第33話
「えっと、手順と言いますか……。そのノアの塔って複雑な魔法で構成されているんです。中の空間を無理矢理引き伸ばしたり、外界から断絶させることで基本的な構造を成り立たせているんです」
イユリは少し話し始めると、水を得た魚のようにペラペラと口を回す。ああ、そう言えばこういう魔法オタクだったな……この子。話が長くなりそうだ。
「────という風にですね、空間魔法を中心として多数の……それこそ、数千、数万、もしかしたら数億もの術式が組み合わされることでノアの塔という異様な塔が出来ているわけなんです。そのため通常の方法だと破壊不能ですし、正規の手順では入口以外から出入りする方法はないわけです」
話が長い……数人のギルド員が難しい話についていけずに机に突っ伏していた。私もほとんど分からない。
「それで、まぁその魔法の脆弱性……あ、この脆弱性っていうのは魔法の結果的な強度ではなくてですね、魔法を構造している術式にどれだけ干渉しやすいかの脆弱性なんですけどね」
「……えっと……結局はどうすればいいんだ?」
「私お手製のこの魔法の短剣を迷宮の壁や床に突き刺してもらうと、迷宮の術式の権限を一部、一瞬だけ奪うことが出来るんです。これもですね、複雑な術式故に魔力の供給先が大量にあって正規の魔力の供給先とこの短剣を誤認させることが出来てですね。一時的に術式の書き換えが可能になるんです。つまり一時的にではありますが、別のところを入口と誤認させて穴を開けられるということです」
「ええっと……つまり?」
「誰かがランドロスさんの魔力を込めたこの短剣を人気のない場所で突き刺せばいいということです。……まぁ、今の段階の技術力なら、ニ階層に移動するのがせいぜいですけど」
つまり……全然よく分からないけど、ランドロスが戻ってきたら、入口を通さずに迷宮にいけるということか。
「ふむ……でも、ランドロスがいつ戻ってくるのか分からない。他に手はないか、あるいは勇者の動向を探りつつ、臨機応変に柔軟性を持って過ごすように。あと、仕事がないからってお酒ばっかり飲んでたらダメだからね?」
私の注意に数人がギクッとした表情を浮かべる。全く……。
早く帰って来てくれたらいいんだけど。……むぅタイミングが悪いものである。
◇◆◇◆◇◆◇
「ランドロスさーん、ランドロスさん? ロスさーん、何してるんです?」
「ん? そりゃ文字を勉強してる」
「へー、面倒みがいいですね」
「ああ、いい子たちだ」
「……ん?」
ボロボロの教本を持って頭を傾げる。
案外覚えられないな……。武器の扱い方ならすぐに覚えられるんだが……こう、座学は難しい。
そう思っているとカルアは「ええ……」と頰を引きつらせる。
「教える側じゃなくて習う側なんですか……」
「そりゃ文字はあまり読めないからな。母親も文字は読めなかったし、後は森で暮らしたり旅をしたりで、習うタイミングなんてなかったからよかった」
「まぁそれはそうかもしれませんけど……。なんか子供から習ってる姿がアレですね」
「大丈夫だ。後で剣の戦い方を教えるという交換条件で習ってる」
「それもそれでどうかと思いますけど……」
一通り簡単な文字の書き方を教わる。……孤児でも文字を習うなんて、ここの孤児院は本当にしっかりしているな。簡単な算術も習っているらしいし。
少し休憩をしてから、少し庭の開けたところに数人の男の子と共に集まる。
「よし、まずな。対人戦の基本だが……」
「基本?」
「ああ、基本的なことだ。対人で斬り合えば、おおよその場合でどちらかが死ぬ。半分は死ぬ。だから、人とは戦うな。戦わなければならないときは、確実に勝てる敵を見定めて、念入りに準備をして、不意打ちで一方的に気が付かれる前に殺せ。分かったか?」
俺が子供達にそう教えていると背後からバシンと俺の頭が叩かれる。
「こ、子供になんてこと教えてんですかっ!?」
「えっ、い、いや、対人戦の基本だが……」
「『みんなを守るために強くなりたいー』って子供に不意打ちで一方的に殺せとか、やばい人ですよっ」
「ええ……じゃあ何を教えたら……」
「剣の振り方とかでいいじゃないですか」
「ああ、そういう……」
「ランドロスさんは殺伐としすぎなんですよ、見てくださいこの純粋な顔を! みんな、もう忘れていいですからね?」
「……いや、こんな時代だから、心構えぐらいはしておいた方がいい。この街はまだ大丈夫だが……荒れるぞ」
今のこの国は飢えている。働き手は多く死んで、増えた孤児は見捨てられそうになっている。
人を殺すのなんて可能な限り避けた方がいいだろうが……必要なときはくるかもしれない。
カルアは真っ直ぐに俺を見つめる。
「荒れません。荒れさせません。言いました。私が世界を救うと。飢えは減ります。弱者に負担が寄る構造はゆっくりと変わっていきます」
カルアは背伸びをして手を伸ばし、グシャグシャと俺の頭を撫でる。
「この子達は貴方のような不幸な目に遭うことはないですから。必要ありません」
「……そうか」
「はい。そうです。ランドロスさんなりに子供のことを思ってだったのに……叩いて悪かったです」
「……いや、俺もカルアが世界を救うということを失念していたな。悪い、浅慮だった」
じゃあ……まぁ魔物との戦い方の方が実用的か。飢えはなくなっても、魔物はいなくならないだろう。
とりあえず剣の握り方からでいいか。
俺が人数分のいい感じの木の枝を取り出していると、カルアは少し驚いたように青い目をパチパチと瞬かせて俺を見ていた。
「どうかしたか?」
「……本当に、信じてくれているんですね。私のことを」
「疑うところなんてあるか?」
「……世界を救う。だなんて……誰も信じてくれたことはありませんよ。馬鹿な夢見がちな小娘だと、頭の中お花畑だと、ずっと言われてきていました」
照れたような笑みを浮かべる。いつも俺を見ているジトリとした目ではなく、嬉しそうな優しそうな瞳だ。
薄桃色の形の良い唇が、ゆっくりと揺れて、ふにゃりとした年相応の柔らかい笑顔が浮かぶ。
「ギルドのみんなも、馬鹿にはしませんし、応援はしてくれていますけど……信じてはくれていません」
「……そうか」
「……だから、ありがとうございます。信じてくれて」
子供に木の枝を渡すために屈みながら、微笑んだカルアの姿に思わず見惚れる。
カルアはすぐにハッとしたような表情を浮かべて、両手で俺の髪をわしゃわしゃと撫で回してから、真っ赤な顔をして走っていく。
「あ、い、今のなしでっ! やっぱり今のはなかったことでお願いしますっ!!」
いや……それは無理じゃないか?
俺は子供に剣の握り方を教えながらそう思った。
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