tsドッヂボール

牛歩童子

1話

 ある初夏の話である。

私たちは公園のベンチに腰を下ろした。

この公園で唯一、木陰にあるベンチである。

私たちはいつもここで腰を下ろし、あることないことをしゃべってきた。

思い出の場所というにはなにもなく、かといって何の意味もない場所ではない。

今日もいつも通り私たちはここであることないことを話すであろう。


 しかし、今日はいつもとは違う。

相方が女性なのだ。

いつも、隣に座るのは男であった。

下ネタや隠し話をする仲の、気のいい男だった。

しかし、この女性とその男が違う人物であるかと言えばそうでもない。

男であり、女でもある。

なんのことかさっぱり理解しきれないであろう。

さてはジェンダー問題の話かといわれると、まぁ一部そう、そうかもしれない。


 つまりどういうことかと言うと、旧来の親友の性別が変化したのだ。

男性から女性に。

まっこと不思議なものである。


 この場にて緊急会議が開かれたことも、このことを議題にするためである。

短文を送ることのできる、かのSNSを用いての召集であった。

私はこの召集令状をみて、なにをケッタイなことをと思ったが、この惨事をみて、まぁ愕然とした。

本当に驚いたときは言葉に表すことなど大変難しいのだ。


 「まさか本当に女性になっているものとは思いもよらないものであるな。」


私はひとまず友に向けて言葉を放ってみた。

様子見ともいう。

私の隣人はそれをきき、なんと気の利かない言葉なのだと苦言を呈した。


 「友人が辛い目にあったのだ。もっとよい言葉があるだろう。」

 「ふむ、この度はご愁傷様でした。」

 「薄っぺらいな。」


何様だこいつ。

人様が身を案じて投げつけた言葉にこの言い草。

酷いものである。

しかし、まぁ大変な思いをした後である。(今もだろうか。)

私は自身の深い御心をもとに、その蛮行を許してやった。


 ともかくまずは、近況を聞くこととした。


 「病院には行ったのかい。」

 「あゝ行ったとも。医者に匙を投げられた。」


それはそうであろう。

性別が変わるとは聞いたこともない。

新たな新事実である。

ヒトはカクレクマノミと同じく雄性先熟であったのだ。

今頃その医者は論文をしたためることに必死であろう。

今年の学会は大荒れ決定だ。


 「そうかい。戸籍とか、そういったものは大丈夫なのかい。」

 「今はひとまずしばらく保留だそうだ。こういった事態を行政は予想していなかったらしい。しばらく世間に公表しないようだ。」


あたり前である。むしろその事態を予想していたほうが異常だろう。

混乱を防ぐためにも、情報を統制することは妥当ではないだろうか。


 「学校は大丈夫なのかい。」

 「一部の人以外には内密にして、偽名で通うこととなった。人間関係は真っ白さ。」


可哀想に。

こいつは人付き合いが上手い方とは言えない奴だ。

要らぬことをズケズケと言う。


 「まぁ、お前は友達作りが大の苦手であるからな。」

 「そうだな。」


そう言い、こいつはため息をついた。

らしくない。

いつもならこれに皮肉を返すだろう。

それほどストレスなのだろうか。


 「ふむ、しかし本当、不思議なこともあるものだな。」


とりあえずいつも通りに接することとした。

優しく接しても、いい顔をしない奴なので。

こいつは変に頑固者なのだ。

茶化すぐらいがちょうどいい。


 「なにか他に変わったことはあるか。」

 「うむ、今のところはなにも変化はない。おっぱいが増え、ちんこが消えただけだ。」

 「そうか、童貞を捨て損ねたな。」

 「なんだお前は。喧嘩を売っているのか。」

 「いや、機嫌を損ねたらすまない。」


童貞の件は触れないこととしよう。


 「他の人も、性別が変わるのだろうか。」


言い放ってみた。

そいつは、目を見開き、細々と、口にした。


 「いや、いや、どうなのだろうか。流石にいないのではないか。聞いたこともない。」

 「しかしお前という例がでてきたのだ。そんな簡単に男が女子に変わってたまるか。」


私は今とっさに思いついた考察を述べてみることとした。


 「世間には神隠しという話がある。」

 「ふむ。」

 「お前のような性別が変わった人は、言い方は悪いが、扱いにくい。そんな事例が度々ある。」

 「そうだな。」

 「そこで神隠しだ。適当な都合をつけてそいつをいなくなった者にし、そいつは別人として扱う。」

 「ほう。」

 「それが積み重なり、性転換は実は当たり前のことだが、世間ではそのことは秘密にされてきた。それが今回、ついに公の場にでたということだ。どうだ。」


そいつはそれを聞き、なんとも変な顔をして言った。


 「酷い陰謀論だな。」


そうであろう。


 「まあ、私の考察によるとそんなもの、どこにでもあることのようだ。つまりなんとかなるのだ。あー、なんだ、とりあえずアイスでもどうだろう。私が奢ってやろう。」


友は少し黙り、そして口角をあげ、「なるほど、そういうことにしてやろう。」と言い、席を立った。


 こうしてこの議会はひとまず幕を下ろした。

なんの解決にも至ってないが、そんなことはいつものことである。

ひとまず我々はアイスを求めて、近くのコンビニへと向かうのだった。


 なお、その後そいつはラクトアイスではなくアイスクリームをねだったことをここに記録しておく。

なんて強欲なやつなんだ。

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