第69話

 これ、言い訳のしようがある状況だろうか。


「ち、違う。違うんだ。聞いてくれ」


 焦りながら発した俺の言葉に、シャルは顔を赤らめながら頷く。


「えっ、えっと……そ、そうですよね。僕のスカートがめくれていたから直してくれようとしていたんですよね? すみません。ちゃんと着替えていた方がよかったです」


 言い訳をしようと考えていたら、シャルが先に言い訳を用意してくれる。

 俺は頷こうかと迷うが……今更、嘘を吐いて誤魔化そうとするのはどうなんだという良心の呵責に悩まされる。


「ら、ランドロスさん?」

「……ご、ごめんなさい」


 あんな酷い状況でも俺を信じようとしてくれているシャル。そんな人が寝ているときにスカートをめくろうとしていたなど……許されることなのだろうか。


 俺が頭を下げると、シャルは困惑したように顔を赤くする。


「あ、あの……じゃあ、何を……しようとしていたんですか?」

「……シャルの、パンツが見たかったんだ」

「え、えぇ……」


 シャルの表情が引きつる。


「へ、変態です。下着を見たいなんて……」

「ち、違うんだ! その、寝ているところを可愛いなって眺めていたら、こう……ムラッときてしまって」

「へ、変態じゃないですかっ! ……そ、それは、流石に恥ずかしいですよ」

「ご、ごめん……」


 その俺達の様子を見ていたカルアはドン引きしていた。「うわぁ」と口にしていないのに、その言葉が伝わってくる微妙な表情。


「……う、うわぁ……」


 そして実際に口にした。

 ……魔族汁が出そうである。変な意味の魔族汁ではなく目から出る汁だ。


「……ひ、引かないであげてください! こんな格好で寝ていた僕が悪いんです!」

「い、いや、引いてませんよ? 男の人ですからね、女性の体に興味があるのは仕方ないです」

「そうなんですか?」

「見たいとか触りたいとか思うみたいですよ。女の人よりもずっと」

「ええ……そうなんですか?」

「……まぁ、そうかもしれない」


 二人にドン引きしたような目で見られる。……仕方ないだろう。俺も男だ。


「……ま、まぁ、嫌いにはなっていないので、そんなに落ち込まなくても……ちゅーしてくれたら許してあげます」

「ほ、本当か!」


 と、俺がシャルに飛びつこうとすると、カルアに後ろから掴まれて止められる。


「……あの、私、お二人がイチャイチャとするのを見にきたわけではないんですけど」

「イチャイチャだなんて、そんな……」

「何か用があったのか?」


 カルアが不満げな表情で俺を見て、瓶と紙を取り出す。


「……まず、こちらが武闘大会のための提出する書類です。……書けないだろうと思うので、後日代筆しますね」

「ああ、助かる」

「それと、イユリさんからこっちの瓶に魔力を込めてほしいとのことです」


 用事が済んだらしいカルアは帰る様子もなく、ベッドに腰掛けてシャルを見る。


「ど、どうかしましたか。カルアさん」

「……いや、その……悪いことをしたときはちゃんと叱るべきだと思いますよ」

「叱りましたよ。でも、これ以上は可哀想じゃないですか。ちょっとした悪戯ですし」

「全然反省してないですよ。ランドロスさんは。こういうのはちゃんとキツく言わないと、反省しないです」

「反省してます。ね、ランドロスさん」


 俺がコクリと頷くと、シャルは勝ち誇った顔でカルアを見る。


「全然反省してないですよ、見たら分かります。またやりますよ」

「……なら、そのときにまた叱ります」

「シャルさんにする分にはそれでいいかもしれないですけど、他の方に被害が出るかもしれないじゃないですか。ちゃんと叱らないとダメです。マスターとかに被害が出てしまいます」

「僕の教育方針はこれなんですっ! キツく躾けては伸び伸びと育たなくなってしまうんですよ!」

「他の人に迷惑をかけないように教えるのが大切です!」


 シャルとカルアがバチバチと睨み合う。

 ……俺、放っておくとマスターのスカートをめくるようなやつだと思われているのか?


 いや、シャルにしてしまいそうになった前科が出来てしまったので何も言えないが。


「あのですね、私の方が長い時間ランドロスさんを見ています。ランドロスさんは、ちゃんと叱らないと分からないタイプです」

「むっ、それは聞き捨てなりませんね。ランドロスさんは叱られたらもうしない、いい子ですよ。僕の方が先にランドロスさんに会ってます」


 何故か歳下の女の子二人が俺の教育方針で揉めている。何故そうなったのか。何が悪かったのか……。


「……じゃあ、いいです。私は私で叱りますから。ランドロスさん今から私の部屋に行きますよ」

「ま、待ってください! 今から寝るところです!」

「寝るのより大切ですから」

「もうお説教は終わりました。返してください」

「……嫌です。ランドロスさんは一緒に寝るんです」

「正体を現しましたね。……この部屋にいてもいいですから連れ去るのはダメです。僕はあまり長い時間いられないんですから、少しは譲ってください」

「……夕方からずっと一緒に寝てるじゃないですか」


 修羅場が再び盛り返してきた。ちょっとスカートをめくろうとしただけなのになんでこんなことに……。


「ランドロスさんは僕と一緒に寝たいですよね?」

「……ま、まあ……そりゃそうだが」

「私と一緒に寝たいですよね?」

「……そ、それも……そうなんだけど……ああ、そうだ。シャルとカルアが一緒に寝て、俺は一人で寝るのはどうだ?」


 シャルが冷たい目で俺を見る。


「……よく分からない冗談です。……僕と一緒に寝てくれるなら、その、見たがっていたものを見せてあげますよ?」

「ほ、本当か?」

「ま、またそうやってランドロスさんを甘やかして! ダメです! そういうのは不潔です!」


 ……逃げ出したい。

 怖い。二人、怖い。

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