第一章:The Kingdom of Dreams and Madness

関口 陽(ひなた) (1)

 時間通り、ヤツは博多港の待合室に現われた。なお、ここで云う「時間通り」ってのは「最終便には何とか間に合う」って意味だ。

「あのさぁ……連絡先ぐらい教えてくれよ……」

「無理だ。ウチは……仲間でも、チームが違えば個人情報を知るのは厳禁なんでな」

 中学生男子ぐらいの身長。顔は……個人的にはそこそこだと思うけど……背丈の割に筋肉が付いてるんで、男の子と言われれば「そうかな?」と思い、柔道の軽量級の女子選手と言われれば、これまた「そうかな?」と思うような外見だ。

 こいつは「本土」の「御当地ヒーロー」の自称「見習い」。こんな馬鹿強い「見習い」が居てたまるか、って気はするが。

 こいつと知り合ったのは先月末に「千代田区」で、ある事件が起きた時だ。あ、「千代田区」ってのは、火山灰に埋もれた「本当の東京」の「本当の千代田区」じゃなくて、あくまで日本各地に点在する「関東難民」が暮す人工島、つまり「紛物の東京」の1つだ。

 私が住んでいる同じ「紛物の東京」の1つである「台東区」は壱岐と対馬の間、「千代田区」は壱岐と唐津の間なんで、互いに「一番近い『東京』同士」だ。もっとも……かつては、「本物の千代田区」から「本物の台東区」までは電車で一〇分かそこらだったらしいが、今は「紛物の千代田区」と「紛物の台東区」はフェリーで1時間強。

 しかも……こいつと知り合った時に起きた事件のせいで、「紛物の千代田区」最大の港である「銀座港」には外に漏れたら重大な国際問題になる量の放射性物質が充満したフェリーが鎮座し(ついでに、中には取り残されて苦しみながら死んでいった乗組員の死体が転がり)、警察が唯一機能していた「有楽町」地区では、地元警察と広域警察の支局の「殴り込み部隊」が全滅、残りの3つの地区の計4つの「自警団」の内3つが壊滅し、残りの1つ「英霊顕彰会」は大幅に勢力を失なった上、「自警団」から単なる「犯罪組織」へと成り下がった。

 早い話が、私が住んでる「東京」に一番近い別の「東京」とは……当分の間、簡単には行き来が出来なくなった訳だ。

「ところでさ……この近くに住んでんの?」

「ノーコメント」

「でも、ここまで1〜2時間でれるとこに居る訳だろ。何で、そんなヤツと連絡を取るのに、台湾に住んでるヤツを経由しなきゃいけないんだよ?」

 こいつは連絡先どころか、本名さえ教えてくれないんで……こいつに連絡を取るのに、「千代田区」がとんでもない事になった事件の時に知り合った台湾先住民セデック族の女の子に連絡を取り、その子が、こいつの連絡先を知ってる別の女の子に連絡を取り……そして、こいつからの返信は逆ルートを辿り……「今度の連休にバイトしない?」「OK」と云うやり取りだけで1時間近くかかると云う、この御時世、最早、超常現象にしか思えない事態が発生する事になった。

「あとさ……お前の事、何で呼べばいいんだ?」

「非常識なモノじゃなけりゃ、好きに呼べ」

「あん時の『秋葉原』の女の子が言ってた『らん』ってのも……コードネームなんだろ?」

「あ……ああ、そうだ」

 こいつの本名は教えてもらってないが……「ヒーロー」としての「コードネーム」は知っている。「ニルリティ」……インド神話の悪鬼族「羅刹」の別名だ。

 そして……「らん」って呼び名も、一見、普通の名前に聞こえるが、おそらくは「コードネーム」にちなんだモノ……法華経に出て来る「十羅刹女」の筆頭「藍婆」の略だろう。

「じゃあ『らん』でいいな?」

「そうしてくれ。普段使ってるコードネームだから……想定外の事でも起きて動揺しテンパってしまった場合でも、自分の事だと判る」

「ところでさ……せいぜい、一泊か二泊なのに……その荷物はねぇだろ」

 「らん」はデカいキャリーケース2つに、背中には更に登山用のバカデカいリュック。

「そっちこそ……」

 私の荷物も同じ位の量だが……。

「いや、こっちは、昨日まで英彦山ひこさんに修行に行ってたの」

「じゃあ、バイト代に含まれてる英彦山土産は……」

「先に、ウチの『東京』に居る信用出来る知り合いに送ってる。渡すのはバイトが終った後だ」

「で……ドローン操作のバイトだけど……本当に『イベントの撮影』だけだよな?」

「ああ、安心しろ。そこは問題ない」

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