占術士のカード(4)

 シハルは祠の中央に立ち、口をあけて上を見ている。祠の天井には蒸気を逃がすためか、明り取りなのか、いくつかの穴がしつらえてある。

「占いで出たのはあれだと思うんです」

 祠のちょうどぴったり真ん中の天井に確かにその穴はあった。

 東西南北という支離滅裂な方角の暗示から連想するのは確かに中央くらいだ。そして「上」というからには、そう考えるのも妥当といえるが。相当占いを信じ込んでいないとそこまでは発想できない。天井がどうやって地下への通路になるかという点はいったん置いておくらしい。

 天井の穴を見ながらシハルはしばし何かを考えていたが、突然背中の大荷物を次々とおろしはじめる。それからロズウェルの方を見てスッと両腕をあげた。

「どういうつもりだ」

 両腕をあげたまま黙って待っているので、仕方なくロズウェルはシハルの体を下から持ち上げてやる。ずいぶんと着ぶくれてはいるが腰が細い。思ったよりも重くはなかった。

「おい、まだか。占いが当たらないというのを理解しただろ」

「ちょっと待ってください」

 支えているロズウェルのことなどおかまいなしに天井の穴をごそごそと探っている。

「いい加減にあきらめろ」

 勝手におろしてしまおうと、ロズウェルが力を抜こうとした瞬間「ありました」という声が降ってきた。何があったのかはわからないが、あって当たり前と言わんばかりの言い方である。

「何があった?」

「何でしょうか」

 シハルの手には少しさび付いた金属片のようなものがあった。それを裏返したりふちをさすったりして考え込んでいる。

 手のひらよりは少し小さいプレート状で、でこぼことした不思議な形状だ。

「何かはわかりませんが、占いで見つけたものなので地下に行くのに必要なのでしょう」

 それを聞いてロズウェルの両肩に疲労感がのしかかった。

「まだやる気なのか。そんなものどうせ何かの間違いであそこに残されてしまった資材か何かだろう」

 シハルはロズウェルを無視して広げっぱなしになっていたカード前にちょこんと座る。

「続きをお願いします」

 偶然もこれ以上はないだろう。さっさと酒だけ買って帰ればよかった。ロズウェルはこれで最後だと自分をなだめ無言でカードを手にする。

 しかし一枚あけてしばし間ができた。なぜそんなカードが出るのかわからなかったのだ。こんな初歩的なミスありえない。

 反対にシハルは「そうくると思いました」と、相変わらず当たり前のような顔をしている。

 出たカードは「神」。

 場所の占いには使用しないカードだ。つまりロズウェルは使用するカードをピックする際に取り間違えたということになる。

 愕然と手元を見ているロズウェルを放って、シハルは祠の奥の神像をぺたぺたと触りはじめた。先ほどの金属片と神像を見比べたり、噴水に手をつっこんだりと忙しそうだ。

「罰が当たるぞ」

 ロズウェルはあぐらをかいたままそんなシハルをぼんやりとながめる。

 こんなひどいミスをした日は葡萄酒をもう一本あけてしまってもいいかもしれない。念のため三本くらい買って、ハムとナッツ、それからチーズも多めに。どうせ明日も稼ぎは少なくなるだろうから朝寝をしてもいいだろうと、どこまでも続きそうだった退廃的な考えはカチリという不思議な音にさえぎられた。つづけて何か重いものを引きずるような音がする。

「見つけました」

 見るとシハルは変わらずにこにこしている。おそろしいことに神像は横にごろりと転がされていた。

「それは大丈夫なのか。何があった?」

「地下への入口です」

 何を当たり前のことをと言わんばかりだ。いそいそと荷物を背負い、また神像のあった位置に戻る。

「本当にあったのか」

「ありますよ。見てください。階段です。やっぱりさっきの金属が鍵だったんですよ」

 もう帰ろうと思っていたロズウェルだったが、好奇心に負けて神像のあった場所に近づいてしまった。

 隠し通路というにはあまりにも堂々とした入口がぽっかりと口をあけている。シハルのいうとおりはしごではなくきちんとした階段だ。地下の水路を整備するためのものだろうか。まさか神像を転がしてここを開けようとするほど行儀の悪い観光客もいないだろうから、隠し場所としては妥当といえなくもないが、なぜ隠す必要があるのか、水路の整備のたびに神像を転がしていたのかと考えるどうにも不可解ではある。

「ろうそくをお借りします」

 誰にともなく言いながら、置かれている風よけのついた燭台をとると、ためらいもなく階段を降りてゆこうとする。

「危ないぞ」

 ロズウェルもあわてて燭台を手にして後を追ってしまった。世話が焼けると思いながら、なぜここまで世話を焼いてしまうのかと不思議にも思う。先ほど「自分に子供がいたらこれくらいの歳だ」と思ってしまったのがよくなかったかもしれない。

 自分が親だったらこんな真似をする子には育ってほしくない。婚約した彼女はしっかりしたタイプだったのでそれは心配なかったかもしれないが。いや、おおらかで優しい女性だったから、どんな子でもその子を押さえつけるようなことはしなかったかもしれない。まだ酔いが抜けきらないのか、今さらせんないことを考えてしまう。逃げた婚約者とのありもしないその後の生活に思いをはせるほど不毛なことはない。

「立派な水路ですね」

 階段を降りきるとせまいがきちんとした通路になっていた。上を見上げると祠の明かりはずいぶん遠くに見え、ここが地下深い場所であることがうかがえる。まさか町の中央広場の真下がこんなことになっているとは。何十年もこの町に暮らしてきて初めて知った。

 両側には湯が流れているようだが、祠の中ほど蒸し暑くはない。むしろ寒いくらいだ。シハルのいうとおり、地下にこれだけの施設をつくるのはたいした技術だとわかる。

「こういうものを設計するというのは大変なお仕事です」

 ひとりごとのようにそう呟いて、ロズウェルの方をちらりと見た。

「何が言いたい?」

 先ほどから不可解なことばかりが起こる。ロズウェルの占いが当たるのもおかしな話だ。すべてこいつが原因ではないだろうか。ロズウェルはあらためてシハルの様子をうかがった。

「お湯というには温度が低そうですね。あまったお湯を外に流すための水路でしょうか」

 ロズウェルの視線などおかまいなしに燭台をかざしてはあちこち見ている。

 その時。

「おおっと」

 段差のようなものに躓いてしまった。転ぶことはまぬがれたが、何だったのだろうかと、しゃがみこんで燭台をむける。

「なんだこれは?」

「どうしました?」

 シハルもそこじっと見つめて不思議そうな顔をしている。

「溝、ですね。どういう意味でしょう」

 これだけきちんとした造りになっていて、意味のない溝が通路に彫ってあるのは変である。この水路を整備する際にも危険だ。

 急にシハルが捕食者の気配に反応する野生動物のようにぴんと背を伸ばした。

「この音……」

 そのままじっと耳をすませている。ロズウェルもそれにならうが水音でよく聞こえない。

「何か音がするのか」

「地響きのような音がします」

「地響き?」

 やはりロズウェルには聞こえない。

「先に進みましょう」

 腑に落ちない顔をしたまま、シハルはまた髪に指をいれ、先ほどの金色の半円が連なった道具を取り出し、指にかけた。やはり美しい音色をさせながらぶつかり合い、通路の先を指している。

「さっきも気になったがそれは何だ?」

「これですか?」

 シハルは指を振りながらその半円を見せてくれる。ぶつかり合うたびにうっとりするようないい音がする。

「私、もともと神職についていまして――」

「は?」

 ロズウェルの脳裏には先ほど無残に床に転がされていた神像が浮かぶ。

「神事を行う際の結界を張るための道具として使っていたものなんですが、その特性を活かして邪なものの位置を測ることができます」

「すまん。ちょっとよくわからない」

「実は私にもどうしてなのかよくわかりませんが、たばねて揺らすとさっきのように教えてくれます」

「いや、ちょっと待て。邪なものって何だ?」

「――この町の神様です」

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