第30話

 シャルに連れられて、子供達がいる部屋に通される。

 思っていたよりも人間が少ないと思っていると、シャルに「小さい子はもう寝ているんです」と説明された。


 今起きているのはシャルとナミちゃんを除くと、シャルと同じぐらいの女の子がひとりと、少し歳下の男の子と女の子がひとりずつだ。


「みんな、この人がランドロスさんですよ。ほら、お礼を言ってください」

「いや……別にそういうのはいい」

「ダメです。ちゃんと助けてもらったらお礼をする、それが大切です」


 シャルに促されて口々に礼を言うが、あまり無理をしていたり嫌がっている様子はない。流石にシャルのように歳不相応なほどの聡明さはなさそうだが、孤児とは思えないほど、しっかりとした子ばかりだ。


 俺よりもちゃんとしてるんじゃないだろうか。この子たち。


 一通りお礼を言い終えた子供たちは俺を椅子に座らせて囲む。


「ね、ねぇランドさん、シャルにプロポーズしたってほんと?」


 シャルと同じぐらいの年齢の少女が興味深々とばかりに俺の前にきて尋ねる。シャルはその少女の言葉に少し焦ったように慌てて口を開いた。


「な、何を聞いてるんですっ! ランドロスさんに失礼ですっ! そういう個人的な話はっ!」

「えー、気になるもん」

「気になるもんじゃないですっ!」

「まぁ、それはいいや。話しは変わるけど……どんなところが好きなの?」

「全然話変わってないですっ!」


 同じぐらいの年齢の気の知れた仲だからか、シャルはいつもより少し子供っぽく、プンプンと怒る。


「……まぁ、優しいところが」

「きゃー、優しいところだって! 聞いた? きゃー!」

「きゃー! じゃあないですっ! ランドロスさんも答えなくていいですからねっ!」

「ああ……」


 勢いに負ける。

 どうやら元々勉強していたのか、少女はボロボロの本を机に放り出して、俺に次々と質問をしていく。


「ね、どこまでいったの?」

「どこまで……というと」

「ちゅーはした?」

「そ、そんなことをするわけないだろ。そもそも、俺が一方的に好意を持っているだけで」

「えっ、でも、さっきからずっとランドさんのことを自慢して──」

「よ、余計なことは言わなくていいですっ!」


 シャルはブンブンと腕を振って俺と少女を引き離す。


「もう寝る時間ですっ!」

「まだ早いよー。そんなに私とランドさんが話すの嫌なの? 嫉妬深いー」

「嫉妬深くないです。全然、嫉妬深くはないです」

「大丈夫だよ、盗らないよー」

「そんなの、全然心配してないです。ね、ランドロスさん」


 シャルの手が俺の服の裾をチョンと摘まむ。


「あ、ああ……まぁ、そうだな」

「へー、そっかー、なるほどね」


 ダメだ、この子、俺よりも恋愛偏差値が高そうなおませさんだ。

 このままでは俺のシャルへの淡い恋心を笑われてしまう。俺はわざとらしく欠伸をして部屋から去ろうとして──。


「ランドロスさん、一応おおよその費用を概算しましたよ」


 出ようとした扉から、カルアが入ってきた。


「きゃ、きゃー! 三角関係!? もしかして三角関係!?」

「も、もう、失礼じゃないですかっ」


 少女とシャルがそう騒いでいると、カルアが冷めた目で俺を見る。


「ええ……いや、ランドロスさんはないですよ。アホの子ですし、そんな面倒を見ないとダメな男の人は好みじゃないです」

「……辛辣だな」

「事実です。私に面倒な作業をさせておいて、こんなところで遊んでいるなんて。ほら、行きますよ」


 カルアに手を引っ張られて引きずられる。

 ああ、シャル……と、思っていると、シャルはプンスカと少女に怒っていたが、少女はどこ吹く風と言った様子で楽しそうに「強力なライバルだね!」と言っていた。


 ……いや、別にどちらからも恋愛対象とは見られていないんだが。

 歩くだけで床が落ちそうな廊下を歩き、先の部屋に入る。なんとなく泊まることになっているが……よく考えたら、この部屋ベッド一つしかないぞ。


 そう思っていたが、カルアは気にした様子もなく話を始める。


「細かく考えましたが、やっぱり、収入はギリギリですね。成り立たないわけではないですが、カツカツは続きます。……まぁ、卒院する子供が出ることや、新しい子供が入ってこないことを前提にならなんとかなると思いますが」

「……院長の性格からして、ダメだと言っても受け入れそうだな」

「そうなんですよね。戦争は終わったので急激に増えたりはしないと思いますが、まぁ厳しいです。……それに……他の孤児院から流れてくる子供もいるでしょうから」


 カルアはペンの尻をトントンと、机の上で鳴らす。


「分裂の結果、孤児院の半数程度が潰れるとして……まぁ、ある程度の子供は残った孤児院に移されることになると思います」

「……元々の半分以下の予算で、同じだけの子供を育てるのか?」

「場所もないので寿司詰めでしょうね。元々飢えていたことを思うと、路上生活とさして変わらない環境かもです。まぁこの孤児院には強力なパトロンがいるので、そこまで酷いことにはならないでしょうが」


 ……ここの子供は救いたい。だが……だからといって、昔の俺のような、寂しくひもじい子供を放置はしたくない。


 ……だが……それでも、さっき触れ合った子供の笑顔を思い出すと、とてもではないが……全部の子供に少しずつ恵むなんてことをして、ここの子供を平等に飢えさせるのは嫌だ。


「……ひとつ、提案があります」

「提案?」

「私の目的を覚えていますか?」

「俺と迷宮に長期間篭ることだろ?」

「いえ、この旅の目的ではなく、ラビリンスラットに加入した目的です」


 カルアが加入した目的。それは俺にとって、少しばかり衝撃的なものだったのでよく覚えている。


「世界を救う。だったか」

「はい。迷宮の持つ未知の技術を研究して、利用することで行うんです。……一部でも成功したら、私は大金持ちになれます」

「……それは……つまり……」

「全面的に私の研究に協力してください。成功するまでに飢えて死ぬ子供も出るでしょうが……それでも、それが一番多くを救えます」


 無茶な話だ。研究をして成果が出たら金持ちになれる、なんてひどく雑な夢物語だ。

 けれどカルアの青い目は真っ直ぐに俺を向いていて、幼さを残した顔立ちは強い決意を思わせるほどに凛々しかった。


「……伊達や酔狂で、世界を救うなんて言ってはいませんよ。私にはそれが出来ます」

「……にわかには、信じがたい」

「そうでしょう。でも、もう一度言います。私にはそれが出来ます」


 無茶な話だ。けれど、それは……嘘ではないのかもしれない。

 カルアはそれだけの目をしていて、決して嘘を吐かない人物であることを、俺は知っていたからだ。

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