第10章  十月十九日(土) 〜 5(4)

 5(4)




 一方由子の方は、いぜん心晴れないまま、特に何を思うでもない新年度を迎えていた。そしてひょんなことから、入学式の手伝いをすることになり、彼女も入学式の当日体育館の中にいた。次々入場する新入生が、一年しか違わないのに妙に子供っぽく見えて、

 ――まったく、今ごろあなたは、どこで何をしているの? 

 本当であれば、去年あの中にいたはずなのに……と、体育館の端っこから眺めているのも辛くなる。本当は、椅子を並べ終えたところで帰っていいのだ。

 ――もう、帰ろう!  

 だから早速そう決めて、由子が出口に目を向けた時だ。

 ――ん?

 ふと、目に映った何かが気になった。記憶の隅にもあった何かが、不意に視線の端を横切ったのだ。なんだろう? そんな疑問を意識する直前、再び新入生の列に目を向ける。

 この学校には制服がない。だからそれなりに入学式らしい格好ではあるが、思い思いの服装に身を包んだ姿が並ぶ。そしてその中にたった数人、詰襟姿が交じっていたのだ。中学時代目にしていたから、そんなのがちょっと気になっただけ。すぐにそんなことを心に思い、由子が視線を動かした時だ。それが一気に目に飛び込んだ。

 ――まさか……? 

 横並びの列、詰襟学生が目に入る。そしてその横顔だった。

 ――嘘……でしょ?

 どう見たって見覚えのある顔。どうして、さっきまで気付かなかった?

 ――ちょっと! ホントに!? 

 注意されることなどおかまいなしに、由子は列に向かって歩み寄った。


                 ✳︎


「それがね、ホント笑っちゃうんだけど、その学生服ってのが、本田くんだったのよ」

 列に数メートルまで近付いて。由子は慌てて背を向けた。幸一の横顔が、いきなり由子の方を向きかけたからだ。そして幸いその時は、幸一に由子だとは悟られずに済んだ。

 ところがそれからずっとずっと、幸一と話せないまま時が過ぎ去る。

「それだけならね、学年が違ったって歳は一緒なんだから、普通に声を掛ければよかったんだけど……」

 ――ねえ、わたしのこと覚えてる? この一年間、あなたいったい何してた?

 そんな他愛もないひと言で、高校生活が違ったものになっていたかもしれない。ところがそれから一週間くらいして、由子はほんの偶然、恐ろしい言葉を耳にするのだ。

 全校朝礼か何かで、全学年の生徒が体育館に集まった時だった。

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