第10章 十月十九日(土) 〜 2(5)
2(5)
元々は、いくつかの偶然によって行き着いた、一か八かの思い付きだった。
「美津子! どうしたのよ?」
いきなり聞こえたそんな声に、美津子は無防備のまま顔を上げた。すると夕焼けに照らされて、いくつもの筋を作って目から涙が滴り落ちる。それでも正面に立っている人物を知り、頼りない感じだがしっかり笑顔を見せたのだ。
美津子の見上げる先には、由子の心配そうな顔があった。ジョギング帰りに缶ビールを飲み干し、彼女はゴミ箱目当てで児童公園へ立ち寄った。そしてたった一つだけあるベンチに座り、うなだれる美津子の姿を発見したのだ。
「ちょっと、鎌倉で何かあったの?」
そう言って、由子が顔を近付けると、そんなのを避けるように美津子はスクッと立ち上がった。そして中腰になっていた由子を見下ろし、
「由子! これから一緒に呑みにいこう! どこか、いい店教えてよ!」
そう言うと、流れっぱなしの涙を拭きつつ、そのまま美津子は歩き出してしまった。
それから二人は駅の方に戻って、由子の行き付けである炉端に入った。すでに空きっ腹にビールでほろ酔いだった由子は、腰を降ろした途端根掘り葉掘りと聞いてくる。
初めの頃は大凡だけのつもりだった。ところがビールから焼酎へと進むにつれて、隠しているのが面倒になる。結果、直美が残した伝言のことや、美津子を名指しした人物のことなど、美津子はあったことすべてを話してしまった。
「で、わたしは我慢できなくなって、そのまま大泣きしちゃうのよ。もうさ、どうにもならなくなっちゃってね」
「でもそうなったから、言ってきたわけでしょ? やっぱり、あなただったって」
「うん、確かに、そう言われればそうなんだけどね……」
「でも、いったい誰なんだろうね、その十年前に尋ねてきた人って……?」
その瞬間、由子ではないかと素直に尋ねた。しかし由子は驚いた顔して首を振り、
「わたしじゃないわよ! 違う! 違う!」
そう言った後、フーと大きく息を吐いた。
「それってさ、もしかしてあの人じゃないの? 病院で婦長してたっていう、ほら、美津子が家まで訪ねたって言ってた人よ」
と、さらに返して、由子は美津子をジッと見つめる。
「違うわ。だって同級生ってことらしいから。それにあの人は、十年前に、わたしのことなんて知らないはずだもの。鎌倉に行った時の写真で、すぐわたしのことがわかったってことは、その人も同じ学年で、きっと、同じ小学校だったのよ……」
美津子はそう告げた後に、ふと、久子の言葉を思い出した。
「つい先日まで、そんな女の子がいたってことさえ、忘れていたわ」
あの日そう呟いて、思い出させてくれたお礼にと、買ったばかりのケーキを美津子に向けて差し出したのだ。
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