クエスト14:フィル・ミミーからの頼みごと

 フィックシーのホテルにて、事件の解決・森の妖精との和解を記念して昼食も兼ねた宴が開かれ、皆が歌って踊り、大騒ぎをした。

 そんな風に大いに盛り上がった後、今晩泊まる部屋・337号室に移動して休憩に入った紬たちはルーナのスマートフォンを通してサヤとガールズトーク中だ。

 彼女はまず画面の向こうでいきなり着物をはだけて谷間・・のドアップを見せつけ、紬たちをビビらせた。

 そのあとで愛用の瓶底メガネを少しずらして目元も見せたが、すぐかけ直した。


『紬ちゃんのスマホ直してもらえたんだね! おめでとう、いやぁホント良かったね』

「テッカちゃんってば相変わらず仕事が早くて驚いちゃったわ。ツムギちゃんも、ほら、顔出して」


 サヤの色香に見とれていたのをごまかし、紬は言われた通りにする。

 狙い通りとでも言いたげにサヤはしたり顔をして、紬を少し困らせる。


「森の妖精さんもわたしらの言い分をわかってくれたしな。いえ〜い」

「いくらサヤ姉の頼みでもニャーなんて言いませんよーだ」

「サヤさーん! なんだか不思議な力に目覚めたみたいなんです。いるだけでルーナさんたちがますます強くなって……」

『すごいことになってるわねぇ。あっ、気さくにサヤ姉って呼んでくれてもかまわないわよ』

「それじゃサヤ姉さん、私たち、今日はフィックシーにそのままお泊まりするんで……」

『いいよいいよー。そんでその後どうする? フィールミックの舞台は満席だったんでしょ』


 もちろん大事な話は欠かさない。

 フェンリーが経過報告とピースサインをして、紬もスズカを押しのけて自分の力について話す。

 うつつを抜かせばあとで後悔するのは、自分たちである。


「せっかくだから、フィル・ミミー王子に会いに行ってみるわ。それじゃ、サヤも無理しないようにね!」

『そっちもね、生まれつきバニーちゃん!』

「ふっふっふー。そう、サヤの言う通り私は生まれながらのバニーガールなのです。ユキウサギの獣人だからねっ」

「そういえばスズカさんってネコの獣人なのに、びっくりほどネコ語使わないよね」

「みんながみんなそうじゃないにゃ。あっ今のなしですよ」

『にゃーって言ったね、にゃーって。ごまかせないわよ!』


 そうして、楽しいガールズトークは終わり、また外出する準備と戻ったらすんなりと寝られるようにする準備を済ませてから、ルーナたちはホテリア・フィックシー支店を出る。

 食後の運動も兼ねて、日が暮れるまで時間を潰そうという魂胆だ。

 ――ちなみにやはりというべきか、フィックシー支店もまた周りの雰囲気に合わせて渋めの外観をしていた。


「あっ! ルーナさん! 先ほどはありがとうございました。ところで公演は明日ですが……」

「違うの。うちのギルマスに代わってフィルに挨拶くらいしていこうと思いまして……」


 行き先は劇場である。

 レトロながらもモダンでロマンのあふれる雰囲気のロビーに入って、受付のスタッフからも感謝の言葉をありがたくいただいたルーナは、座長に会いたいという旨を伝えようとしたが――。


「やあやあやあやあ、誰かと思ったらルーナ君! フェンリー君にスズカ君まで!!」


 相手のほうからやってきた。

 舞台用の衣装から、劇団の座長らしい高貴な装いに着替えを済ませており、気品と色気を漂わせている。

 このフィル・ミミーという女の魅力や人気に関しては、あくまでボーイッシュで凛々しい女性であることが重要なのだ。


「フィル・ミミー王子!」

「たまにはお姫様をやりたいんだけどね」


 芝居がかった挨拶をした後、彼女とルーナは握手を交わす。

 傍から見ているフェンリーら3人は、フィルに対してため息が出るほどうっとりしていた。


「かっこいい……」

「君が最近ピースクラフターに入団した天ノ橋さんだよね? わたしたちのことを、気に入ってもらえたのなら光栄だ」


 ルーナの隣という位置をキープしたまま、フィルは飄々としたスマイルとともに声をかける。

 すると、あろうことか紬は両目に赤みのあるピンク色のハートマークを宿し、とてつもないスピードを出してフィルへと急接近して顔も近付けた。


「ちょうど午後の部をやり終わって、明日に備えて休憩やレッスンをやっていたところなんだ。天ノ橋さんも、良ければ社会見学の一環と思って……どうだい? 我がフィールミック一座の舞台裏、気にならないか?」


 少し「ギョッ!?」とさせられたが、咳払いをしてから気を取り直し、フィックシーの街を守ってもらったことへのお礼も兼ねて紬を誘ってみた。


「……はい!!」


 彼女がその答えを返すまでに迷いなどなく――。

 「待ってました!」と言わんばかりに、フィル・ミミーはうきうきと足を弾ませて紬とルーナたちを楽屋へと案内する。

 大きな劇場の中だけあって楽屋もスペースにかなりの余裕があり、大勢のキャストとスタッフが明日の公演に備えて、それぞれにできることをやっている最中だ。

 デミヒューマンであるか、デミヒューマンでないかは問われない。


「【チーネ】さんに【エナン】さん、【リオナイン】さんに【クルック】さん、【ロキシー】ちゃんも……すごーい、みんないる!」

「スズカ君、それだけうちのメンツのことを覚えてくれてたなんて、わたしも嬉しい……」


 スズカが話題に出した順番に、マルチーズの耳と尻尾が生えた獣人、見た目は普通の人間の女性と大差ないがイタチザメの遺伝子と特性を持つ亜人、ホワイトライオンの耳と尻尾を生やしたタテガミのような髪型の獣人、ハトの翼を生やした手品師を思わせる服装の鳥人、そして、コバルトヤドクガエルの遺伝子を有する青の撥水パーカーを着た亜人――。

 その誰もがフィールミック一座が誇る女性キャストだ。

 しかし、デミヒューマンのキャストがあとひとりだけその場にいないことにスズカも、ルーナたちも違和感を覚える。


「あれ? そういえば、【ベントー】さんはどこに?」

「お弁当?」

「違う違う、マダコの亜人で大道芸人もやってるうちのアクトレスだよ。天ノ橋さんの世界のスペイン語で、吸盤を意味するベントーサにちなんだ名前なんだ」


 そのスペイン語は意外にも、紬も知っていそうで知らなかった。

 いや、知っていてわざとボケたのかもしれない。

 天ノ橋紬は、割とそういう側面が見られる女だからだ。


「その、ベントーさんなんだけどね……。最近体調が優れなかったみたいで、芸のレッスン中に失敗して倒れ込んでしまったんだ。わたしからも働きすぎだ、休んだ方がいいって言ったんだが、彼女は聞いてくれなくて」


 そこまで話をしてから、フィルは複雑そうな顔をしながら先日のことを振り返る――。


 《すり寄るのはやめて! ボクなんかのために気も遣ってくれなくていい! 代わりになる人を探して来たらいいじゃない!》

 《どうしてそんなことばかり言うんだ! わたしたちはベントーさんがいてくれたからこそ、ここまでやってこられたのに》

 《それは座長やみんなが上手にフォローをしてくれてたからでしょ。ボクのおかげなんかじゃない》

 《違う、わかって……》

 《もういいよ、どの道復帰したところで前までのようには出来ない! ボクにばっかり頼らないでくれ!》


 その日は、思い詰めて余裕をなくしていたベントーから激しく拒絶されてしまったのだ。

 そうして彼女は皆が心配している前で、楽屋裏から去ってしまったのである。


「それでおとといの晩、彼女はスランプを苦に飛び出してしまって……」

「そんなぁ! あんなに器用なパフォーマンスできる人、なかなかいないのに!」

「そうだよ、フィールミック一座でも一番の大道芸人だったじゃんか。どうして脱走なんか……」

「このところ不調で失敗続きだったから、思い詰めていたのかもしれないね。それでわたしが気を遣ったのが、かえってベントーさんを刺激してしまった。座長として情けない限り」


 楽屋の奥のほうにある座敷へ移動して話を続けていたところ、フィルはそれまでのほがらかな笑みから一転、ベントーのことで不安を抱いているところをのぞかせた。

 しかし希望がないわけではない――。


「……多分、ここから北東の【ヨセテミ山】にいると思うんだ。彼女のお気に入りスポットなんで……」

「タコさんなのにお山へ?」

「ベントーさんは海生まれで陸育ち、お山が大好きだからね。ともかく、わたしは手が離せないから、お忙しいところ申し訳ないのだが連れもどして来てほしい。ごめんね……」


 「表情を曇らせるな」、と伝えるかのようにルーナがフィルに顔を上げさせ、前も向かせた。

 そこにあったのは、自信に満ち溢れたルーナたちの笑顔。

 沈んでいたフィルも、元気をおすそ分けしてもらえた気分になった。


「任せといて、フィル王子! 必ず連れもどして、ベントーさんを最高のパフォーマーとして復帰させてみせますから!」

「ありがとう、ルーナ君……!!」


 フィルがキャストの捜索依頼を引き受けてくれた頼もしい助っ人たちに対して流した涙もまた、芝居――などではなかった。

 その優しさに感銘を受けて心から流したものだ。



 ◆



「ゆっくりハイキングしてみたかったんだけどな。また今度だ」

「あそこって何があるんです?」

「山中に国立公園があるんだわ。湖とか滝とか、大陸一大きな岩とか、見所がいーっぱい」

「ふたりとも、それよりベントーさんを探しましょうよ!」


 劇団から逃げ出したベントーがいるかもしれないという、フィックシーから更に北東にあるヨセテミ山の付近を訪れたルーナたち。

 よく描けている似顔絵と彼女の写真を頼りに、ベントーの捜索を開始した。


「ベントーさーん! お弁当屋さーん! 弁当売りさーん!! ……いないみたい」

「わたしらしかいないからいいけど、そんなに大声出しすぎたらみっともないぞ。人のこと言えね~けどさ」


 茂みの草をかき分けて林の中へと入って行く。

 地図によれば、その林の近くにヨセテミ山を臨む川が流れているようだ。

 くだんのベントーは陸育ちで山が好きと言っても、水棲動物の遺伝子と特性を発現させた亜人なのだ。

 いるとすれば水浴びができそうなところだろう、と、そう判断したためだ。

 

「どったの、スズさん?」

「フェンリー先輩、ベントーさん……いました」


 林から川辺に出ようとしたところで、何か発見したスズカは木と木の間に身を隠す。

 訝しがったフェンリーらに指を差して説明――すると、彼女が言ったとおり、そこには探し人にして、似顔絵の女性がいた。

 オレンジ色のふわりとした髪を伸ばしていて、ご丁寧に触手まで生えている。

 衣服はそれっぽく・・・・・、ウェットな材質とデザインのものだ。


「はぁ……。ボクもうダメかもしんない。ジャグリングも、玉乗りしながらの逆立ちも、ポールダンスも、プロジェクション・マッピングに合わせて擬態をするのも……」


 雲が浮かぶ空と川の流れを見ながら、タコの亜人の女はたそがれている。

 横顔だけでも、著しく落ち込んでいることがうかがえるが――ルーナたちは既に彼女のすぐそこまで接近を試みた。


「ここにいたんだね、ベントーさん!」

「ひゃっ!? る、ルーナじゃん。なんでここがわかった?」

「あなたのところの王子様に聞いたもんでね。彼女とっても心配してくれてたわよ、一緒に帰りましょ?」


 心底驚きながら、ベントーは自分を訪ねてやって来たルーナたちのほうを振り向いた。

 その瞳は潤いに満ちた水色で、戸惑いに口をほころばせながらもよく整った顔立ちをしていることがわかる。


「そうそう。しっかり休んで、パーフェクトに回復してからまたパフォーマンスを見せておくれよ。みんな待っててくれてるんだから」

「やだね! 海には帰らないぞ! ……劇団にもだ。どれだけ気を利かせてもらっても、ボクがいてもいなくても変わんないのは事実なの!」


 フェンリーは彼女を思って厚意を向ける――しかし、ベントーはそれを払い除けた。

 挫折から精神的に弱りきって、自分に自信が持てなくなっていたからだ。


「今は海の話はしてないだろ……」

「うるさい!!」

「いてもいなくてもなんて言わないでくださいよ! あのジャグリングとか棒高跳びとか、トランポリンなしでの大回転ジャンプとかポールダンスとか! そういうアクロバティックな動きとパフォーマンスは、ベントーさんにしかできないことなんです! それに優しいし……」


 拒否されたフェンリーをよそにベントーを引き留めて、劇団にカムバックさせようと必死の説得をはじめたスズカ。

 だが、ベントーは焦燥やためらいから首を横に振ってしまう。


「今までみたいにそれができなくなったから、ボク劇団やめようって思ったの! 帰る気はないって言ってんでしょ、ほっといてよ!」

「そんなこと言わないでベントーさん! あたし、ベントーさんの芸をもっぺん……」

「お前らうるさいんだよいちいちッ!」


 優しくしてくれる彼女たちに対し、ベントーが表情を歪めてまで吐き散らしてしまったのは、思ってもいない、言うつもりじゃなかった――。

 そのような言葉だ。


「分からず屋のあんたには、フィル・ミミー王子たちの気持ちが分かんないのか!?」

「何が王子だよ! 優しすぎるんだよ、あいつは!! あいつみたいなお人よしは嫌いだっ!」

「どど、どうしよう……違うの、ベントーさん、私たち……えーと、そ、その……あなたを笑いに来たとかそういうわけじゃないんです……!」


 ベントーを説得して穏便に解決するのに、ことごとく失敗してしまった。

 心を痛めているのは想定外の事態を前に狼狽ろうばいしている紬やフェンリーにスズカだけでなく、ルーナも同じ。

 そのルーナこそがもっとも今のこの状況を憂いていた。


「相当病んでるみたいね……っ!?」


 その刹那、急に一同に対してベントーが触手をうねらせて叩きつける!

 怒りの表情からもわかる通り、「どうしても帰らない!」と言いたいのだ。


「テコでも動かん!!」

「やるしかない……。私はフィル王子の希望を叶えたいの! 責任をもって、あなたを連れて帰ります!」


 この見境の無い暴走ぶりでは、紬にも被害が及ぶかもしれないし、最悪、全員死ぬとまではいかずとも流血沙汰は避けられない可能性も出てきた――。

 ルーナはフェンリーたちとともに覚悟を決めて、ウサギの装飾付きの大剣を携えた。

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