第47話
迷宮の探索をしているとカルアが草を千切りながらポツリと口を開く。
「この草って、種にふわふわの毛が生えていて風に飛ばされて落ちた場所で生息域を広げるって生態なんですけど。生息域を広げられるほど、1階層ごとには広くないんですよね。この植物の綿毛は、この環境においては無駄でしかない話なんです」
カルアは説明をするように、あるいは自分の考えを纏めるように言葉を紡いでいく。俺の隣を歩いているメレクはあまり興味がないからか、聞いている様子はなかった。
「綿毛の綿をたくさん付けるものほど環境に不向きで無駄な養分を使うので、綿毛をあまり持たない同種に負けやすいはずで、世代を追うごとに綿毛がない種ばかりが生き残るので、徐々に綿毛がなくなっていくはずです。迷宮が発見されてから、あるいは発見されるまで、長い時間があったはずだというのに……です」
「……つまりどういうことだ?」
「この迷宮の環境は、誰かの意思によって発生されているということです。分かりやすく言い換えれば……この迷宮は、まだ生きています。誰かも分からない創作者の意思が介在していると思われます」
「作った奴が生きていると?」
「いえ、遺跡ではないというだけで、創作者の生死は分かりません。エルフとかの長命種なら……あるいはこれほどの建造物を作れる技術力があれば、生きていてもおかしくはありませんが」
カルアは触れた全てに意味を見出すようにあれを拾ってこれを拾ってと繰り返し、ひたすらにメモをしていく。
世界を救うという言葉は、冗談でも何でもないのだろう。
ネネはカルアをヒモだと呼んでいるが、俺は到底そうは思えない。
世界を救う。あるいは人を幸せに出来るのは……戦って魔王を倒した俺でも、トドメを刺した勇者でも、権力を欲しているルーナでもなく、きっとカルアのような……人のために手を握ってくれるような、そんな優しい人だろう。
ジッとカルアを見ていると、カルアは小さく小首を傾げて、俺の方に笑いかける。
「どうしましたか?」
「……いや、別に」
世界を救えると信じている。などと言ってしまえば調子に乗ってしまいそうだ。
まぁ、食事をたかられたときにおごるのぐらいはしてやるか。
「こんなに奥まで来られるというのは想定していなかったのでありがたいですね。他の研究者が入ってるのなんて、せいぜいが5階層ぐらいのものです」
「良かったな」
「メモ帳がちょっと足りなさそうですけどね。……そういえば、実際に私が見たわけじゃないんですけど、迷宮の禁忌って知っていますか?」
「禁忌?」
俺が尋ねると、メレクは気怠そうに欠伸をしながら答える。
「大規模破壊、開発、同じ階層に長時間滞在。今知られているのは三つだな。それを犯すと、異様な強さを持つナニカが現れて探索者に襲い掛かる。俺もそこそこ長いこと過ごしたが、見たことはないな。俺よりも強い奴が『まず勝てない』と言っていたからな。ちゃんと守っている」
カルアは大きく頷く。
「簡単に言うと、迷宮内の環境保全のための機能だと思われますね」
「環境保全?」
「はい。言ってしまえば、迷宮の機能を不全させるようなことをしたら怒られるということです。おそらく……禁忌にないからと言って、沢山の植物の種を撒いたりしたら出てくる可能性もあります。……試しませんが」
試したそうだな。まぁそんな危険そうなことをしようとしたら止めるが。
「……あまり危ないことをするなよ?」
「んぅ……はい。分かってます。ランドロスさんにご迷惑はおかけしません」
「いや、そうじゃなくてな。お前の身が危ないからやめろって言っているんだ。俺が一緒のときじゃなくてもやめろ」
「あっ……は、はい……」
俺とカルアのやりとりを見ていたメレクがため息を吐く。
「……ランドロス、そういうところだぞ、お前」
「何がだ?」
「いや……後で説教な」
「何でだ!?」
理不尽な……変なことは言ってないだろ。
「……なんかランドロスと同じなら荷物がなくて楽だからかなりペースがいいな。ちょっと進みすぎているから、早めに休むか」
「ペースが早いとダメなのか?」
「まぁ、そろそろ休憩が面倒な階層が多いからな。一度早めに休んでから、休みやすい階層まで一気にいく感じだな」
「次の草原の階層はダメなんですか?」
「あそこは見晴らしはいいが風が強いからな。おーい、ネネ、そろそろ休憩だ!」
メレクは前を歩いているネネを呼びにいく。
やはりこういう先導がいると楽だな。
メレクが呼んできている間に適当にテントを組み立てる。
一つ目を組み立てた後にメレクが戻ってきたのでメレクに尋ねる。
「テントは一つでいいか? 見張りは俺がするが」
「いや、俺妻帯者だぞ。余裕があるなら別にしてくれ。というか、二人も嫌だろ」
「了解。カルアはそういうの気にしないと思うけどな」
「…………お前、本当、説教追加な」
「なんでだよ」
テントを組み立てたあと、ついでに木材を取り出して、組み立てて簡単な物見台を作ってそれに登る。
適当に作って見たが、そこそこ便利だな。これからも使っていくか。
メレクがテントに入って寝たのを見てから、周りに獣がいないかを探る。もしもの時にすぐ反応出来るよう、投槍と弓矢を隣に置いて周りを見回す。
シャルの写真を見たいところだが、ちゃんと見張りをしてないとダメか。
しばらく待っているとテントがめくれる音と人が登ってくる音が聞こえる。
「カルアか?」
「……違う」
「あれ、ネネか。どうかしたのか?」
「……悪かった、ね」
「いや、別に悪かったとは思わないが」
ネネは登って来たかと思うと、毛布に包まって身体を丸めて目を閉じる。
「……ああいう、周りが見えない場所は苦手」
「猫なのにか?」
「獣人は全部が全部、そういう特徴が残ってるわけじゃない」
「そうなのか。悪いな」
「……私は、見晴らしのいいところじゃないと寝れない」
「……そうか。まぁ別にいいが、寒くないか?」
「……ひっつくなよ」
「毛布を出してやろうかってだけだよ。……まぁ、そこに置いておくから、必要なら使えよ」
ネネは俺を警戒するように端っこに寄って目を閉じる。
嫌われているのか?
「……嫌いというわけじゃない。人が近いのが苦手なだけ」
「……その割には、ずっとギルドハウスにいるよな」
「……うるさい。寝れない」
「はいはい。おやすみ」
よく分からないな。と、思ったが……ネネの立ち振る舞いを思えば、なんとなく察しはつく。
足音のない歩行、衣擦れの音が出ない黒装束、直接的な戦闘には向いていなさそうな小さな短刀を使用していることや、染み付いた薬品と血の匂い。
知っている人物に比べると幾分も年若く、俺と変わらないような年齢だが、おそらくネネは。
暗殺をする仕事に就いていたのだろう。暗く見晴らしが悪い場所を嫌うのは、そこが自分が人を殺した場所だからかもしれない。
「……まぁ、色々あるものか」
あまり触れる必要もないだろう。次寝るときは、他のやつが見張りをする時もネネが寝るようにこの台を出してやるぐらいでいいか。
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