追憶

べる

命日

―――ある晴れた午後。海の見える墓地に一人の男が佇んでいた。―――――


「おい、敦!太宰はどこへいった!?あの包帯無駄遣い装置が!!」

武装探偵社ではいつものように国木田が叫んでいる。

「へ!?しし知りませんよ、僕だって!」

彼は中島敦。包帯無駄遣い装置こと太宰治に助けられた少年である。

「会議の時間だぞ!また俺の予定を乱すつもりか!敦、探してこい!」

国木田に命じられ、敦は太宰を探しに社を出た。


そのころ、太宰治は一輪の花を手に、いつもの調子で、しかしどこか穏やかな表情でぶらりと歩いていた。ただ一人で。たどり着いた先は、海の見える小さな墓地。その奥へと進んでいき、大きな木の近くの墓の前で立ち止まった。

「やあ、織田作。久しぶりだね。」

彼の言葉に返す者はいない。太宰はそのまま木陰に座り込み、墓石に背を預けた。

「今日は良い天気だねえ。そうだ、近くの花屋で美女に声を掛けられてね。思わず一輪買ってしまったよ。織田作にあげる。」

そう言って太宰は赤い花を手向けた。

「店のお姉さんによるとローダンセという種類の花らしくてね、なかなか人気らしい。それとも織田作は伽哩の方が良かったかな。」

ふふっと彼は優しく笑った。

「さて、そろそろ戻らなくちゃあ。すまないね、少ししか居られなくて。もうすぐ彼が来る頃だ。」

そして太宰は立ち上がり、探偵社へと歩き出した。

 (大丈夫だ、お前はちゃんと救えているさ。進めている。次来るときは伽哩を頼む。)

 驚いて振り返ったが、そこには人影はない。

太宰はまた少し微笑んで墓地を去った。


 敦は懸命に太宰を探していた。しかし、あの太宰だ。簡単に見つけられたら苦労はしない。必死になって探しているうちに海辺まで来てしまった。そこで敦は見慣れた後ろ姿を見つけた。

 「太宰さん?こんなところで何してるんですか。国木田さんが怒ってますよ。」

 声を掛けた敦に驚く様子もなく太宰は敦に飄々と返事を返す。

 「いやあ、今日は国木田くんが朝からカリカリしていたからねえ。早めに逃げてきたのだよ。〈うずまき〉だとすぐに見つかってしまうからね。さて、今日は代わりにあそこの喫茶処に入ってみよう。私と心中してくれる美女はいるかな」

 「え!?ちょ、ちょっと太宰さん!?た、探偵社に戻らないと!」

 太宰は敦の声など聞こえていないかのように喫茶処に入っていく。敦も太宰を放っておく訳にもいかず、共に喫茶処に入店した。

 その店は決して大きな店ではなく、流行のメニューが出る訳でも無かったが、大きな窓から横浜の海が見えていた。

 「うん、いい店だね。」

 太宰が誰に言うでもなく呟いた。

 「そうですね。」

 敦が席に着きながらそう返す。

 「なんだかここから何かが始まりそうな場所ですね。それが何だか分かりませんけど。って、何を言っているんでしょうね、僕。」

 太宰は一瞬驚いた表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻り、敦に命じた。

 「そうだねえ、何か始まりそうだ。では敦君!何か面白いことを始め給え!」

 「ええっ!?なな、何か面白いことって!?そんな急に言われても無理ですよう!」

 いつものように敦で遊び、敦が焦っているのを眺めながら、太宰の目はどこか遠い昔を見つめていた。


 ――プルルル、プルルル――

 太宰と敦が喫茶処で一休憩していると敦の携帯が鳴った。画面を見た敦の表情が凍り付く。

 「は、はい。もしもs」

 「もしもしじゃないだろうが、敦!!お前今どこにいる?太宰はどうした?連れ戻してくるのに一体どれだけかかるんだ!?」

 国木田だ。太宰は知らん顔だ。

「うう、す、すみません!!すぐ戻ります!」

 そう言って通話を切り、太宰を引っ張って店を出る。

 「うええー、もう戻るのー?国木田くんに叱られるのは敦君に任せるからねー」

 「いや、もともとの原因太宰さんですからね?」

 先輩にツッコミを入れながらも敦はふと思う。太宰さんはこんなところで何をしていたのだろうか。国木田が原因だとしてもいつもはこんな海辺までは来ないはずだ。その時ふいに太宰が呟いた。

 「―――変わらぬ想いか。―――」

 唐突なその言葉を敦は理解することができなかった。しかし、その太宰の表情には踏み込めない何かがあり、何故だか聞き返す気にはなれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追憶 べる @bell_sasami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ