理由にも気がつくか」


 三人でため息を吐いて、遅々として進まない取り調べの様子を見ていく。

 どうやら死体の損壊具合から怨恨の可能性が高いらしいということや、三人とも夕方に殺害された可能性が高いことなどが分かったが、どうにもそれ以上はよく分かっていないようだ。


「……不毛だな。あんなので見つかるわけねえだろ」

「まぁ、仕事はやっていると示さないと納得しないだろうからね。衛兵達も仕方なくやってるんじゃないかな」


 ギルドマスター同士で話をしているのを聞きつつ、怨恨という可能性に首を傾げる。

 殺した後も死体を傷つけたりしている上に物を盗って行っていないのならば、確かにそれらしいとは俺も思うが……なんで家に押し入って殺さなかったんだ?


 元々狙いが決まっていたのなら、夜中にでも家に忍び込んで殺した方がよほど楽で確実で目撃されにくいと思うが……。


 ……殺した奴が適当だっただけか?


「どうしたの? ランドロス」

「いや……少し冷えてきたなと思ってな。毛布出そうか?」

「大丈夫だよ。ありがとう」

「上着ぐらい貸すぞ? ほら」

「……子供用の大きさの上着がポンと出てくるのが若干アレだね」

「シャルが着るかと思って」


 少しずつ取り調べが進み、終わった人が帰っていくことで人が減っていくが、まだまだ人数は多く時間がかかりそうだ。


「ごめんね。思ったより長引いちゃいそうだね」

「マスターの責任でもないだろ」


 すっかり暗くなってから、俺達の前に衛兵が立つ。

 彼らにも疲労の色が見えていて、あまり責める気にもなれない。


「待たせて申し訳ないな。えーっと、子供?」

「迷宮鼠のギルドマスターのクルル・アミラス・エミルだ。お仕事ご苦労」

「ああ、どうも……ギルドマスター?」

「うん」


 微妙な空気が流れるが、他の衛兵がマスターのことを知っていたのか「そこのギルドはそうなんだよ」という風に声をかけたことで、聞き取りが行われる。


「……最近ギルドで様子がおかしい者や、姿を見かけないものはいるか?」

「いや、グライアス以外は見かけない人はいないね。基本的にウチのギルド員は買い物とか食事もギルドの中で済ませるし、一人で行動したりもあまりしないよ」

「そのグライアスというのは?」

「不眠不休のグライアスって聞いたことないかな。ずっと迷宮に潜ってるから、そうそう戻ってはこないと思うよ」

「……ああ、アレのいるギルドか。……人間に恨みを持つものは?」


 衛兵の男が俺の方を一瞬だけ横目で見る。


「……まぁ、そうだね。あまりいい扱いを受けていないというのは確かだけど……迷宮鼠は人間の救助依頼を中心にこなすギルドだよ。その問いは少し心外だね」

「……失礼。じゃあ、市民区画に出入りする者はいるか?」

「完全に全員の動きを把握しているわけじゃないけど、ウチのギルド員はみんないるだけで目立つからね。人間しかいないようなところに度々行ったら、何もなくても事件扱いだと思うよ」

「ふむ……じゃあ、不審な人物に見覚えは?」

「うーん、不審か……私もそう出歩くのが多いわけじゃないしね、ランドロスはどう?」

「俺も街の外に訓練に行くか、迷宮に行くか、ギルドにいるかぐらいだから、そもそもそっちの方にはいかないしな。夜にカルアと散歩することはあるが、それもギルドの周りぐらいだしな」


 俺の言葉に衛兵が問う。


「わざわざ夜に散歩をするのか?」

「半魔族は昼間に出歩くと嫌がらせを受けるんで。恋人と歩いたりしたいけど、まぁ、昼には無理だから夜にって感じだな」

「……なるほど。夜に不審人物は見なかったか?」

「ギルドの周りなので、夜中だと人は見ないな。歩いていると言ってもそんな何時間も歩いているわけでもないし」

「ふむ……ちなみに恋人はどんな相手だ」


 それ、言う意味あるのか……?

 まぁ、迷宮鼠のギルドの方で聞き取りとかするときに参考にするのだろうか。


「……一緒に散歩をしているのは、白い髪の人間だ。カルアという名前だ」

「……ちなみに、どうやって口説いた?」

「……それ、答える意味あるか?」

「いや、俺モテないから、参考に聞こうかと思って」

「マスター、聞き取り調査も終わったみたいなんで帰ろう。ダマラスもまたな」


 立ち上がって出て行こうとすると、衛兵に止められる。


「あ、ちょっと待ってくれ。不審な人物を見かけたら詰所の方にまできてくれ。門の近くにあるから」

「……ああ、分かった」

「うん、分かったよ。お疲れ様。じゃあ、お先に失礼するね」


 他のところに比べて早く聞き取りが終わったな。まぁ、状況的に疑われにくいからか。

 外に出ると既に足元が見えないほど真っ暗になっていた。


「あー、これはまずいね。ギルドまで結構距離あるのに。ランプとか持ってる?」

「いや、持ってないな。俺は魔法で暗闇でも周りが見えるから必要ないからな」

「カルアと夜散歩するんじゃないの? カルアは見えないでしょ?」

「……手を繋ぐからな」

「イチャイチャしてるね。うーん、流石に危ないし、今日は仕方ないから近くの宿とかに入ろうかな。ランドロスは先に帰っていいよ」


 帰りたくはあるが……こんな真っ暗な中、それも連続殺人の話を聞いたばかりでマスターを放置して帰れるわけがない。


「……いや、流石にそれは危ないから今日は俺も帰るのは諦める。……というか、マスターって宿に泊まれるだけの金なんて持っているのか?」

「……手持ちだと足りないかもしれないから、貸してくれると……」

「それぐらい出す。ああ、でも、俺が泊まるのは無理か」


 多少面倒くさいが、宿まで送ってからギルドに帰って、朝早くに迎えに来たらいいだろうか。

 俺がそう考えていると、マスターは「そう言えば」と口を開く。


「メレクとサクの二人が時々外泊しにいくんだけど、こっちの方に歩いていってたね。近くににどの種族でも泊まれるような宿があるのかもしれない」

「わざわざ夫婦で、街の中で外泊? 変なことをするんだな。あの二人も」

「そうだね。あの二人はちょっと変わったところがあるから」


 そう言いながら、暗さで足元がおぼついていないマスターの手を引いて歩く。歩いている間に宿らしい建物を見つける。

 受付らしいところにランプの灯りが見えていたので、マスターの手を引いて中に入った。

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