私の手を握って・・・。

tudoi

第1話 何度でも・・・・。

握った手のひらからだんだん力が抜けていく

冷たく白く血の気のひいた白魚のような繊細な手


『ごめんなさい・・・。』

そうつぶやくと細く息をつき意識を失った。


『目を開けて!お願い・・・。おいていかないで!涼子りょうこぉ!!!』


周りから嗚咽おえつがこぼれる


21歳という若さでこの世を去ってしまった私の婚約者こんやくしゃ

水瀬みなせ 涼子りょうこ

彼女とは幼馴染おさななじみであり恋人であり、そして婚約者でもあった。

生まれた時からの付き合いで、父の友人の娘さんでもあり小中高校まで一緒の学び舎であった。


涼子りょうこさんは身体が弱いのでその部分を竜馬りょうまは気をつけてあげないといけないわね。』そう母に言われていたのになんてことだ・・・。


結果彼女は21歳という若さで息を引き取ってしまうことになってしまった・・・。

私は彼女の健康状態けんこうじょうたいがよくないことを承知しょうち高校卒業後こうこうそつぎょうごに医大へ進学した。

必ず彼女を助けてみせる!そう思い、受験し合格した。

なんとか大学病院だいがくびょういんにて研修医けんしゅういとして頑張っていた矢先のことだった。


なんでなんだ!


ここまでの間かなり自分でも順調だったと思っていたはずなのにどうして・・・。

亡骸なきがらにしがみつき泣きじゃくる涼子りょうこの母、そばでうなだれる涼子りょうこの父、そして私の父と母はそんな二人を見ていられずに顔を背け部屋を出ていった。

私もその部屋を出て両親に病院へ行ってくると言おうとすると母が手招きをし私を呼んだ。


『あなたのご友人で・・・矢野やの 陽子ようこさんって知っている?』


どくんと心臓しんぞう鼓動こどうをうつのがわかった。

見るまに私の顔から血の気が引いていくのがわかるほどその名前に恐怖きょうふを覚えた。

『実はね矢野さんって人が何度も涼子りょうこさんを訪ねにいらしているのよ。』

矢野は涼子りょうこの友人で私とも顔みしりであった。

以前矢野陽子から

『私と付き合ってほしい』

と言われていたのだがもちろん私には涼子りょうこがいたため何度も断っていた。

しかし矢野陽子はあきらめが悪く、その後も何度となくランチをする私と涼子りょうこのところに来ては邪魔じゃまをした。


高校を出てからは涼子りょうこも自宅で過ごすことが多く私も医大の道へいったため矢野陽子とは関係がなくなっていたと思っていた。

一度医大の学祭に涼子りょうこがきているときにだがガラの悪い男子学生と一緒に遊びに来ていたことがあったらしいが、私は無視むしをしていた。


『この前の土曜日にね涼子りょうこさんずぶれで帰ってきてね・・。そこから体調を崩されてということみたいね』


初耳だった・・・。

『その時にねその前に矢野さんって方から連絡れんらくがあったそうよ。』


涼子りょうこは矢野に呼び出されていた?

私はうすら寒さを覚えながらも、まさか・・・?という考えが頭から離れなかった。

外に出て缶コーヒーを買いに歩いていると目の前に矢野が飛び出してきた。

勝谷かつたにくん!久しぶり!このたびは残念だったわね』

黒い喪服もふくに身を包まれた矢野は高校の時となんら変わっていなかったが、見るとなんとなく気分が悪くなった。

『今大丈夫?よかったらちょっと付き合ってくんない?』

相変わらず頭の悪そうな話し方をするな・・・と思いながらも

『缶コーヒー買いにいく間なら』といった。

どうせ話だけだろ?

涼子りょうこさぁ・・・体弱かったじゃん?だからさぁ・・・・私に自分が死んだあとのことよく話してくれたんだよね』


『はぁ?』


『今ならさぁ・・・涼子りょうこ遺言ゆいごんだと思ってぇ・・・私と付き合わない?つか一足飛いっそくとびで結婚でもいいよ!』


『寝言は休み休み言えよ!冗談だろ?』


はっきり言って胸糞悪むなくそわるいというのはこういうことかって思うぐらいむかついている。


『俺は、以前にも言ったと思うけど、涼子りょうこ以外の女は必要ないし付き合うこともしない・・・。わかる?』

すると矢野はにやりと笑うと

『それでも勝谷かつたにくんは私と結婚をすると思うよ』と笑った。


次の日に告別式こくべつしきが執り行われることになった。

その前に涼子りょうこに準備をさせなくてはいけないとのことで病院の看護婦かんごふが私を呼びにきた。

式場に行く前に涼子りょうこの体を洗わないといけないのだそうだ。

病室で白くほっそりした涼子りょうこの体を消毒液に浸した手ぬぐいで体をふいていく。

涼子りょうこは白い着物を着せられきれいに化粧をされ横たわった。

そのままご遺体の搬送は業者がしてくれるらしく私たちは涼子りょうこの遺体と一緒に斎場さいじょうへいくことになった。

斎場さいじょうにつくとさっそく涼子りょうこの遺体は斎場さいじょうの真ん中におかれ旅支度をするかのごとくいろんなものが横に置かれた。

『本来は親族しんぞくの方のみで行いますが今回はご婚約を結ばれていたにも関わらず最後までご結婚を果たされることができなかったということで勝谷家の方にもお手伝いしていただきます。』

そういうと式場のスタッフに言われるままあの世へ旅立つ涼子りょうこのために手甲てっこう足袋たび脚絆きゃはん頭陀袋すだぶくろの準備をさせてもらえた。


涼子りょうこの足は細く脚絆きゃはんを巻いても余ってしまうぐらいなのが悲しくて・・・。何度も巻きなおしてあげた。

大学から帰ってくるたびに何度も顔を見せにいけばよかった・・・。

とても寂しかったに違いない・・。

俺はいないし矢野からは不安な話しかしてもらえず最後は悲しい気分のまま亡くなったに違いなかった。

後悔してもしきれない・・・。

俺はなんのために医大にいったんだ?涼子りょうこを幸せにするためじゃなかったのか!

悔しくて悔しくて涙があふれてきた。


そんな中、矢野だけは冷めた目で私たちを見ていた。

俺は絶対に矢野とは付き合わないし結婚も絶対にしない!

そう心に決めて涼子りょうこの寝ているような顔にそっと触れた。

母に『私たちは別室で喪服の準備をしてくるわね』といってその場を離れた。

涼子りょうこの遺体はとある部屋に安置され布団をかけられ、顔にも白い頭巾ずきんのようなものを被せられ、線香をたくための台を前に設置された。

夜中に線香の火が絶えてはいけないとのことで渦巻状の線香を準備された。

こうすると長時間もつらしい・・・。

見た目蚊取り線香みたいだが仕方ないのだろうな・・・。

『ねぇ!勝谷くん!大丈夫?』

いつの間にか矢野が近くにいてびっくりした。

『お前帰れよ!』

『いやよ!まだ返事もらってないし!』

『だから無理だっていっただろ!しつこいな!』

俺はいらいらしながらつかまれた矢野の手を振りほどくとその場を後にした。


とてもじゃないけどやってらんねぇ・・・。

そこへ研修医としてお世話になっている病院から電話がきた。

『勝谷!こんな時にすまんな・・・。ちょっと戻ってこれないか?』

正直ほっとした。

『今から伺います。すみませんがよろしくお願いします。』


斎場さいじょうの人と涼子の両親に声をかけて俺は斎場を後にした。

まわってきたタクシーに飛び乗り病院まで戻っていった。


病院につくと電話をしてきた俺の研修の担当医がやってきた。

『歩きながら説明するぞ!いいか?』

『大丈夫です。』

『先ほど抗がん剤を投薬した患者の容体が急変した。君には今から急変した患者の傍につきそい呼吸と心音の様子を見てもらう。今は少し落ち着いているがまた心拍数があがるようなら呼んでくれ!それまでに準備をしておく!』


『わかりました。』


『本来なら今日当直の人間にしてもらうはずだったんだがな、当直予定だった先生がいきなり濃厚接触者のうこうせっしょくしゃになってしまって他にも自宅待機じたくたいきのために来れない先生もいてな・・・。結果研修医であるお前しかいなかったというわけなんだ。すまんな』


『大丈夫です・・・。おおかた先ほどお別れのための準備はしてきましたので明日またお通夜に行かせてもらえればそれでいいです。』


正直気がまぎれた・・・。

こんな言い方はないとは思うけど涼子りょうこの顔を見て自分は涼子りょうこを幸せにしてやれなかったんだと思うと情けなくてなんとも言えない気持ちになっていた。

だからじゃないが少しでも離れて研修医として役に立つ・・・。それで気がまぎれるのであればそれはそれでいいと思ってしまう。

矢野にしつこくされるのも気がめいっていた。

ここだと矢野はついてこれないので安心できる。


昔からだった

小学校に涼子りょうこと一緒に登校すると必ず涼子りょうこの手を振り払い私の腕をつかんでいこうとする・・・。

給食の時に隣どおしで机をくっつけて食べようとすると割り込んでくる。

中学にあがるとさすがに私立に二人とも進学したから矢野はついてこないだろうと思ったらなぜか受験していて合格しているし。

そこでも昼休みにお弁当を二人で屋上で食べているとなぜか屋上にいて一緒に食べようとやっぱり涼子りょうこから場所を奪うし・・・。

ここまでくるとストーカーかと思うぐらい気もちが悪くなり、とにかく涼子りょうことの登下校は必ず一緒にいた。


矢野の家は昔からきな臭い話が流れていた。

やくざの子供とか・・・高利貸しの子供とか・・・

裏社会の会長の愛人の子供とか・・・どれが本当かはわからなかったがとにかくかかわらないほうがいいというのだけはわかっていた。

だから告白されてもずっと断り続けていたわけなんだが・・・・。

あきらめめない・・・。

病院の院長が部屋にやってきた。

『勝谷くんだったかな?患者の移動が終わったら院長室にきてくれ。』

『わかりました。』


じきに準備を終えた担当医が患者を運びにやってくるとその足で

『院長室に呼ばれたので私はこれで』というと院長室へむかった。


こんこん


『失礼します。』


重工なドアをあけるとそこに院長が背中を向けて座っていた。


『君の希望はなんだったかな・・・』

『外科です。』

『あーそうだったね・・・。帝大医大付属病院ていだいいだいふぞくびょういんを推薦しておこう。』

『え?帝大医大付属病院ていだいいだいふぞくびょういんですか!』

『そうだ・・・。あそこは研究設備けんきゅうせつびも最新をそろえているし給与も他のところとちがっていい・・・。君も身を固めるならばそれぐらいのところに勤めないとな!』


一瞬固まった・・・。


『院長先生・・・。私は今日婚約者をなくしたばかりでして…。』


院長はえ?という顔をすると


『いやいや何を言っているんだい…。先ほど君の婚約者だという人が私を訪ねてきたよ?』


一瞬寒気がした。

え?なに言ってるんだこの先生?まさか・・・。


部屋を出てトイレに入って頭から水をかぶった・・・。

少し冷静にならんとな・・・そう思っていた。


医局いきょくにいくと若い看護婦さんたちが話しこんでいるのが見えた。


『あ!勝谷先生~大丈夫ですか?』


『みんなで心配していたんですよー』


みんな不安そうに私を見ていた。

『とりあえず明日お通夜に出席するためまたお休みいただくことになったんで・・・・。みんな悪いけどよろしくな。』


看護婦さんたちは気の毒そうに私に『お気を落とさないでくださいね』と言ってくれた。

みんな優しい・・・。

しかし院長に婚約者だと偽ってきたのは・・・矢野陽子?

まさかな・・・。


その夜…夢を見た。


小学校のころの夢で

涼子りょうこが隣にいて…俺は本を読んでいた。

すると怒鳴り声が聞こえてきてその怒鳴り声のほうをみるとでかい図体の熊のような男に何度も顔がつぶれるぐらい殴られている同じくらいの小学生の女子が泣きわめいていた。

すごく怖くて…死ぬんじゃないかと思うぐらい殴りまくっていた。


俺はいやになって…つか涼子りょうこも怖がっていたし…先生に言いにいった…。


殴られたその子は味噌っ歯を見せつつ


『ありがとう…』と言った。


なんで忘れていたんだろ?

つかこれってなんだっけ…。

この時本当に涼子りょうこはおびえていた。

関わりたくないとも言ってたと思う。


顔の変わってしまったその子とはそれから会うことはなかった。




『起きて!』

びっくりして起きた拍子に椅子から落ちた。


看護婦の園子そのこだった。

園子そのこ涼子りょうこ従妹いとこでよく付き合いをした。

涼子りょうこにとってはお姉さん的な存在だった。


『大丈夫?りょうたん…。』


心配されるぐらいひどい顔をしていたのか?園子そのこはハンカチで汗をぬぐってくれた。


『ほら!りゅりゅに最後のお別れ言いに行くよ…。』


園子そのこ涼子りょうこのことをりゅりゅって言っていた。

なんでも小さいときに自分の名前が言えなかった涼子りょうこがりゅりゅって言ってと言ってたらしい。

外にでると雨が降っていた。

いつの間にか暗くなっていて一日寝ていたんだな‥‥。それぐらい泣き疲れていたんだな…。そう考えるとまた眼がしらが熱くなってきた。


りゅうたん無理しないくていいからね…。りゅりゅも無理しないでいいっていってくれるよ』

『ありがとう園子そのこ…だけど俺が涼子りょうこのそばにいてあげたいんだ…。』

泣きそうになりながらも呼んでくれたタクシーに乗り込むと斎場へ向かった。


『ついたら起こしてください。』

運転手にはそう伝えていた。

だからゆっくり眠れる・・・・。

少しでも寝るんだ・・・。

俺はタクシーの中で少しだけうたたねをしていた。


たくさんの人たちがお通夜つやに参列してくれた。

生前の涼子りょうこをよく知ってくれてる人たちがたくさん来てくれたのである。

小学校の時の友人も何人か来てくれててみんな一緒に泣いてくれた。

『勝谷くん小学校の時から涼子りょうこと結婚するって言ってたもんね…。』

『あいつまだ付きまとってるの?』

『あいつ?』

顔を見合わせると

『矢野だよ』と言った。

『矢野ってさ…すげー涼子りょうこのこといじめてたじゃん…。』

『いじめてた?』

『覚えてない?勝谷くんのこと諦めるまでやり抜くって当時息巻いてたんだよ…。知らなかった?涼子りょうこも怖がってさ…。』


もしかして…涼子りょうこを呼び出したのは身体の弱い涼子りょうこに無理をさせてわざと殺すため?そんな思いが疑いが立ち上がってきた。

気のせいでありたい…。

そうこう言ってるうちにお通夜つやが終わった。


一旦自宅に戻って着替えを用意しないとと思いつつタクシーを捕まえようとしていたその時、矢野が目の前に現れた。


『なんでなの?なんで私じゃだめなわけ?』


何言ってるんだこいつ?って思いながらも無視してタクシーを捕まえようとした。


『お願いよ!私を見てよ!私はあなたに助けられて本当に感謝してたし、涼子りょうこよりもあなたを愛する自信があるのよ!なんで私じゃだめなの!』


『俺は君を助けていないし知らない!もうかまわないでくれ!』


『いいえ助けてくれた!暴力をふるう熊のような父から私を守ってくれたじゃない!あの時から私はあなたを愛している!お願い竜馬!私を見て!涼子ではあなたを幸せにはできない!だから…。』


涼子りょうこ


そう言いはなった俺に矢野は体当たりしてきた。

よろけた俺は…道路を飛び出す形で対向車線にきた車のライトに照らされ…




死んだ?

いや死んでない…。


気がついたら実家の自分の部屋で寝ていた。

俺…いつ帰ってきたんだろ?

そう思いながらベットから降りようとして違和感を覚えた…。

なんでベットの高さがこんなに高いんだ?

目の前の姿鏡すがたかがみをみてやっと自分が小学生に戻っていることに気が付いた。


竜馬りょうま~~~~起きなさいよ~遅刻するわよ!ほら!涼子りょうこちゃん迎えにくるわよ!』


俺…なんで小学生に?つか死んだのか?どうなっているんだ?

とにかく着替えて下に降りて行く


親父がコーヒーをすすりながら新聞を広げて読んでいる。

日常の朝だ…。


目玉焼きとベーコンがあってトースターからいい色に焼けたトーストがおいしそうだ。

カップに牛乳を注ぎ目玉焼きとベーコンを食べトーストにバターを塗って食べた。

常に牛乳をこくこくと飲んで口の中いっぱいにトーストと牛乳を溢れさせるぐらい入れてあるほうがとても幸せに感じでいた。

なんか思い出したな…そんなささいな幸せも忘れてしまうなんて…。

そうこうしているうちに涼子りょうこが迎えにやってきた。

『竜ちゃんいこ!』

『おう!行こうぜ!』

『いってらっしゃーい』


なぜか死んだと思っていた涼子りょうこが生きて目の前にいた。

はかなげで白く陶磁器のように繊細なほっぺを赤く染めて涼子りょうこはそこにいた。


『竜くん?どうしたの?』


『俺…お前を絶対に守ってやる…。どんなやつからも!』


涼子りょうこはにっこり笑うと


『うん!いつまでも一緒だね!』と微笑み返してくれた。


学校につくと教科書を入れているときに図書室で借りていた本が一緒に入っていた。

『あ!借りてたんだっけ…やべ!まだ読んでないや』

『じゃあ今から読む?つきあうよ』


涼子りょうこが一緒なら早く読み終わるかもしれないな…ちょっとそんなことを思いながらも学校の中庭まで二人で行って中庭にある石でできた噴水の傍に腰かけて本を読もうと開いた。

すると怒鳴り声が聞こえてきてその怒鳴り声のほうをみるとでかい図体の熊のような男に何度も顔がつぶれるぐらい殴られている同じくらいの小学生の女子が泣きわめいていた。

すごく怖くて…死ぬんじゃないかと思うぐらい殴りまくっていた。


あれ?なんか…この光景みたことが…。


『あ…。』

忘れていたけど見た!

この光景忘れもしない…。

涼子りょうこはおびえている。

おれはさっさと涼子りょうこの手をとりその場から立ち去った。


『竜ちゃん!竜ちゃん!あの子大丈夫かなぁ…。』

なんか心が痛い…。

先生に報告しておくか‥。


職員室に入ると先生に先ほどの中庭での話をした。

先生は血相を抱えて中庭に飛んでいった。


俺たちは教室に戻り授業の準備を始めることにした。

そこへ先ほどの先生が俺を廊下ろうかに呼んだ。

『勝谷くんが教えにきてくれたんだよ~お礼を言ってね。』

え?

そこには血だらけであざだらけの味噌っみそっぱを見せつつ

『ありがとう…』と言って…にかっと笑う

矢野やの陽子ようこがいた…。


俺はまた間違えてしまったのか…。


どうしたらいいんだ…また矢野やのにかかわってしまった。

忘れていたとはいえ…なんで同じことになってしまったんだ…。


『俺は何もしていないから!』

そう言って席についた。

まわりからはひゅーひゅーとはやし立てる同級生の声が聞こえていたが無視した。


『大丈夫?竜くん…。』

どことなく涼子りょうこが心配そうに見る。


こんどこそ絶対に守らなくちゃいけない!

医者いしゃこころざしたけど結局涼子を助けられなかった…。

教室でふざけてプロレス技をしている同級生を見て俺はこれしかないと思った…。


身体を鍛えよう!


毎日朝早く起きて朝食前にランニングをする日課をつくった。

早朝のランニングは気持ちいい

全体的に体を動かしているとだんだん筋肉がほぐれて全体的にあったかくなる。

身に沁みわたるとはこのことだと思うほどにランニング後の牛乳は特に格別においしかった。

『いってきます!』

『いってらっしゃーい!』


朝の平凡な一日

一緒に登校する涼子りょうこの笑顔

今度は間違ったらいけない

何もかも以前とは違う!そう思いつつ彼女を守るために俺は身体を鍛えた。


学校では俺の見る限りでは涼子りょうこと矢野との絡みもなく平穏に一日が終わっているように見えた。

時々だが涼子りょうこは身体が弱いため無理をして休むことがあったがその時はプリントをもって様子を見に行ってあげた。


そのうちブラジリアン柔術や空手などを習うようになった。


どんどん進化していく俺を涼子りょうこは心配そうに見ていた。

中学に入り俺と涼子りょうこは普通に公立の中学に進学した。


もちろんそこには矢野も同じ中学に入っていた。

不安がないといえばウソになるがとにかく涼子りょうこと一緒にいた。

矢野の入る隙間もないぐらい一緒にいればなんとか大丈夫だと思っていたんだろうな…。


ある放課後にいつも涼子りょうこと一緒にいる友達が血相を変えて教室に入ってきた。


『竜くん大変!涼子りょうこが男子数人に連れていかれた!しかも違う中学の男子生徒みたい!』


その友人の子と連れていかれたところへ行ってみると涼子りょうこは服をずたずたにされ倒れて泣いていた。


『竜ちゃん…私…死にたい…。』


あちこちに痣があり股には赤い血がついていた。

明らかに輪姦されたあとだった…。

俺はその場でたばこを吸っていた数人の他中学の男子生徒を殴りまくった。

最初は息巻ていた周りの中学生男子だったがだんだん俺の格闘技系の強さに恐ろしくなってきたのか逃げ出そうとしだした。

俺は逃げようとするやつらも捕まえぎったぎたに殴りまくり

何人かは完全に顎の骨をくだいていたに違いない。

周りは血の匂いであふれかえり

その時の様子を見ていた同級生からは

魔王かと思うぐらい恐ろしい気迫があった。

と言わしめるほどだったという。

俺は涼子りょうこを制服の上着でくるみながら抱えて病院へ連れていった。

涼子りょうこは俺の上着に顔をうずめうっうっと嗚咽をもらしながら泣いていた。


俺はそんな涼子りょうこをやさしく抱き寄せながら

『俺がずっと一緒にいてやる…。だから死にたいなんて言うんじゃねえ!』と言った。

あきらかに矢野の仕業だろう…。

他の中学の男子学生となんかつるんでるなって思って警戒していたらこれかよ…。


涼子りょうこを病院に入院させ病院から出たところで矢野が待っていた。


『竜くん…。』


俺はきっとにらむと『近寄るな!』っと叫んだ。

矢野はどうしても涼子を傷つけて俺と別れさせたいそう思っているようだった。


『そんなこと言うならもう徹底的に涼子りょうこには、もっと地獄よりもつらい目にあわせてあげようかしら?それでもいい?』


卑怯なやつだ…。

『そんなことをしても無駄だぞ…俺に脅しは通用しない。』


矢野はにやりと笑うと

『でも涼子りょうこは違うよね?』といった。

『いいのよ~涼子りょうこ可愛いからいたぶりがいがあるわぁ…。勝谷くんが私と付き合わないで涼子りょうこをとるというのなら私にも考えがあるってことをわからせてあげるわw』


『てめぇ…涼子りょうこに少しでも何かしやがったら覚悟かくごしやがれ!』


矢野はウフフと笑うと


『いいわぁ~そのぞくっとする顔…素敵…最高よね…。やっぱり勝谷くんは私しかいない…。涼子りょうこでは幸せにはできないって思うわ…。』


『何度も言うけどな…涼子りょうこ!』


きょとんとした矢野はいきなり笑い出し


『確かに私は涼子りょうこじゃないわ!だけど涼子りょうこにはないものを私はもっているのよ!だから私だけは勝谷くんを幸せにできるわ!』


かんさわるる女だ…。

俺はまず自宅に帰り母さんに涼子りょうこの入院のことを話した。

そして涼子りょうこの両親に

『自分が責任をちゃんと取ります!だから涼子りょうこさんと正式に婚約をしたい。』と話しをした。

もちろん涼子りょうこの両親は涙を浮かべながらも

涼子りょうこをよろしくお願いします。』と言った。


次の日俺は空手道場の師匠に呼ばれた。


『ここで君にもう教えることはできない。悪いが次回からはもう来なくていいからな!』


信じられなかった

破門されたのである。

ブラジリアン柔術でも同じように言われた。


『納得できません!なぜ破門されるのですか?』


『君は空手を習っていない生徒に空手を使って喧嘩をした。そのおこないだけでも破門の対象になるのだよ!わかったら帰ってくれないか!』


涼子りょうこを守るために習った柔術と空手だったが…。守るために使ったことで破門になるとは思いもしなかった…。

俺はとりあえず強くなるために鍛えた。

他でとってもらえるかどうか門を叩いて聞いてまわったがどこも話がまわっていて断られた。どうしたらいいのか考えあぐねていた時…。


『君は勝谷 竜馬君かね?』


公園で鍛えていた俺にふいに80ぐらいのじいさんに声をかけられた。

『はい…なんで俺の名前を?』

目を細めてその人は

『私は総合格闘技そうごうかくとうぎを支援している団体の会長をしている佐久間さくま 竜英りゅうえいという…。君の話はいろんなところから聞いているけど、どれが真実なのかワシにはわかりかねることなんでな…とりあえず本人に会ってみることにしたんじゃよ!』

そういうと佐久間爺さんは俺に質問をした。

『君はなぜ格闘技を喧嘩に使ったのかね?』

俺は…あの時のことでいまだに苦しめられている…

喧嘩けんかこぶしを使った事実は事実として消えない…。

けど涼子りょうこを守れなかったという事実もまた事実であってその怒りにまかせてこぶしをふるったことについては完全にこちらの間違いであるとこの時に俺は悟った。

『そうか…間違いだと認めるんじゃな…。』


『はい…。でも俺にはそんなことに使うために習っていたわけではなく、彼女を守るためだったんです。』

佐久間の爺さんは少し考えると

『ついてきなさい…。』と言って俺をジムまで連れて行き稽古をつけてくれるようになったのである。

そこで俺は格闘技王と言われる強さを身につけて世界で活躍していくことになるのでした。

今度こそ涼子りょうこを守る…。

涼子りょうこはあれから学校に通えなくなり自宅で中学の教育課程をとれる通信教育に切り替えていた。


友達が怖い…。

そう植え付けたのは矢野である。

俺は矢野に対して怒りを覚えた。

俺は涼子りょうこしか見ていない…なのになぜここまで俺に対して関わってこようとするのか…その執念は酷いものだった。


久しぶりに学校に行ってみるとみんな俺をみて恐怖に顔をひきつらせた。


『やあ!竜馬くん久しぶりだね…。元気だった?』

俺は無言で自分の席につくと話しかけたほうに目をやった。

『矢野の腰ぎんちゃくか?』

話しかけた生徒はにやりと笑うと

『失礼だな…気を使って話しかけたのになんて言い草だい…。』と言って息をのんだ。


たぶん俺すげー怖い顔でにらんでたんだろうな…。

授業が始まりなんとか授業については理解していた。

前世では医者だったもんな…。

こんなん楽勝だな…。


佐久間さくまの爺さんは勉強もちゃんとできたほうがいいっていうが俺にしてみれば2度めの人生だし以前は医者だったし(研修医だったけど)特に気にすることはないと思うんだけどな…と思いつつもまじめに中間と期末考査は頑張って点数を取った。


そして情けないことにここまできて気が付いたのは…。

今回も涼子りょうこを守れていないってことだった。


それでも格闘技の力はどんどん伸びるし筋肉は適度についてくる。

身長も180超えているものだから、だんだん周りの女子からはキャーキャー言われるようになってきた。


矢野は相変わらずだったが…。


俺は水瀬家に寄ることにした。

涼子りょうこの様子を見ておきたかったからだ。

涼子りょうこは相変わらず、ぼーっと窓の外を見ていた。


涼子りょうこどうした?』


『んん…なんでもないよ…。竜君は中学どう?』

涼子りょうこいないから退屈だよ。』


涼子りょうこは以前の傷をさすりながら…。

『でももう竜くんに愛してもらえないね…。』と寂しそうにつぶやいた。


なんでそんなこと言うんだよ!

俺は涼子りょうこがいてくれたらそれでいい…。

やはりあの時に守れなかったのが悔やまれる…。


『あのな…涼子りょうこ俺と結婚の約束をしてくれ!』


『竜ちゃん…。』


『絶対に幸せにするからうんと言ってくれ…。』


俺はそういうと指輪を涼子りょうこの細い薬指につけた。

涼子りょうこは涙を流して

『竜くんありがとう…。』と言った。


『とてもうれしい…竜くんが傍にいてくれてよかった…。』

それが俺の見た涼子りょうこの最後の姿になってしまったのである。


その時は急にやってきた…。

俺が総合格闘技家そうごうかくとうぎかとして取材を受けたその日

母からの電話で涼子りょうこが死んだことを知らされたのである。


享年14歳…原因は自殺だった…。

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