第68話

 シャルの白い指先が俺の手の甲を撫でる。

 背筋を甘い緊張が走り、ベッドに乗ったはいいが何をすればいいのかが分からずに止まる。


 いや、寝ればいいんだけど。……寝ればいいんだよな?

 シャルに手を引かれてベッドに寝転ぶと、シャルの甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。導かれるように手がシャルの腰に置かさせられて、シャルの身体が俺の腕の中に潜り込むようにして胸の中に潜り込んできた。


 抱き合うような格好。

 あまりに近すぎてドクドクと心臓の音が鳴るが、シャルにも聴こえているのだろうか。

 どうやら聴こえているらしく、少女のあどけない顔がいたずらげな笑みを浮かべて俺を見つめる。


「……好きですよ。ふふ、ちょっと好きと言っただけで、心臓の音が強くなりましたよ? そんなに……僕のこと、好きですか?」

「知ってるだろ」

「……言ってもらいたいんです」

「……好きだ」


 シャルは嬉しそうに微笑んで俺の背に手を回す。俺の胸にシャルの薄べったい胸がくっつく。

 未だ未成熟で、服の上からでは確認出来ないような膨らみだが、こうもべったりと身体をくっつけていれば、いやでも……シャルが女性であることを示す胸の柔らかさに気がつかされる。


 ほんの少し、膨らみがある。俺の胴体にふにゅりと押しつけられた胸の感触に身体が硬直する。


「シャル……その、ひっつきすぎじゃないか?」

「恋人なんですから、これぐらいひっつきますよ。それとも、僕とはひっつきたくないんですか?」

「い、いや、そんなことはない」

「じゃあ、いいじゃないですか」

「……いや、我慢が効かなくなるだろ」


 既にシャルの身体の柔らかさに、胸の感触に、身体が大きく反応していた。好きな子との触れ合いなのだから当然ではあるが、もはや立ち上がったりでもしたら隠しようもないほどであり、大人の余裕なんてものは一つもないほどに興奮していた。


 本気で戦っているときに感じるような自分の中の獣性が鎌首をもたげて、世の中の瑣末ごとを気にせずに、シャルのことを求めたくなっていく。


 そんな俺の様子にシャルはクスリと笑う。


「もう、恋人になったんですから、我慢なんて必要ないですよ」


 その言葉に耐えきれなくなった俺は、シャルの肩を押さえてベッドの上に組み伏せる。荒くなった吐息が煩く、何て言えばいいのかが分からなくなっていた。


 いいのか……。と、俺の手がシャルの服の裾を握ったとき、シャルが目を閉じて口をこちらに向けていた。


「ちゅーぐらい、いつでも受け入れますよ」

「…………あ、ああ、そうか、そうだよな」


 そりゃ……そうだ。当然だ。シャルのような女の子が男の欲望を理解しているはずはないし、キスをすることが一番の恋人とのスキンシップだと思っているんだろう。


 シャルと唇を突かせ合うようなキスをした後、幸福感と罪悪感と自己嫌悪に苛まれる。


 キスを出来るのは幸せだ。けれど……それで満足出来ていない自分がいるのも確かだ。

 一度発生した行き違いのせいで、てっきり性的な行為が出来ると思ってしまっていた俺の体は虚しい反応だけをしており、けれど何も分かっていない少女を相手に妙なことが出来るはずもなかった。


「……あれ、満足してないです?」

「いや、とても……とても幸せだ」


 嘘ではない。嘘ではないが、ほんの少しの虚しさがあるだけだ。

 そもそも、こんな幼い女の子と出来るはずもないが……期待はしてしまうだろう。あんなことを言われたら。


 シャルは下から俺の体を抱き寄せるように手を伸ばし、俺の背の後ろに手を回す。

 シャルの小さな肢体がすりすりと俺の体に押し付けられる。匂いを擦り付けてマーキングするような行動と、強く感じる少女の肌の柔らかさに心臓がドクリドクリと鳴り響く。


 ガッカリとして萎んでいた俺の獣欲が再び元気を出す。


「……えへへ、眠るまでずっとちゅーしてましょ?」

「……それ、いつまでも眠れる気がしないんだが」

「僕もです。えへへ」


 唇が触れ合ったり、離れたり。シャルはおそらく子供用の絵本などでしかキスを知らないのだろう。

 ただ唇が触れ合うだけだ。少し長かったり、くすぐるように先っぽだけだったり、頰に触れさしたり、額にしたり。


 シャルの小さく柔らかい唇が、ちょんちょんと色々なところに触れては離れていく。まるで小鳥が啄むかのような好意のこそばゆさに思わず身を捩る。


 シャルの小さな手に口付けをすると、シャルは「お姫様になった気分です」と嬉しそうに笑う。

 こんな半魔族とキスをし続けるようなお姫様、どんな物語にもいない気がするが、シャルがそう思うのならばきっとそうなのだろう。


「……全然、眠れないですね。ドンドン、目が冴えちゃっています」

「そうだな」


 二人して微笑みあったあと、また唇を付けては離したりとしていく。

 それ以上はダメだろう。その唇の奥を求めてはいけないだろう。そう自制しながら、我慢の矛先をシャルとのキスに向けるようにして何度も何度も繰り返し、互いの唇の感触を全て教え合うように回数を重ねる。


 我慢しているこそ「これぐらいなら大丈夫だろう」なんて勝手に引いた線の上に居座り続けてしまう。

 こんなにずっと触れるだけのキスを何時間も繰り返すのなら、いっそのことちゃんとしたキスをしてしまった方が健全なのではないかと思うほどにしていく。


「えへへ、幸せです。好きな人とちゅーするの、気持ちいいって本当ですね」

「……そうだな。全然眠らせてなくて悪いが」

「幸せだから大丈夫です」


 シャルの頭が俺の胸にすりすりと押しつけられてから、また体勢を変えてキスを繰り返す。いつのまにか暗くなっていて、普通に寝るのにもいい時間になってきたが、それでも覚えたての行為を何度も行っていく。


 それでも、流石にずっと疲れていたシャルは体力の限界が来たのか、こてりと寝てしまう。


 大好きな、ずっと好きだったシャルとの睦みあいで精神的にとても充足したものの……肉体的には、ずっと刺激を受けていたのに我慢させられていたという状況でとても辛くなっていた。


 警戒心もなくベッドに倒れているシャル。眠るときは横になって丸まる癖があるらしい。

 丸まっていることで服がめくれて白い背中が見えていて、スカートの端がめくれている。


 思わずゴクリと生唾を飲み込む。

 流石に起きているときに「体を見せて」やら「パンツを見せて」などと要求出来るはずもない。


 疲れ果てて眠っていることを思うと、ちょっとスカートをめくるぐらいならバレないだろうし……。多分、嫌がったりはしないだろう。


 俺がスカートの端を摘まみ、持ち上げようとしたところで良心がやってくる。

「寝ている女の子のスカートをめくるなんて最低だろう」

 その通りだ。だが、欲望も同時にやってくる。

「起きてても許してくれるだろうし、ちょっと見るぐらい許されるだろう」

 確かに……。


 どうしようかとスカートを摘みながら迷っていると、シャルが寝返りを打って仰向けになる。

 このままめくりあげれば、シャルのパンツを見ることが出来る……しかし、それは人道に反するのではないか。


 良心と欲望が長時間の死闘を繰り広げていると、突然カチャリと扉が開く。


「ランドロスさん、もう寝まし…………」


 入ってきたカルアと目が合う。シャルのスカートを摘まみ、持ち上げようとしていたときに。


「う、わぁ……」


 その物音に反応したのか、シャルが「んぅ……」と言いながら目を覚まして、俺と目が合う。そのあと脚に違和感を覚えたのか自分のスカートを摘まんでいる俺の手を見る。


 真っ青にしている俺の顔を見る。スカートを見る。俺の顔を見る。スカートを見る。


「ひゃ、ひゃあっ! な、何してるんですかっ!」

「わ、悪い! ごめん!」


 俺はスカートから手を離してベッドから飛び降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る