悪役令嬢に転生した少女のプチ逃避行・プチロマンス

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。

 と自覚した私は、さっそく大多数の人間に追われているという、状況に面食らった。


 見覚えがある景色だ。

 それは、私の頭の中にある前世の記憶「悪役令嬢が断罪される最悪のシーン」だった。


 ヒロインをおとしめ、攻略対象を誘惑しようとした悪役令嬢が罪を暴かれたその後のシーン。


 往生際悪く、自分の行いの正当性を主張していた悪役令嬢が、どうやってもその状況を覆せないと悟って、その場から逃げ出すシーン。


 このシーンが流れた後、ゲームのエンディングでは、幸せそうなヒロインと攻略対象が抱きしめ合うシーンが流れる。


 けれど、悪役令嬢のその後について述べる内容は、一切なにも出てこなかった。


 幸せな結末に水を差したくないというスタッフのはからいなのか、それともエンディングに顔を出せない悲惨な状況にいるのか。


 想像したくなかった。


「私は悪役令嬢じゃないのでっ、別人なのですっ。どうか私の言葉を、聞いてください」


 頭の中に浮かんだ最悪の結末になりたくなくて、私は自分の事を必死に説明しながらにげる。


「たわごとだ。耳を貸すな。捕まえろ」


 ひぃっ。


 誰も真剣に聞いてくれない!


 でも、考えてみれば当然ですよねっ。


 やらかした悪役令嬢の言葉なんて、聞く耳を持つだけ無駄。


 実際にゲームをプレイしていた私もそう思いましたし。

 何か言ってても、途中からボタン連打でしたし。


 だって、この人ヒロインを物理的に亡き者にしようといろいろやってますもん。


 がけから突き落としたり、ナイフむけたり。


 エンディングになるまで牢屋に入れられてなかったのが不思議なくらい。


 でもだからといって、本来の悪役令嬢の所業に巻き込まれるのはごめんだ。


 記憶を取り戻した私は、悪役令嬢の意識を塗りつぶしてしまったらしい。


 なのでまったくの別人なのですからっ。


「いやーっ! 誰か助けてくださーい。いやもう本当になんでもしますからっ!!」


 しかし、この悪役地味に体力ある。


 大の大人が追いかけてくるのに、まだ逃げ続けてる。喋りながら走るのも余裕だし。


 ヒロインに嫌がらせするために、色々行動してましたしね。


 毒を盛るために、怪しい薬売りを探して遠くまで行ってるし、危険な生き物(この世界で言うところの魔獣)を捕まえるために、人が寄り付かない辺境の地にまで足を運んでるし。


 不幸中の幸い?


 なんて、考えてる場合ではなかった。


「絶賛私が、不幸真っただ中なのですーっ!!」


 袋小路に追い詰められてしまった。


「ふう、やっとこれで捕まえられるな。てこずらせやがって」


 青筋を浮かべた追跡者たちがにじりよってくる。


 万事休す!


 と思いきや、どこからか声が聞こえてきた。


『お前をたすけてやる。俺の言う事を何でも聞くと約束しろ』


 目の前の追跡者たちではないようだ。

 その声はどこからともなく聞こえている。


「はいっ、何でも言う事聞きます。だからどうか助けて下さいっ!」


 私は精いっぱいの猫なで声と、愛想笑いで応じた。


 そういう所、悪役っぽいね。


 まったくの別人だと思ってたけど、私にも悪役っぽいところがあったんだ。


『お貴族様にしては、安いプライドだな』


 応じたその声は、呆れまじりでした。


 ですよねっ。


 私もそう思いますっ。


 でも、この意識は一般人なので!








「ほら、ここまでくれまもう安心だろ」


 どこからともなく現れて、私を助けてくれたその人は、お金が必要だった。


 と、答えました。


 善意で助けてくれたわけじゃないないんですねっ。


 あと、欲を隠さないんですね。


 そういうとこ、嫌いじゃないですよっ。


 別に好きでもないですけどっ。


「分かりました! お金が必要なら、この宝石をどうぞっ! さぁどうぞっ! 遠慮せずにささっ!」


 ぶちぶちぶち!


 突然の暴挙!


 悪役令嬢は乱心して、ドレスを引きちぎった。


 おっと、目の前の男の人が、顔を真っ赤にしてうろたえてしまいましたよ。


 はっ。見える!


 何がとは言えませんけど、見えちゃいけないところがっ!


 私も、自分の状況に気づいてまっかに。あわあわあわ。


 そういうつもりじゃないんですっ。


 体で払えとかそういう流れじゃなくって!


「宝石! 宝石で払います! お金の持ち合わせは残念ながらないのですっ!」


 くさっても悪役令嬢。


 令嬢で、お金持ち。


 なので、お支払いは全て使用人さんとかにやらせていたんですよね。


 その影響で、財布とかは持っていないのです。


 というわけで、はい宝石。


 現物支給になっちゃうけど、我慢してださいな。


 すると、微妙な顔をして、男の人は宝石を受け取りました。


「いいもん落ちてねーかなと裏路地を徘徊してたら、とんだ落としもん拾っちまったもんだな」


 男の人は、私服を見たり、宝石をみたり、私の顔を見たり、視線がいったりきたり。


 すると彼は、ちょっとした親切さんだったようです。


「こんなには受け取れねぇよ」と言って、宝石数個を返してくれました。


 おう、そういえばちょっと多すぎるかも?


 宝石なんて人生で見た事数回しかなかったので、価値が分からなかったんですよね。


「で、あんたはこれからどうするんだ?」


 あてがあるので、その国まで逃げようと思いますっ。


 ちょっと距離はあるけど、その国に行けば、大きな恩を与えた人がいるので、かくまってもらえるかな、と。


 行き方?


 分かりませんっ。


 何しろ令嬢でお金持ちなので。


 この世界の私、自分の足で、どっか行ったことないんですよ。


 おう、お先真っ暗すぎる。


「仕方ねぇな。残りの宝石も欲しいから、俺がつれてってやるよ」


 さてはあなた、金に忠実なふりして、実は善人ですね!


 ありがとうございますっ。









 善人さんの名前はウォルト。


 ウォルトさんと言うんですねっ。


 何となく素敵な名前です!


 私の名前は、ぐふふっ知りたいですか。


「いらね」


 あっ、そうですか。


 べつに、おちこんだりは、してません。


 とにかく、この世界の私は遠くへ移動するために機関車に乗る事になりました。


「あんたの宝石のおかげで切符とるのには苦労しなかったけど、変装してんだから大人しくしてろよ。何度ボロがでかけたか」


 すいませんっ。


 でも、色々と珍しくてっ!


 キョロキョロしちゃうんですよっ。


 異世界っばんざいっ。


 あっ、あれカラフルで綺麗。おみやげものとか、ほしいなー。


「緊張感」


 こつん。

 頭をこづかれてしまいました。


 反省反省。


 ちょっと、駅員さんに「お尋ね者令嬢に似ているような」と言われる一幕がありましたけど、「よく似てるって、言われるんだよ。こっちはおかげで大変だ」っていうウォルトさんのアドリブで華麗にカバー。


 事なきを得ました。







 恩人さんのいる国に向かう前に一つ休憩。


 途中で辺境の街に向かいますよ。


「金が無きゃこんな遠くにはこれなかったな」


 なんでも、ウォルトさんの故郷だとか。


 そういえば、ウォルトさん、貧民街の路地裏で出会いましたねっ。


 でも、そこに立ち寄った時に知り合った孤児たちの面倒を見て、兄貴分的な事をしていたとか。


 ひょっとしてだからお金なかったんですかっ。


 貧乏さんでしたか!


 なるほど、私をカモにするのは当然ですねっ!


「失礼だし、カモにされてる側が言う事じゃねぇな。でも」


 ウォルトさんは苦笑して、頭をなでなで。


 おっ、最近ポカやらかすたびに、こづかれてましたけど、今日は好感度上がった?


 攻略対象じゃなくても、その行動イケメンですね!


「出会ったのがアンタで良かったかもな。退屈しねーし」


 私もウォルトさんみたいな人に助けてもらえてよかったです!








 ウィズ・ウォルトさん! な逃避行も終盤に。


 いよいよ目的の国まであとわずか。


 と言ったところで、トラブル発生。


 ウォルトさん、財布を盗まれる。


 私、宝石を盗まれる。


 とんでもなくプロい怪盗に目を付けられてしまって、すっからかんです!


 まいりました!


 その怪盗さん、義賊だってもてはやされていて、地元の人には慕われているそうです。


 だから、表立って被害を訴える事が出来ないのが痛いですよね。


 私はともかく、ウォルトさんのだけでも、取り返したかったんですけど。


 はっ、宝石がなかったら、私ただのやっかいなお荷物さん?


 このままではウォルトさんに迷惑が!


 幸い、目的地まではあとわずか。


 一人旅でも、芸でもしてれば、旅のお金くらい稼げるはず。


 何をやるのか?


 うーん。


 そこはこれから考えます。


 という事で、さようならウォルトさん。


 なんて、感傷にひたっていたら、「どこに行くんだ、こんな夜中に」おっと、即バレ。


「いまさら、あんたを放り出したりしねぇよ。ちゃんと最後まで面倒はみる。こんなところで別れたら気になるだろ?」


 えっ、私の事が?


「旅の成り行きが」


 あ、そっちですか。


 ですよねー。


 とにかく、ウォルトさんは良い人でした。


 私は自分の人差し指日本をつんつんしながら、恐る恐る尋ねます。


 前世では、たいがい面の皮が厚いなと、よく友人達から言われてますけどもっ。


 申し訳ないの気持ちはちゃんと持ってるんですよ?


「私ほうせき、もってないです」

「あのなぁ、あんたうっかりしてるんだから、とられるリスクくらい前からとっくに考えた。まさか俺ら二人とも、とは思わなかったけど。そんなの折り込みすみなんだよ」


 まじですか。

 ウォルトさん、ぱないっすね!


 良い人で頭が良くて、先の見通しもできるなんて、惚れてしまいますよ!


「ギブ&テイク以上に情があるやつを放っておけるか」


 おっ、ひょっとして旅が二人の絆を深めた、的な?

 お友達くらいにはなれたんでしょうかっ。


「ありがとうございます! 私、ウォルトさんの事好きです」

「へいへいそうかよ」


 ウォルトさんが気まずそうに頬をかいて、視線をはずします。

 ちょっと顔が赤いような?


 うーん、でもお友達ができて嬉しいのに、ちょっと何か違う感じがするのはどうしてでしょう。







 ちょっとトラブルはあったものの、数日後。


 無事に到着!


 目的地で、恩人さん家を訪問です!


 かくかくしかじか挨拶したら、目を丸くされました!


 でも、面倒は見てくれるそうです!


 やったね!


 今の私なら、前世の庶民生活を思い出してるので、好き嫌いなくお皿洗いでも、洗濯でもなんでもしますよ!


 なんて言ったら恩人さんが「ずいぶんと性格が変わられましたね」と言っていました。


 色々あったものでっ。


「働く事前提なのな」

「お世話になるってそういう事じゃないですん?」

「まあ、基本はそうだけどな」


 でも、これでウォルトさんとさよならするのはさびしい。


「ウォルトさんっ、私の事忘れないでくださいね! ずびび」

「間違っても令嬢のする顔じゃねーな」


 涙が止まらないです。


 せっかく仲良くなったのに、もうお別れだなんて。


 もっと一緒にいたかったですん。


「まあいいか。アテならあるし。今までテキトーに生きてたけどやりたい事だってできたしな」

「ふぇ?」

「何でもね。じゃあな。あんたと一緒にいるのはそれなりに楽しかったぜ」


 お別れはあっさりしたものでした。


 もうちょっとくらい、惜しんでくれても。







 しかし数か月後。


 思いもしない形で、再会しました。


「号外号外 頭を打って人格が変わったという、数奇な運命をもったご令嬢! 返り咲きか!? 最近話題の話だよ!」


 おっちょこちょい下働き要員と化していた私が、町に買い出しに出た時に、配られていた新聞をよんでびっくり。


「義賊ルーチェと貧民街育ちの少年ウォルトが、貴族界重役の不正を糾弾! 彼らは私腹を肥やす悪だった!」


 新聞を読んだ町の人達がひそひそ。


「まあ、ひどいわねぇ。そんな事が? 最近吟遊詩人がうたっていた話よね」

「何でも頭をうって正義の心に目覚めたご令嬢が、わざと義賊に宝石を盗ませて人々を助けたとか」

「そんな子がいたのねぇ。持ち出した宝石が、数年前に盗まれたはずの、大切な国の宝物だったらしいわよ」


 あわあわわわ。


 なんか、とんでもないことにっ。


 ウォルトさん、また人助けしたんですかっ。


 どんだけ良い人なんですか。


 なんて、新聞を手にしてわなないていたら、ウォルトさんの声。


「お前の話だよお前の。この流れで人の事だと思えるのは、ある意味すげぇな」


 ウォルトさん!?


「よっ。だから言っただろ? 最後まで面倒みるって」


 ぇぇぇぇぇぇっ!


 どどどっ、どうしてここにっ。


 永久のお別れをすませて、「これからは別々の場所で生きていく」みたいな流れだったんじゃないんですかっ?


「あのなぁ。俺は貸し借りきっちりしないと気が済まない主義なんだ。あんたからもらった宝石で切符かったり、宿代払ったり、生活費にあてたりするだけじゃ、消費しきれねーんだよ」


 ええと?

 つまり?


 恩を返しに来てくれた的な?


「だから最後まで面倒見るって何度言えばいいんだよ。まあ、今はそれでいいけどな。でも、貧民街の改革までもうちょっと付き合ってもらうぜ」


 どうしてウォルトさんがそこまでしてくれるのか分からないけれど、難しい事は考えられないのでとりあえず横に置いておくことにしました。


「じゃあじゃあ、また恩を返しますねっ。今のお給料じゃ足りないかもしれませんけれどっ」


 またウォルトさんとお話ができて気分るんるんなので、もう何でもいいんじゃないでしょうかっ。 


「それじゃ、いつまでたっても終わんねーだろ。まっ、俺としては別にそれでもいいけどよ」



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