占術士のカード(3)

「何をやっているんだ」

 酒を買ってくるついでにちょっと様子を見るつもりで家を出たにもかかわらず、ロズウェルはつい声をあげてしまった。

 観光地だけあって盛り場は夜でも明るく騒がしい。酒を買うには困らないが、治安は正直よくはない。それはすっかり静まり返った町の中央広場とて例外ではない。むしろ人目がないのでかえって危ないのではないだろうか。

 広場には入れるが、広場の中心にある祠の周囲はぐるりと鎖が渡され入れないようになっている。その鎖に沿うようにしてアレが寝そべっていた。失せもの探しをしていたときの衣装のまま、顔を横に向けて体を横たえている。

「まさか宿をとってないのか」

 その姿勢のまま、妙に不思議そうな顔をしてこちらを見上げた。不思議なのはこっちだ。

 だがすぐにそのことに思い至る。

「俺だ。昼間、カードで占った――」

「ロズウェルさん?」

 昼間に会った時は占い師の衣装をまとい化粧までしていた。今はその辺にいる少し酔っ払ったおじさんにしか見えないだろう。

「ちゃんと稼いだんだろう。宿をとれ」

「宿はとっています。お風呂がついています」

 地面に転がったままうれしそうに報告してくれるが、この町で風呂のついていない宿はない。一般市民でも安い料金で自宅に湯を引くことができた。空き部屋に旅人を泊められるように改修し町に申請すればそれも無料になる。当然ロズウェルの自宅にも風呂くらいはあった。

「じゃあ、なぜこんなところで寝ている」

「寝ているんじゃありません。音を聞いています」

「音?」

「水音がします」

 ロズウェルは耳をすます。確かにこの町では常に水音がしている。当たり前過ぎて意識はしていなかったが、毎日大量の湯がわき出し町中に行き渡るように流されているのだから当然だろう。

「地下水路だな」

「やはり地下なんですね」

 納得したような顔で頷くと、軽やかに立ち上がる。衣装は重そうに見えるが苦にならないようだ。

「おいおい、入っちゃだめだろ」

 わきに置いてあった妙に巨大な荷物を軽々と背負い、まるで鎖の意味を理解していないかのように祠へと入っていく。

 ロズウェルも思わず後を追ってしまった。行儀の悪い観光客は後を立たないと聞くが、ここまで堂々とやられると、たいしたことはない気がしてしまう。

 祠の中は外壁にそってぐるりと湯が流れる水路のようになっており、中は湯気で満たされて蒸し暑い。観光客のためというよりは、中の神像のためだろう。風よけのついたろうそく立てがいくつも置かれ、案外明るい。入ってすぐの場所に石碑が建てられこの町の成り立ちなどが書かれている。祠の奥にはこの町の神ファールティの像と湯があふれる小さな噴水があった。美しい場所だが、夜は少し気味が悪い。

「今度はなんだ。何をしているんだ」

 しゃがみこんで石造りの床をペタペタと触っている。

「地下へはどうやって行くんでしょう」

「なぜ地下へ行く必要がある」

 ロズウェルの言うことを聞いているのかいないのか、かき上げるように長い銀色の髪に指をいれる。すると手には半円を描く細い棒状のものがいくつもつらなった不思議な道具が握られていた。形状から耳にでもかけていたのだろう。ろうそくの光を受けて美しく輝いている。

 それを指先にかけると、金属の棒は不思議な音色をさせながらぶつかり合い、やがてすべての棒が祠の奥、下方を指した。

 ロズウェルは風だろうかと、辺りの様子をうかがうか金属の棒を動かすほどの風は祠の中に吹いていない。

「方角がわかっても入口がわかりません」

 占いの道具だったのだろうか。それをもとのように髪の中に戻し、また辺りを探りはじめる。

「絶対この祠から地下に入れる気がするんです」

「だから何のために入るんだ?」

 ロズウェルは自分が軽く酔っているという自覚があったが、もしかしてこいつは泥酔しているのではないかという疑いが浮かんでくる。

「失せもの探しですよ」

「失せもの? 地下に何か落としたのか?」

 しかしそれにも答えずあちこち見回したり触ったりしている。マイペースにもほどがある。

「ちょっと占ってくれませんか。入口はどこでしょう」

「はぁ?」

 そもそもなぜこの観光要素が満載の祠に地下水路への入口があると確信しているのか。そしてなぜ占いでそれがわかると思っているのか。

「あのなぁ、あんた――」

「シハルです」

 笑顔でロズウェルの言葉を遮ってくる。名乗るタイミングを待ちかまえていたような様子である。

「占ってください」

「わかった、シハル、聞け。あんたは数日でこの町からいなくなるだろうから言うが、俺の占いは的中させる目的のものじゃない。俺もプロだからな、顧客満足については自信があるが『当たるか』と聞かれれば『当たらない』と言わざるをえない。わかるか?」

「わかりません」

 本当に困ったように首をひねっている。

「なんでだ!」

「じゃあ、ちょっと占ってみてください」

「それで納得するな?」

 シハルはまた子供のようにこくこくと頷いている。当たらないことを見せてやれば済むことだ。

 ロズウェルはポケットからカードを取り出す。一度、客だった男に盗まれそうになったことがあったため、カードの管理には注意を払っている。特に今日は大勢の前でカードを広げてしまったので持って出てきたのだ。不思議とこのカードは人を魅了するらしい。

 石造りの床にあぐらをかいて、カードのケースを包んでいたヴィロードを敷きカードを広げた。相変わらずうれしそうにカードを見ている。一番盗みそうなのはこいつだ。

 場所の占いには方角を表すカード、数字の入ったカードを使う。場所だけをピンポイントで占うような機会は滅多にないが、占う方法がないわけではない。

 カードを表にしたまま扇状に広げ、素早く使うカードをピックしていく。指先でカードを跳ねさせてゆくので、まるでカードの方から手に飛びこんでくるように見えるはずだ。仕事でもないのに癖でショー要素を加えてしまった。

 場所を占うにはシンプルに一枚ずつカードをあけていく。一枚あけて詳細がわからなければ、二枚目、三枚目と枚数を増やし、最終的に「そうであろうと思われる場所」を指し示した時点でそれが解答ということになる。通常の占い同様に何とでもとれるのである。

 ロズウェルは特に前置きもせず、一枚目のカードをあける。

「鐘楼」のカード、これはどこか異国で日の出を知らせる鐘のある設備のことらしい。したがって指し示す方角は東。

 二枚目「夕告げ鳥」。これは「鐘楼」と同じ理屈で西を表す。――つまりもう破綻した。相手が本当の客じゃなくて助かった。これは取り繕うのも大変だ。

 ロズウェルはお手上げのポーズをとってシハルに見せる。シハルは何が起こったのか理解できないのか。また首をかしげている。

「『東』で『西』だそうだ。そんな場所はないな」

 シハルは何かを考え込むように額に指をあてながら「続けてください」と口を開いた。

 こうなったら完全に破綻するまでつきやってやろうと、ロズウェルはもう一枚カードをあける。

 三枚目は「太陽花」。このあたりの花ではないが、冬の真昼間、数時間だけ日に向かって花開くらしい。つまり南を指す。

「南だ」

 もうめちゃくちゃだ。それでもシハルは先をうながすように頷いているので投げやりにもう一枚あけてやる。

「灯台星。北だ」

 複数あるカードの中で方角を示すものばかり立て続けに出るなんて、偶然にしてもひどすぎる。きちんとカードは切ったはずだが、本当の客の前だったら大事故になるところだった。

「なるほど。次をお願いします」

 ロズウェルがこの占いへの熱量を激減させていく中、シハルはむしろ前のめりにカードを見ている。この段になってもまだ信じているのか。

 もはや投げ出すようにもう一枚カードをあけると、出たのは「雲間の光」。この場合は「上」を指し示す。行きたいのは地下じゃなかったのか。

 だがシハルは突然いきおいよく立ち上がる。

「おい、なんなんだ。もういいのか」

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