第四十三話 厄災の娘(6)
また今日も寝坊した。
全部、ハルミとシハルのせいだ。特にハルミは夜遅くまでうるさいったらなかった。ごそごそと何かを探している物音はレイヒが寝付くまでの間ずっと続いていた。
レイヒは布団の上で欠伸をする。もう祠に行くどころではない。このまま山の問題が解決しなければごはんが食べられなくなるのも時間の問題だ。レイヒは町長の息子の冷たい視線を思い出して身震いした。
着替えて部屋を出ると、今度は裏庭が騒がしい。ハルミとシハルとヴァルダの声がする。また何かやっているようだ。レイヒはうんざりしながら、裏庭に向かった。
「えー、今度は何なの?」
思わず大きな声が出た。
裏庭が掘り返されている。収穫した芋類はきちんと並べられているので、荒らしているのとは少し違うようだが、なんだか関係のないところまで掘り返えされている。ヴァルダも前足で土を掘っていてそれはかわいかった。
「そちらはどうですか?」
「こっちにはありませんでした」
何があったのか知らないが、今日はハルミとシハルが手を組んでいるようだ。祭壇の部屋に何もなかったので、裏庭を掘っているのだろう。ばあちゃんの遺したものというのはそんなに重要なものなのだろうか。山のことは何とかしたいが、正直面倒くさい。
「ねぇ、ちょっと、聞いてる? それ、何やってんの?」
レイヒのことをまったく無視しているので、再度呼びかけるが反応がないし、土を掘り返すのは服が汚れるのでやりたくない。あきらめて二人と一匹の様子を観察することにした。今日はとても天気がよく、畑仕事日和だ。
「あの輪っかは使えないのか」
見ているとヴァルダはあまり関係ないところを掘っているようだ。芋を収穫した後の穴を掘っている。探しているというよりは穴掘りを楽しんでいるように見えた。そんな姿もかわいい。シハルに頼んでヴァルダをもらうことはできないだろうか。一緒に暮らせたら毎日楽しそうだ。
「朱輪は反応しないと思います。かなり厳重に結界を張っているはずですから」
またわけのわからないことを。レイヒは欠伸をして頭をかいた。もう寝坊してしまったのだから、もう一度寝てこようか。
「言っておきますが、ものを見つけるまでの話ですからね。こちらは契約を反故にされたら困るんです」
ハルミが釘をさすように大声を出す。契約とは何の話だろう。また意味がわからない。
「こちらは契約の話はどうでもいいので大丈夫です。ただ仕留めるだけです」
「――だから仕留められては困るんです」
ハルミが立ちあがった。また喧嘩の勃発か。どうでもいいが、祭事に使う式服が泥まみれだ。
「――わかりました。何がどうなっているのか見るだけでいいです」
シハルはハルミの方は見ず、つまらなそうに土を掘り返している。「見るだけでいい」と納得している顔ではない。絶対何かやらかす。ハルミも疑っているようだが、とりあえずしゃがみこんで土堀りを再開する。
そういえばと、レイヒは辺りを見渡す。あの神様を名乗る子供が今日はいない。やはりヴァルダと一緒にはいたくないのだろうか。
「あ」
突然シハルが立ち上がった。
「ハルミさん、ちょっと思いついたことがあるのですが」
「なんですか」
ハルミは穴掘りの姿勢のまま、胡散臭そうにシハルを見ている。ヴァルダはもう土いじりに飽きたのか、シハルに駆け寄って足元で跳ねている。シハルはそれを当たり前のように抱きあげた。うらやましい。
「レイヒのお祖母様の結界のことは昨日籠を見てわかったんです。あれはたぶん私にもできます」
ハルミは普通に嫌そうな顔をした。尊敬するばあちゃんの技術を簡単に「できます」と言われればそういう顔にもなるだろう。
「それでどうなります?」
ハルミの問いにシハルは「またあれを罠にかけましょう」と笑顔で言った。
「ちょうどいいものがあるんですよ」
シハルはいつも背負っている箱から何かを探しはじめる。レイヒはちょっと興味をひかれて首を伸ばして様子をうかがった。
「ヴァルダ、あれって私、どこにしまいましたっけ?」
「知るかよ」
箱の中には引き出しがついているらしくそこを片っ端から開けはじめた。動物の干物のようなものとか、明らかに変な模様の石だとか、とにかく気持ちの悪いものが次々と目に入る。
「ありました」
よやくシハルが箱から顔をあげ、何かの塊を頭上に掲げた。レイヒには何かよくわからない。ただの土くれのように見えた。
「な、な、なんて邪悪なものを持ち込んで……」
ハルミが声を震わせている。どうやら相当ヤバい代物のようだが。
「大丈夫です。私が結界を張っていますから、問題を起こすようなことはありません。この結界をレイヒさんのお祖母様の手筋によるものに変えて山に入れば、騙せると思いませんか」
無邪気というか、真っ白な顔をして固まっているハルミに対してえらく自信満々の笑顔である。
「それ、何?」
レイヒは好奇心に負けて問いかけてしまう。わずかにその土くれが動いたように見えた。
「鵺の心臓です」
「鵺?」
「化け物です。様々な動物が混ざったような姿をしていて、心臓をいくつか持っているのです」
レイヒは「へぇー」と感情のこもらない声をもらした。もうその時点で気持ち悪い。逆にシハルの方はえらく楽しそうである。自慢のおもちゃを見せつける子供のような笑顔だ。
「とある村で討伐された際にもう二度とよみがえらないようにと、それを全部抜き取ったようなのですが、心臓だけでも『鳴く』そうです。さらにひどい災いに見舞われたという話を聞いたので、私がもらってきました」
どうだといわんばかりに胸を張っている。言われてみればその土くれはいくつかの干物をこねて丸めたような形をしていた。まさか渇いた臓器?
「キモ」
端的な感想をもらしたレイヒに、ようやく動けるようになったらしいハルミが「早くその邪悪な呪術師を追い出しましょう」とおびえたような顔をしている。
「いやでも待って。それがうまくいったら山の問題は解決できるってこと?」
最初からレイヒが気にしているのはそこである。解決さえしてくれるなら、ある程度手段はどうでもいいかもしれない。――というか、もう考えるのがめんどくさい。
「レイヒ様、邪法に手を染めるおつもりですか」
ハルミは声を震わせる。
「もう最初から邪法だろうが」
ヴァルダはシハルの肩にのっている。うらやましい。えりまきみたいだ。
「悪霊には悪霊と同じ原理ですよ。邪法には邪法です。必ず仕留めて見せますよ」
シハルは何でもないことのようにその土くれのようなものを持ったまま、その場に胡坐をかいた。
「仕留めるなと言っているでしょう」
ハルミの声はやけに小さい。
「これくらいなら金雪香は使わなくとも大丈夫そうです」
シハルはわけのわからないことを言った後、そっと目を閉じた。そして十分に間をあけてからまた口を開く。レイヒは少なからず驚いた。
ばあちゃんと一緒だ。
シハルの口から流れる呪文はばあちゃんのものと酷似していた。子供のころから聞いていたのだから耳によくなじんでいる。自分が唱えられるかというとそれはまったく無理なのだが、聞けばそれとわかる。
「ど、どこでそれを?」
ハルミも驚いたようにのけぞった。
「祭壇のとこにいっぱい置いてあったぞ」
ヴァルダはぴょいっとシハルの肩から飛び降りた。
「そ、そんなものパッと見て原理を理解できるはずが……。昨日、あの部屋にいたのはほんのわずかの間だったはず」
「まったくだ。この呪術オタクを野放しにするとこうなる。祠や町でもいろいろ見たり、聞いたりしてきたんだろうがな。昨日は変なものもついていたみたいだし」
後ろ足で耳の後ろを搔いている。
「変なもの?」
「ああ。なんでついてきてるのか知らないが」
もしかしてあの子供のことだろうか。
「できました。それっぽくないですか」
そうこうしているうちにシハルがぱっと顔を輝かせて立ち上がる。例の土くれをうれしそうにこちらに差し向けてきた。渇いた動物の臓器の塊とか気持ち悪いって。
見た感じ先ほどとさして変わらないようだが、ハルミは「それっぽいことは認めますが、うまくいくんでしょうか」と不貞腐れたようにつぶやいた。なんだか疲れているように見える。あらゆる抵抗をあきらめたような表情だ。
「失敗したらまた次を考えればいいですよ」
シハルはその気持ち悪い土くれを持ち、箱を背中に担いだ。
「山に行きましょう」
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