第2話 関西国の口無し
「うっ……うっ……うんぅ……」
イベント会場での爆音と突風で、目の前に黒い煙幕が広がり、一瞬のうちに意識を失っていた。
「うっ……うぅうぅ……ん……」
頭と喉に違和感を感じながら目を覚ました。見慣れた場所ではあるが何かが違う。
今さっきまでいたイベント会場とは、全く違う場所だと気づいた。
いや知っている場所……。だが何かが違う。そう思いながら、手を自分の頭に持ってくる。明らかにおかしい……。
バクオンジャーに変身する為のデジタルウォッチを付けた腕を挙げ、頭に触れる。その瞬間に感じた違和感……。俺は死んでいるのかと思えるほど、体に体温が感じられなかった。それでも腕は動き息もしている。
倒れていた俺の横にもう一人、人がいることに気づいた。横を見るとイベント会場で俺の名を叫び、近づいた千景が寝息を立てるように静かに目を閉じ眠っている。
寝息が少し荒く、通常の寝息とは少し違うことでも違和感を覚えた。
ゆっくりと体を起こして辺りを見渡す。
「なんだ? ここ……。見慣れた場所。だが……」
何故ここにいるんだ?
さっきまでいた地方のイベント会場と違う場所。そう。ここは俺が二十歳までいた大阪のど真ん中。道頓堀の戎橋の橋の上……。
通常この戎橋は、観光客や地元民も訪れるナンパスポットでもあり、人だかりの場所だ。
最近では海外の観光客が幅を利かせているはずだが、今は誰一人として戎橋を歩いていないという、おかしな光景が広がっていた。
昼間だ。店も閉まってるようにも思える。違和感を感じ、人を呼ぶために大声を張り上げた。
「誰かあ! どなたかいますかあ!? ってか、おっさん! あんたもおらへんのかあ!?」
おっさんが出現するかとも思い、関西弁混じりで声を張る。
閑散とした戎橋。道頓堀のど真ん中。声だけがやまびこのようにこだまする。叫んでも、頭の中のおっさんどころか誰一人いない。
いや、数名の人間が、フラフラと足元をヨタつかせながらこちらに向かい歩いてくるの見えた。俺は助けを求めようとその人たちに声をかける。
「あの……。すみません。ここは、大阪のミナミですよね?」
俺の問いに口元にマスクをした男女数名は、こちらに一瞬目を合わせたが、呆然とし俺たちを無視して素通りし消えて行った。
明らかに違和感がありながらも、隣で気持ちよく眠っている千景を起こそうと体を揺する。怪我はしていないようだ。
「おい、千景……。大丈夫か? 起きてくれ! 千景……」
何度か体を揺すると、千景は目を開けた。
「うっう……。うっうぅーん……。あっあれ? タカちゃん……私……」
「ああ、どこかに飛ばされたようだ。体とか痛みは無いか?」
「えっ、ええ……。でもなんだか、頭と喉が痛い……」
そうだ。千景も俺と同じ思いをしていることに気がついた。
「やっぱり頭と喉が変だよな?」
千景は衣装の中に入れていたハンカチを取り出し、口に宛てた。
「ってか、ここ大阪?」
千景も馴染みのある場所に思わず口に出る。
「あっうん……。でも何かがおかしいんだよ……」
「そうね……。なんか難波らしくない……。人もまばらな、この場所って見たことない……」
千景も同じ思いでいるようだ。一緒にゆっくりと起き上がり、人通りを求めて戎橋から近鉄難波駅を目指し、御堂筋にゆっくりと歩き出した。
すると、御堂筋の公道に出た。だが、車が一台も走っていない。こんな御堂筋を見るのは初めてで不思議に感じた。
御堂筋側の歩道、地下階段から、大勢の足音が昼間の街頭に響いた。
「えっ……?」
人だが、何かが違う……。と、気づいた時には結構な人数が歩道に出て歩いているのに気がついた。
だが俺たちが知っている人たちとは何かが違う……。
先ほど見た人も同じだったが、まるで生きた人間ではないように、足音はするものの、一方向しか見ず、目の焦点が合っていない……。ボケェ……としながら、何かを求めて彷徨う姿だ。生きているのかいないのか、ゾンビのような足取りに恐怖さえおぼえる。
おまけに皆んなどうしたものか、すれ違う人たち全員が白いマスクをしている。
千景と目を合わせ、不思議な光景に二人ともあたふたと辺りを見回した。
「なんなん? この人ら? おかしい……」
俺と千景が口にする。……と、近くで聞き慣れた声がした。
【口無しや……】
声を発しながら、トレンチコートに、ストライプが入ったブルーのパンツ、革靴を履いて、サングラスっぽい色のついたメガネをかけた男が近づく。
【やっと見つけた……。無事か?】
俺たちを知っているかのように問う男……。
「ん? どなたですか?」
俺は端的に聞き返すと、その男は笑顔になる。
【そうかあ。孝之は、俺を見るのは初めてやな……。まいど。お騒がせの関西人のおっさんや】
「えっ!? おっさん? あっ、あの頭の中で声を発してた関西人のおっさんかあ?」
【そうやで、孝之……。あの関西人のおっさんや! びっくりさせたか?】
俺は呆気に取られた。いままで頭の中だけで、声がしていた関西人のおっさんが目の前に現れたからだ。
しかもこのおっさん。腹もデブっと出ているような声の印象とは違い、スラリとした高身長に、まるで俳優でもできそうなくらいのイケメン……。否、ちょっと言いすぎた……。
でも、唯のおっさんではないことに気がついた。
七三に分けた髪がちょっと茶色に染められ、凛々しい顔立ち……。っておっさんの姿を初めて見たので、一瞬誰だかわからなかった。
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