都合がいい召喚魔法は存在しません

ちとせ そら

駆け出しの魔法使い

プロローグ  魔法使いに憧れて






 俺は今日で17歳になる。



 17歳になればいろんな事が出来るようになる。お酒だってたばこだって自己責任だ。魔法検定に合格すれば、街中で魔法を使えるようになる。魔法の威力やレベルだってあげられる。



 朝起きたときは特に変わったことはなく、いつものように大便をした。「本当に17歳になったんだよな」、自分の体内から放出された異臭を放つ固形物に話しかけるが、答えは返ってこない。「魔法を使えばこいつも動くのかな」、その考えが頭をよぎったけど、実践しようとは思わなかった。



 俺は本当に17歳になったらしい。手洗いを済まし手を洗いリビングに行くと、お母さんが「誕生日おめでとう」と言ってくれた。歳を重ねるにつれそっけなくはなってくるが、毎年言ってくれるのでそのたびに「ありがとう」と感謝の気持ちを伝える。



 村にいる同年代は俺(シュラ)とくーちゃんの二人だけだ。くーちゃん(本名・クロ)はまだ16歳で、誕生日は4か月後に控えている。他の同年代のやつらは先に17歳になると村を出て行ってしまった。みんなそれぞれの道を進むために。



 そのうちの一人のフィネは不定期だが、村に手紙を送ってきてくれる。内容はこうだ。「魔法使いになり、今は師匠の下で日々特訓に励んでいる」。手紙を送れるのは、情報機関の発達している街にいるという証拠でもある。フィネ以外の2人からは村を出て以降手紙が一通も来ていないので、不安でもある。



 朝飯はいつもと変わらない目玉焼きと焼き魚の切り身、大根の味噌汁に米だった。しかし今日はいつもより味わって食べた。いつもさりげなく食べているこのご飯も、お母さんがいるからこそあるんだなと考えると、なんの味付けもされていない目玉焼きの白身の部分に、塩分を感じた。



 窓ガラスにはは雲一つない空が背景の、家が田んぼがまばらに映っていて、一枚の景色画のように見えた。タイトルをつけるとするなら、「変わらない日常。実は誕生日」だろうか。我ながらいいセンスをしていると思う。卓上にあった朝飯を全て食べつくし、しめにコップいっぱいの水を流し込んだ。



 家を静かに出ると真正面に浮かぶ太陽が俺にスポットライトを浴びせるかのように輝く。俺はその場で手を組み伸びをした。「んぐぐぐ……はぁー」、伸びきった腕をゆっくりと解き風を感じるように素早く振り下ろした。その右手は下ろしきらずに、何かやわらかいものにぶつかった。



「おはようBirthdayBoy。そして痴漢かな、大人になったら犯罪だよ。まぁ、大人じゃなくても犯罪だけどね」

 顔を向けると、そこにはくーちゃんがいた。そして俺の視線の先には、まぁまぁ深い渓谷があった。その間には俺の右手が挟まっていた。



「あーごめん」俺はさっと素早く右手を抜くと、くーちゃんは「別に、揉んでたら話は別だけどね」。反射的に揉む動作をしようとした右手を抑えてくれた脳には感謝だ。くーちゃんは怒るととてつもない魔法の塊で殴ってくる。それだけは勘弁だ。



「ところでキヨは今後どうするか決めた? みんな誕生日に日に村を出て行ったけど、キヨもそうするの?」

 今後ねー。特に決めていなかったけど、最近頭の中には「魔法使い」という文字が浮かび上がってくる。抑揚のない声で「そうかも」と返す。



 5人に4人が魔法を使えるこの世界では、生活面で魔法は欠かせない。そのためには魔法検定を取得する必要があるわけだから、世の中のほとんどが魔法検定に合格し、街中で魔法を使っている。幼い頃、お母さんにつれて行ってもらった街も、魔法を使う人で溢れていた。



 魔法検定は4級から2級、その次に初段、そして4段まである。級は上がるほどに取得できる魔法数が増え、初段からは対象とするモンスターに魔法を当てる、攻撃魔法の取得が可能となる。フィネの魔法使いはその攻撃魔法を専門とする人の集まりで、モンスターの討伐や街の護衛を仕事としている。



 俺も昔から魔法は出来る方だと思っている。自分宅敷地内かつ親の監視があるならば、自己責任で魔法を使っていいと決まりがあり、昔はよくお母さんに魔法の基礎的なものを教わっていたものだ。魔法の流れ、コントロールは上手だとお母さんに褒められていた。それに、魔法は面白い。俺もフィネと同じ魔法使いになってもいいんじゃないか。



 俺は魔法使いになることを決意した。



 その日の夜、さっそくお母さんに報告すると、お母さんは笑顔で「がんばってね」と言ってくれた。俺の支えの源はお母さんだと今日だけで何回も分かった。大人になったからこそ、その支えをなしに生きていくということに少し不安を抱いた。明日の朝にはこの村を出発する。明日の朝飯が最後のお母さんからの支えだ。どこか寂しくもなり、大人になったんだなと思った決意のようなものが、俺の心を変えようとしていた。



 朝はいつもと変わらなかった。大便をし手を洗い、リビングに行き椅子に座ると、目の前にはいつもと変わらないメニューの朝飯が並んでいた。俺は黙々と朝飯を食べ続ける。いつもと変わらない味なのに、噛めば噛むほど涙が出てくる。目玉焼きの白身にかぶりつくと、味わったことのある塩分が下を刺激する。それは昨日食べた目玉焼きだった。そうか、昨日の俺は泣いていたのか。こんなに美味しい目玉焼きは、これから一生食べることはできないだろう。



 荷物を背負い、玄関前で靴を履いていると、「行ってらっしゃい」と声がした。俺は一瞬泣き出しそうになったけど、我慢をして笑顔で振り向く。



「行ってきます」






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