第3話 コーレイナウイルス(高齢なウイルス)
再会も束の間。俺と千景は、喉に違和感を感じ、大きな咳払いをする。すると関西人のおっさんがペットボトルらしきものを渡す。
【ほれっ、バクチャーの入った水。頭の熱と喉に効く。飲んどけ】
初めて聞くバクチャーという言葉。違和感を感じたが、おっさんが俺らに変な事はしないと思い、渡された水を飲む。
すると今まで体温が感じられなかった頭と喉のイガイガも一瞬にして取れた。ペットボトルを千景にも私ながら、おっさんに尋ねた。
「えっ……何これ……」
【そうか。お前知らんのか? まあバクチャーは、汚染物によく効く万能な浄化アイテムや】
「浄化アイテム?」
おっさんは、俺たちに何故体温が無くなり、喉の違和感が出ていたのか知っている様に説明する。
【今、この関西国では、コーレイナウイルスって言う流行り病が蔓延しとる】
「ん? なにそれ……」と、聞こうとした時だった。千景が俺たち二人を見てびっくりしているようだ。
「どうした? 千景……」
「どうしたも、こうしたもないよ。このおじさんとタカちゃん知り合い? まるで以前から知っているように話すから不思議に思ったけど、紹介してよ」
すっかり千景を、かやの外に追いやっていることに気づき、関西人のおっさんの説明をしようとしたが、どう説明していいのか迷った。するとおっさんが軽く言う。
【妖精や……】
「コラコラッ! ちゃうやろ!」
【うそや〜。普通の人間。孝之の知り合いや……】
おっさんはこれでええかと言わんばかりに俺を見る。やれやれと思ったが、頭の中にいたおっさんなどと言える筈もなく頷いた。
「そうなんだ。どうも、初めまして、大西千景です」
あぁ千景が素直な子で良かったと安心した。
千景は軽く会釈をすると、辺りを見回しておっさんに問いかけた。
「ねぇ……。ここ大阪の道頓堀よね?」
千景の問いにおっさんは、首を横に振った。
【ここは関西国の首都、ナンバーゼロや。お前らの国の大阪とは違う】
その言葉に千景が食いつく。
「えっ? でも……見た目そのまま道頓堀じゃないの?」
【まあ、お前らがいた日本って国にも同じような場所はあるのは知ってんねんけど、ここはちゃう国や】
「何故こんなところいるの? 私ら日本にいたのに……」
千景は次々に声を出し、おっさんに絡み付いた。俺も同じことを思ったが、なぜか千景に便乗することにした。するとおっさんは首(こうべ)を垂れながら謝る。
【悪りぃー。ごめんな。俺がお前らの力を借りたくて二人を連れてきた。頼む! 俺の国、関西国を救ってくれ!】
いきなりの言葉にびっくりした。歳が離れたおっさんが俺たちに頭を下げて少し躊躇う。
「……どっどう言うこと? おっさん説明してくれ! さっきから色々訳のわからん言葉が飛び交ってる。俺たちにわかるように説明してくれ」
急におっさんは以前には見せたことのない姿を見せ、メガネを外し、街中にも関わらず、まるで恋愛に失敗した学生が泣くように啜り泣く。
【……すまん。すまんのう……。ううぅ……。俺が連れてきた。お前らにこの国を託したい。俺の力だけでは、どうしようもないくらいにこの国は、コーレイナウイルスに侵されて絶望的なんや】
泣くおっさんを見ながら、明らかに俺たちがいた日本の大阪とは違う空気感と、全く人が歩いていない戎橋を見て、俺はおっさんの肩に手をやり、諭すように言った。
「泣きなや……おっさん。ええから説明してくれ……」
怒り半分、動揺半分、もう兎に角この場所を知っているのはおっさんしかいないと言う思いもあり、おっさんに全てを投げかける。
「……」
千景は黙り込み、俺の腕をひっぱり耳元で囁く。
「タカちゃん、この人、本当に友達? 違うよね? 関西国って何?」
関西人のおっさんは、諦めたのか千景に言う。
【千景ちゃん……。悪い。ここは、日本じゃない……。所謂、異世界……。一種のパラレルワールド】
「パラレルワールド?」
千景はキョトンとした様子で「私たちがいた世界とは違う世界ってことよね?」と聞き返す。
おっさんは千景の言葉に小さく頷いた。
「異世界!? えっ……。えっ、えっ!? 人攫い?」
一瞬黙り、何かに気づき、千景が騒く。
【ちゃうわ! 聞け!】
連れ去れている感覚はあれど、おっさんを知っている俺は何故笑った。
だが千景は頭の上にハテナがいっぱい飛ぶのか、おっさんに噛み付く。
「私らの力が必要って何? ここどこよぉ! 日本、帰りたい!」
俺が初めておっさんと出会した時のように、千景は喚き、カタコトで意思表示をし、おっさんに聞き返していた。
【ああもう! 迷惑なんは知っとる。でもお前らってか、声優である二人にやったらこの俺の国が救えると思ったから連れてきた】
強く言い放つおっさんの目は先程とは違い、大真面目な目つきだった。
「じゃあ、タカちゃんの友達ってのも嘘やね?」
千景の言葉におっさんは頷き、ため息をつく。……そして突然膝をつき土下座をした。
「おっさん……どないしたんや?」俺は思わず関西弁になった。
土下座するおっさんを立ち上がらせようと腕を持つ。おっさんはゆっくり立ち上がりながら事情を話し出した。
【コーレイナウイルスを撲滅できるのは、声量に自信のある奴やと思ってる。だからお前らのイベントを見た時、確信した。お前ら二人の声量と、音域は武器になる。俺の国を救って欲しい。だから俺は五年振りに孝之の元に現れたんや】
「答えになってなぁーい!」
千景は、喚きながらも、ワクワクしてきたのか、子供のようにはしゃぎだした。納得いく説明ではなかったが、千景は興味津々だ。
「おもしろーい! タカちゃんって、ちょっと不思議な雰囲気醸し出してたけど、まさか異世界の人と繋がってたんやねえ!」
「えっ? そこ?」
食いつくところが違うぞと、感じながら俺は千景のワクワクする姿見て少しホッとした。
納得いかず揉め事になっても、この異世界では、どうしようもないとも思ったからだ。
【コーレイナウイルスって知ってるか? 知るよしもないか?】
「高齢なウイルス?」
【そうや。このウイルスは、人の頭、海馬に影響を与え、徐々に物事が考えられないようになるウイルス】
「は? そんな物があるんか?」
【ああ! これは現実に俺の国で起きた出来事や】
「……あっ、うん」
【このコーレイナウイルス……。これ自体には対して害はない。ただ、このウイルスは孝之……。さっきお前が言った高齢なウイルスということや。要は高齢者がかかると少し厄介なウイルスちゅう訳……】
「ダジャレかい!?」俺はおっさんに思わずツッコむ。
【まあ聞け。このウイルス自体は、風邪の一種と何ら変わらん。やけど、厄介なんは、高齢者がこれにかかると、基礎疾患の腐敗を助長するっちゅう厄介な病や。ほんで、この国の高齢者は殆ど全員あの世に旅立った】
「こわっ!」
俺は有害なものなんだと思いながらも少しおかしいと感じた。
【怖いんは、ウイルスちゃう。今さっき歩いてった奴らを見たやろ?】
「あっ? ああ……」あやふやな返事をするとおっさんは続けた。
【このウイルス自体はただの軽い風邪にかかるぐらい。しかし怖いんは、ウイルスじゃなくて、モノが言えない族、口無しにさせられると言う現実や】
「物言えない族? 口無し? なん〜だ? それ……」
【モノが言えない族、口無しとは、感情を無くし、ただマスクをさせられ、奴隷のように働かされる。意思表示や自分の感情すらなくなってしまった人達のことや】
「感情すらない?」
【お前ら、さっきのマスク人間達を見て、何か違和感を感じへんかった?】
「あっ……」
ふと振り返る。マスク姿で歩く人たちは、まるで意思を無くしたデクの棒……。否、ゾンビ映画のゾンビを見ているように虚な瞳に意思がまるで無い空っぽの動物にも思えた。
おっさんが俺に目を向けると、親指を立てて【ご名答】と言う。
【それがモノが言えない族。口無しや……】と小さく頷いた。
「ああ……」何となく理解ができた。
【そう。口無しってのは、強制的にマスクをつけさせられて、言いたいことが何も言えなくなった人々】
「言えなくなった?」
俺は興味深く頷きながら答える。おっさんは重要な事と言うように人差し指を立てて説明をする。
【そうや。コーレイナウイルスは、この関西国を滅ぼすために作られた、口無しを作るための兵器。それが俺の見解や】
「はあ? どいうこと?」
【兵器を作って持ち込んだのは、この国の党首、おばーばや……】
「おばーば?」
俺は次々出てくる言葉を頭の中で整理しながら、おっさんの話に食い入る。千景も興味津々なのか、少し怯えながらではあるが、話を聞いている。
【ああ、この国の党首。おばーばは、四年前に就任した】
「四年前? 党首?」
【これまでの政権システムでは、四年置きに党首を交代するシステムになっとった。やけど、おばーばが政権を奪った際、任期四年のシステムを排除した。そして対立する組織を潰すべくこのウイルスを開発した】
「えっ……? 内乱ってこと?」
【そうや。おばーばが政権を獲るまでは、平和で国民皆が幸福度も高い国やった……】
「そうなんだ」
【だが、おばーばがトップになってからっちゅうもんは、国民同士の争いが起きた。対立する奴らを黙らしたい……。そんな思いがあり、おばーばは、殺人兵器を作った。だから皆んな口無しにされてもうたんや】
呆気に取られるが、おっさんの言葉は続く。
【元々この国には、おばーばに反抗心を持った人が多くいた。だが、おばーばは、国を支配したいため、反抗する人間たちを洗脳し、口無しにした。……いや、強制的にマスクをつけさせる政策を打ち出した】
「えっ……」
びっくりするようなおっさんの話に思わず唾を飲む。
【このウイルスは、人の体温を奪い、頭で考えさせること、そして声を発することを出来んようにするために作られた兵器や】
「なるほど……。それで俺たちもココに来た時、体温が無くて、喉に違和感があったんか……」
【そうや。このウイルスは、上空から空中に散布され、知らぬ間に脳を萎縮させ、海馬がやられてしまう殺人兵器や……】
俺たちはそれを聞いて身震いした。同時になぜ俺たちが連れて来られたのか疑問に思った。
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