第10章  十月十九日(土) 〜 2(2)

 2(2)




 瞳は大きく開かれ、その唇は細かな震えとともにある。そんな直美が、

「もし……」

とポツリ言って、瞳を一瞬閉じたのだ。するとどこに留まっていたか、という印象で、一気に涙がしたたり落ちる。そんな濡れた目で幸一を見つめ、直美は震える声を上げた。

「わたしが死んだら、きっと幸一くん、いずれ、誰かを好きになるでしょ? そうしていつか、付き合っちゃうよね?」

 ――付き合わないよ。

 喉元まで出掛かっていた。

 ――それに直美が死ぬなんて、まだまだずっと先じゃないか!? 

 ここまでは、声となる寸前だったのだ。しかしそれらは声にはならず、あっという間に「驚き」に代わった。直美の掌がいきなり口を塞いだのだ。と同時に、

「お願い、聞いて」

 震える声が耳に届いた。

「わたしはね、そんなのイヤなの。幸一くんが、他の女の子と付き合うなんて、そんなこと想像するだけで、心臓が止まってしまいそうになるの」

 そこで一旦言葉を止めて、幸一の顔から視線を外した。それから正面にいるカップルを見つめ、さらにか細い声で言ったのだった。

「でも、幸一くんがいなかったら、わたしはここに来れてない。きっと今頃、病院のベッドで一人ぼっちだったわ。だから、だからね、本当はイヤだけど……イヤなんだけど、幸一くんはわたしにたくさんプレゼントをくれたから、わたしも一つだけ、幸一くんに上げる。幸一くんが、付き合ってもいい人をね、わたしが許してあげる条件を、一つだけ教えてあげるから……いい、幸一くん、幸一くんはね……」

 そこで再び言葉を止めて、視線を一気に幸一へ向ける。そうして彼の目だけを見つめ、少しだけ弾んだ声で直美は言った。

「サンタさんとなら、付き合っていいわ。その人が本当に、幸一くんにとってのサンタクロースだったら、本当はイヤだけど、結婚するのだって許してあげる。けど、格好だけサンタなんて、そんなのはダメ。わたし、天国からずっと見てるから……幸一くんが、幸せのサンタクロースに出会うまで、ずっとずっと、見ててあげるから……」


 直美が転校してきてすぐ、秋の学芸会が開かれたのだ。そこで演じられた寸劇が、直美の心を強くとらえて離さなかった。心臓病で死んだ少女が〝幸せのサンタクロース〟となり、残された母と妹の幸せのために奮闘する。劇の最後の最後には、奮闘の結果少女は生まれ変わり、望んでいた幸せを手にできるという物語だった。

 主役を演じていたのが坂本由子で、大人になった少女と結婚する役を、本田幸一が演じていた。直美はそんなハッピーエンドに、強い憧れを抱いたのだ。もちろん心臓病という設定も、そんな感情への後押しとなったろう。

だからきっと、彼女はサンタクロースのことを幸一へ告げた。そして今この時、幸一の脳裏にも大昔の記憶が浮かび上がる。

 ネック周りに袖口と、太腿辺りの裾に真っ白なファーがあしらわれ、さすがに裾のものは小振りだったが、それでもその存在感はなかなかなものだ。そしてきっとラメか何かのせいだろう。赤いワンピースはライトに照らされ、ピカピカと輝いて見えるのだ。それからさらなる極め付きが、彼女の頭の上にもあった。やはり真っ赤なニット帽が、白くて丸いボンボンを付けて頭にすっぽり乗っている。

 ――まるで、サンタクロースじゃないか!? 

 すぐにそうは感じたが、最初は誰だかわからない。

 幸喜に遅れて目を向けた時、すでにその姿は背を向けていた。しかし次に放たれた幸喜の声で、やっとその正体を知ったのだ。

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