大空より見下ろせし街へ

 商人団たちが荷下ろしの声がこだまする朝。わたしはノーサイト公国首都ベロカーラの旅人ギルド所有の借り部屋でゆっくりと目覚めた。ベッドと簡易的な机、椅子で部屋はほぼいっぱいになるくらいの狭さだが、ここにずっといるわけではないので特に気にしない。そして今日は、完全な休みの日と決めていたため、ゆっくりと過ごすことにしている。ひとまずはパンと干し肉をひとまとめにして家庭用の超小型の窯へとつっこみ、起動石に触れて焼く。その間に軽くお湯を浴びるために、人ひとり分の浴室に入り、流湯管でお湯を流して体を濡らす。最近はなにかと疲れることが多かったので、このお湯浴びは中々に身に染みた。浴室から出て、超小型窯からパンと干し肉を取り出し、ベッドの上に座って窓を開けた。ちょうどよい熱加減でこんがり焼けたパンをかじりながら、干し肉をかみ切る。鳥の鳴き声に街々の人声もアクセントとなり、いつも旅で取るような朝食とはまた違った感覚があり、それだけでおいしさが違ってくる。この味わいも、旅の一興なのかもしれないと、ささやかに思い始めた。


 朝食も食べ終わり、いつもの薄手のロングベージュコートを羽織り、三角棒をかぶる。そして相棒の箒を手に部屋をでて、小さな管理室にいる旅人ギルドの職員に部屋のカギを渡し、街へと繰り出した。

 朝のベロカーラはとても騒々しい。店を構える商人や出店でやりくりをする行商人が客を呼び込む声に、定期演武の宣伝をするコロシアムの人間たち。大通りを外れれば、不良たちが悪態を付き騎士たちがなだめる。正体不明の色んな活動団体が何かをひたすらに住民たちに訴えかけ、同意を強要しようとする。それだけじゃない。この街に住む住民たちの井戸端会議も朝から始まっているのだ。別にこの雰囲気は嫌いじゃないが、かといって好きではない。でも今日は、そんな状況の中でも楽しんでやろうと、ふと感じていた。


「ちょっとそこの人!」


 しばらく人波を避けながら歩いていたら、ふと肩をポンと叩かれて呼び止められた。見ると、底には私と同じような三角棒をかぶり、身長と同じくらいのロッドを持った、暗めの緑髪をした女性が、薄い水色の双眼で私を見ていた。その目や髪色、出で立ちはどこか見覚えのある感じだったが、全く思い出せない。


「ぜひ私の宣伝を聞いてってよ! 少しの時間作る価値はあると思うから!」


 そんな曖昧なことを付け加えていた。特段用もない私は、なにも考えることなく彼女の話を聞くことに了承し、頷いた。頷きを合図に彼女は私の手を持って移動し、大通りの脇に設置された木箱の簡易的なステージ前まで連れて来られた。


「まずは自己紹介からさせてもらうよ! 私はフィアナ・ストレイブ! この魔力布教活動団体『テスカトルス』の団長って言えば良いのか、そんな感じでやってるんだ!」


 はきはきと少し低めでワイルドな感じの声から、そんな自己紹介をした。名前を聞いて思い出した。彼女は私と同じ騎士養成学校にいた人だった。特にクラスも全部違い、直接かかわることもなかったが、何かと名前は聞いていたので多分同学年の中では有名な方だったのかもしれない。当然相手も私のことは知らないだろうし、そのことは伏せて初対面として対応する。


「そして、私たちテスカトルスの目的は、魔法、魔術などの魔力を素晴らしさを世に広めること! 多分皆は何気なく使っているこの力がそれほどに素晴らしいものかを知ってもらうために活動してるんだ。あなたは見たところ、魔術師のようだけど、魔力とはどんなものだと思ってる?」

「そうだな~。まあ、やっぱり便利なものって感じかな。箒で空飛べるから、誰にも邪魔されずに空を堪能できるし、火をつけるのも困らないし、水も、まあまずいけど出るし。岩で色々と野宿には困らない。私にとって魔力は、空を楽しむためにあるものだと思うよ」

「なるほどね。確かに、便利なもの、自身に対しての恩恵が大きいものって認識だ! でもね、それだけじゃない! 自身以外にも、他者に対しても恩恵を与えることも出来るんだ。そもそも……」


 こちらら話すタイミングが全く見えなくなっていく。彼女は私を見て会話をしていたが、徐々にステージに上がり、目の前を歩く人たちに向けて話すようになった。特に私がいなくてもよくなってる様子だったため、その場を離れようとしても、何故か動けない。どうやら何かしらの魔法をかけられているようだった。気づかずにかけられることがなかったため、内心は相当焦った。

 その時、


「お、お疲れっす。やっと見つけましたぜもう。ほら、早く行きましょう」

「さて、今日はどんな依頼をやりますか? 自分たちの準備は大丈夫ですよ」


 二人の男性の声がして、私の腕を持ってその場を連れていかれた。一体誰の仕業かと思い、顔を見ると、その二人はアズワルドとフェリオの二人だった。二人とは旅人ギルドで知り合っていて、何回か依頼も一緒にこなしていた。


「良かった。助かったよ。流石、人助けは慣れてる」

「そりゃアルマリアさんが困ってたら助けますぜ。あなたは俺にとって尊敬の的なんだから」

「まあ、アズに下心はないことは一応僕が保証しときます。それにしても、あの人についていくなんて、あの人の素性を知らない様子ですね」

「うん、全然わからなかった。まあ、かなり尖ってそうな人だったけど、有名人なの?」

「最近、ベロカーラに来たみたいです。ちゃんと活動許可は街政にしてるみたいですけど、結構ぐいぐい来るタイプですね。ヤバい団体ではないですけど、はっきり言って、面倒な団体なんです」

「俺たちも捕まりそうになったけど、まあ回避してきたんですよ。レアリスの教育にも悪いしな」

「本当、アズだけでも教育に悪いのに、これ以上環境が悪くなると心配ですしね。さあ、ここまでくれば大丈夫でしょう」


 話しながらたどり着いたところは、城前大広場だった。ここは団体活動も出来ない区域らしく、警備の騎士たちも多い。ここならのんびりと過ごせそうだ。人は多いが、広場自体が大きいため、窮屈さを感じない。


「ありがとう、二人とも。ベロカーラに来たら二人に頼るのがいいみたいだし、また頼らせてもらおうかな」

「もちろんですぜ。そんじゃ、俺たちは依頼に行くんで、ここで」

「良い一日を過ごしてください。さあ、行きましょう、アズ」


 そういって、二人は街門のある通りへと消えていった。多分だけど、彼らとはこれからも関りはあると思うので、これからも仲良くして言うと思う。

 気を取り直して、先ほどの元同学年の人でかなり時間と気を使ったため、お腹も減っていた。なので、どこか喫茶店にでも入ろうと、喫茶店がありそうな大通りに入った。

 そこは老夫婦が経営している小さな喫茶店で、入っている人たちもまばらだった。中のデザインもシンプルで、控え目な観葉植物が、老夫婦の性格を表現しているかのようだ。私は窓際の席に座り、コーヒーとデザートのセットを頼み、手元に来てからしばらくのブレイクタイムに入る。


(たまにはこんなゆったりとする時間も悪くない。それにしても、前にあったあの破壊の依頼。あれは少し気になるんだよね。まだ団長たちには伝えてないけど、でも、なにか、裏社会の動きが不穏な感じになっている気がする。大量破壊魔導器の開発がもしされていて、それが反社会武装団体なんかに手が渡ったら、地上だけじゃなくて空も穢されるかもしれない。それだけは阻止しないと。地も空も破壊されたら、それこそ生きとし生ける者たちは生きていけなくなる)


 気づくとすでにケーキはなくなり、コーヒーもなくなっていた。お腹も満たされており、考察にふけっているうちに飲み食いしていたようだ。ちょうどお昼の時間帯の鐘がなり、仕事休憩の人たちがちらほらと入ってくる姿を見て、私はさっさとお金を払って出ていった。


 午後。それは一日の中で一番ゆったりとした時間が流れ、空を眺めるのに一番良い時間帯だ。私は外壁近くにある高台広場へとやってきた。騎士たちが外壁の上から見張るために作られた場所でもあり、騎士たちの姿が多くみられる。そこにあるベンチに座り、空を眺めていた。普段なら箒に乗って、より近い場所で見上げるのだが、たまには地上に近い場所で見上げるのも悪くない。今日は晴れ。所どころに雲が散らばり、白いキャンパスを彩る。


「今日は天気よいですよね。こんな日はお弁当を友人たちと一緒に食べ合うのが良く似合うと思うんです」


 優しい青年の声が聞こえ、だるそうにそちらの方へと目をやる。そこには、まだまだ若い騎士が一人、同じベンチの向かい側に座っていた。彼の表情はどこか儚く、でも決して折れない眼力があるように見えた。


「友人たちと一緒にいるのが楽しい人たちは確かにそうだと思う。ま、私は空を眺めるのなら、一人の方が性に合ってるね。誰かと一緒に見るのも悪くはないけど」 

「ははっ。確かに、そこは人それぞれですね。あなたはあまり見かけない顔ですけど、旅人さんですかね。ここのノーサイト公国旅人組合本部に用でもあったんですか?」

「いえ、ただ単に近くまで来たので休暇で来てる。それよりも、あなたは良いの? これじゃあサボってるようにしか見えない。後で上司に怒られるんじゃない」

「いえ、よくも悪くも、何もないんです。そう、今の僕には何もないし、出ない。だから、自由にやってるんです。一番暇なこの外壁の警備に回されてるのも、僕と関わりたくないからなんです」

「それは色々と事情がありそうだね」

「本当、そうなんです。詳しい事情はもう恥ずかしすぎて言えないんですけどね」


 そう言い、口を閉ざした彼は、より一層悲哀に満ちた表情で空を眺めていた。姿勢正しく、今見て取れる情報ではサボるような怠惰な心を持ってはいないのだろうと分かる。だから一層、相当な事情と関係があって、今の状況になっているのだろう。私も細かくは追求せず、ただ一緒に空を眺めていた。今見える雲は大きな塊から、一塊の雲がちぎれて離れていく。そんな光景だった。そして、離れていく雲に誘われるように、眠気が私を襲い、やがて昼寝の時間がやってきた。


 夕方。目覚めると、すでに空は朱く染まり、一日の休みの時間がやってきていた。さきほどいた警備の騎士は、外壁の上で警備に戻っていた。私はベンチから立ち上がり、大きな伸びをして広場から降りていく。

 街は夜の世界へとシフトして行っている。日中のお店は閉店準備を進め、夜の店は回転準備を進める。行商人の屋台はすでに撤収され、姿も見えない。住民たちは各々の家へと帰っていく。依頼を終えた旅人は今日の成果をギルドへと報告へ行き、騎士たちも夜間帯の騎士たちへ引き継いでいた。


(今日はここで過ごして、明日また旅に出よう)


 そう決めた私は、夜ご飯を食べるため、あるバーへと歩き出した。

 音楽バー「イトマイカ」。ここはごはんもお酒もおいしく、さらに音楽も上手いと、陰で評判の店だ。私も話には聞いていて、気になっていたのだ。正直、ベロカーラに止まった理由も、ここに来るのが目的の1つだった。私はバーの中央開きのドアを開き、中へと入る。

 中は人がまばらだった。しかし、雰囲気はすでに出来上がっており、音楽魔術師がピアノと他の金管楽器、弦楽器など、様々な楽器を魔法で操り、耳心地の良い音楽を奏でている。


 「いらっしゃいませ。おひとりならぜひカウンターへどうぞ。身近に音楽という友人を感じられる。一人ならではの特等席です」


 店主と思われる人に案内され、カウンターへと座る。私以外に一人、そこに座っていたが、彼は完全に一人の世界にふけっていた。私は、がっつりしたディナーセットと飲み物を頼む。お酒は飲めるが、一人では飲まない。そこまで好きではない。店主も特に気にすることもなく、準備をしてくれた。冷たい水に肉料理はシンプルだがやはり合う。いや、今回はそこに音楽という隠し味が入っているから、より一層おいしく感じるのだろう。


「お客さん、旅人だろう。どうかな。彼に何か今の気分に合わせた曲をリクエストしてみては」

「えっ? へーそういうのもやってるんだ」

「もちろんですよ! ここベロカーラは特に観光地が多い訳じゃない。でも、こうやってこのバーで巡り合えたのも何かの縁でしょう。だから、そういう人には極力思い出に残ってもらいたいんですよ。そしてそれは彼も望んでいる」


 店主は演奏している音楽魔術師に目配せする。音楽魔術師も、どうやら聞こえているらしく、軽く会釈していた。なるほど、陰で評判良くなるはずだと、納得した。


「分かった。それじゃあ、空をイメージした曲が欲しいかな。そう、雲も残るような、青と白の彩のあるようなもの」 


 店主は笑顔で頷き、そして少しして、音楽魔術師は演奏していて曲を一旦やめ、新しい曲を弾き始めた。透き通るような音、そして、音楽に合わせて脳裏に浮かぶイメージは、まさに青空と白い雲が流れる情景だ。気分まで晴れてくるようだ。気づくと、周りにいるお客たちも似たようなイメージで聞いているのか、晴れ晴れとした表情になっていた。

 それから何曲か、リクエストしたイメージの曲が流れ、私のごはんがなくなるころにはちょうど演奏も一区切りついていた。店の客層も一通り変化し、曲が始まった時にいた客は私だけになっていた。


「店主さんに、音楽魔術師さん。素敵な演奏だったよ。ありがとう。とてもおいしかった」

「それはよかった。ぜひまた来てくれると嬉しいです。我々は、まあ彼はどうか分かりませんが、少なくとも音楽バーは続けていきますので、今後ともよろしくお願いしますね」


 店主さんの挨拶を聴き、帰るタイミングも作ってくれたので、その流れで私はバーを後にした。そして、今朝泊まっていた借り部屋へと歩みを進める。今日は非常に充実した一日だった。たまにはこういう時間を作るのも一興だろうなと、自分に言い聞かせた。


 夜は快晴。日中にあった雲たちも今はなくなり、満点の空を映し出す。ひときわ輝くは尊い星地球。あれほど青く綺麗に輝くのであれば、もしかしたら地球にも生物はいるのかもしれない。

そんなロマンなことも心に想いながら、藍月と街灯に照らされる道を、静かに歩いていった。

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